ブックキュレーター小説家 草野原々
魅力的なキャラクターとその大量生産体制
魅力のあるキャラクターを描かなければいけない。作家は、それを求められる。では、どのように描いたらキャラクターが魅力的になるのか。それを考えるためには、キャラクターという概念の根底まで考察しなければいけない。うまくいけば魅力的なキャラクターの大量生産体制へと移行できる。
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魅力のあるキャラクターが描かれているといえば、この小説である。その描写メカニズムは一種の「パズル解き」である。ある人物が、ある行動をする。通常の背景的な想定ではいささか説明がしずらい異常現象である。主人公は、会話と共同経験という観察を通じて、より妥当な説明へと行き着く。新しい説明を利用して、人間関係を改善(エンジニアリング)する。
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そうした描写のもとになる理論は素朴心理学である。我々、人間は社会生活を行う上で、心理を他者に当てはめる理論を共有している。しかし、そんな素朴心理学は、間違った科学理論であるという立場がある。この本の論文「命題的態度と消去的唯物論」でチャーチランドは、素朴心理学の将来性の無さについて批判する。そうすると、上のような人間の心理を描いた小説はすべて、どうしようもなく間違っていることとなる。キャラクターをリアルに書いたつもりが、太陽が地球を周っていると主張するくらいトンチンカンなことを書いてしまっているのかもしれないのだ。
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小説は、計算を行わない。計算を行うハードSFもあるが、キャラクター描写を計算で出力しているわけではない。いまのところは、キャラクターは直感的に生成される。本書では、計算によるキャラクター創造の可能性を開く。計算論的精神医学とは、数理モデルによって精神疾患を説明しようとする学問である。この学問分野は、やがては健常者の精神をも数理モデルによって説明する道を開くだろう。人間のモデルであるキャラクターについても、いまやっているような執筆方法ではなく、もっとリアルになる改善された数理的メソッドがあるのかもしれない。小説は計算ドリルとなる。
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我々は人間、およびそのモデルであるキャラクターを記述するとき、「自由意志」や「心」「自己」などの概念を使っている。だが、それらの概念が自然科学の知識や社会と整合しなくなったとき、改修しなければいけない。本書では、哲学の営みを、概念という対象をうまくシステム化する工学とのアナロジーで論じる。人間概念が更新されるとき、キャラクターも変化するだろう。いまどんなにリアルに描かれているキャラクターでも、未来において『人間を描いているもの』とは見られなくなるかもしれない。『本当の人間』は全く違うということになってしまうかもしれない。
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だが、はたして計算ドリルによってキャラクターが描かれるのか?異論としてこの本を出すことができる。マクダウェルによれば、倫理的事実は自然科学的事実とは別に現実に存在する。また、倫理的事実は個々人の倫理的感受性によって感知され、その内容は一般的な成文化をすることが不可能だ。知は普遍的法則ではなく、その人がどのような人かによって獲得される。マクダウェルの哲学においては、文(および数理)により完全に捉えられないキャラクターの可能性がひらける。世界についての知の表現として、キャラクターそのものが活躍するのだ。
ブックキュレーター
小説家 草野原々1990年生まれ。広島県出身。慶應義塾大学環境情報学部卒、北海道大学大学院理学院在学中。2016年、『最後にして最初のアイドル』が第4回ハヤカワSFコンテスト特別賞を受賞し、電子書籍オリジナル版として配信され作家デビュー。同作は2017年に第48回星雲賞(日本短編部門)を受賞し、著者自身も第27回暗黒星雲賞(ゲスト部門)を受賞。さらに同題の短篇集が2018年に刊行され、第39回日本SF大賞の最終候補作に選ばれた。他の著作に『大進化どうぶつデスゲーム』(ハヤカワ文庫JA)『これは学園ラブコメです。』(小学館ガガガ文庫)がある。
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