honto+インタビュー vol.18 真梨幸子

注目作家に最新作やおすすめ本などを聞く『honto+インタビュー』。
今回は、最新作『祝言島』刊行を記念して真梨幸子さんが登場。

「私のモットーとして、経験していないもの、実在しないものをどれだけ本当の経験のように、
また実在しているもののように見せるかが、小説家の腕の見せどころだと思っています。」

ああ、また気持ちよく翻弄されてしまった……。共感や恐怖などで感情を大きく揺さぶられて、読んでいるあいだじゅう心の落ち着く暇もないのが、真梨幸子さんの小説。読んでいやーな気持ちになるミステリー、略して「イヤミス」のトップランナーによる新作、『祝言島』がこのたび刊行された。
2006年、「十二月一日連続殺人事件」が起きた。未解決のままだったが、3人の犠牲者には共通点があった。みな、小笠原諸島の「祝言島」と関わりがあるのだ。1964年の東京オリンピック直前に火山が噴火し、島民が避難したあと、歴史から消された幻の島である。謎を解く鍵は、祝言島を撮ったドキュメンタリー映画のみ。連続殺人事件と島の関係やいかに。
ページを繰るごとに、いろんな要素が詰め込まれた物語の渦に巻き込まれ、何を信じればいいのかわからない気分になってくる作品。まさに真梨幸子さんの真骨頂が味わえる話になっているのだけれど、聞くところでは真梨さん、執筆時にはプロットと呼ばれる小説の筋立てを、あまり厳密に固めたりしないのだとか。
こんな複雑に謎や伏線が潜ませてある今作も、やはりプロットは事前になかった?

「そうですね、こういうテーマを書きたいというのは事前にぼんやりとありますが、話の展開は筆の進むに任せました。『祝言島』はもともと文芸誌に連載していたもので、そのときも各話ごとに流れをそのつど自由に決めていました。書籍化するにあたって、全体を通してまとまったストーリーになるよう書き直すのはなかなかたいへんでした」

今作は章ごとに「皐月/メイ」「珠里/ジュリ」など、一人ずつの女性に焦点を当てて進んでいく。それぞれの章がひとつの再現ドラマに仕立てられていたりと、凝った構成だ。

「雑誌連載を始めるときは、三代にわたる女性の話にしましょうということにして、順に書いていったんですが、本にするにあたって、そこに連続殺人事件の謎を絡めていきました。謎をどう解くかは自分の頭のなかでしっかり決まっていたものの、そこへどう持っていくかが迷いどころで、血圧が尋常でないほど上がるくらいに悩みました。
でも、そこはこだわらないといけないところなんです。素材はいいものをそろえられたという手応えがあったので、あとはさて、どう盛り付けるかにかかってきます」

読者としての私たちが、いつも真梨作品に気持ちよく翻弄されるのは、この盛り付けの妙がポイントであるという。

「料理にたとえれば、味はもちろんですが見た目って大切ですよね。盛り付けによって、この上なくおいしそうにもなるし、まずそうにも思えてしまうじゃないですか。今回は、その盛り付けの部分で、再現ドラマにするという設定を見つけた。その突破口を見つけたとたん、話がすっと一本につながっていきました」

読む側に「ハラハラ」や「ドキドキ」を感じてもらうため、構成を練りに練るのだ。読んでいてもうひとつ気づくのは、ハラハラ、ドキドキのストーリーがすっと頭に入ってくるよう、真水のように透明で端正な文章によって全編がつづられていること。

「小説家としてデビューする前は、製品のマニュアルを書くテクニカルライターをやっていました。手順通りに、操作をミスなくしてもらうためにマニュアルはありますから、読んだ人の頭のなかに誤解を決して生まないよう、無骨なまでにていねいに、わかりやすく書かないといけません。事実を着々と、順列に並べていくんです。
文章を書くうえで、最初にそうした書き方を徹底的に訓練できたのはよかった。順序立てて読む人を正しくリードしていけるということは、あえてその順序を狂わせて、読む人をミスリードする方法もまたわかってしまいます。これ、ミステリーを書くうえではかなり役立ちます。まずは地の文を簡潔な文章で書き、話の肝ではときにあえてミスリードを誘う。そうしておけば、登場人物の複雑な心情を語るときには、多少込み入った書き方をしてもだいじょうぶになります」

「イヤミス」と称される小説は、社会の暗い面を掘り起こし、人間のいやらしさや業のようなものにも、目を背けず描き尽くすところに持ち味がある。『祝言島』もそうした作品のひとつ。昨今は悲惨なニュースが増えている、というか盛んに報道されるようになっていて、現実のそこかしこにも「イヤミス」的ネタが転がっているように見える。いまはイヤミスが書きづらくなっている時代、なのでは?

「現実とフィクションの垣根が低くなっているということですよね。たしかにそれはあるかもしれない。けれど、私はそこを逆手にとりたい。作風として、まるで現実にあったことを書いているのだろうかと思わせるような、ドキュメンタリー風のものを書くことが多いので、似たような事件が現実にも起きているほうが、作品のリアリティが増すのではないかとも思っています。
どこまでがフィクションで、どこからがノンフィクションかわからなくなったり、ネット社会で簡単に個人情報までばれてしまうような世の中になっていくなら、それに賛成か反対かはともかく、小説はうまくそれらを反映し、時代に乗っかっていくしかないのでしょうね。
今回は作品に、インターネット上の百科事典と呼べるウィキペディアに似たシステムを登場させて、重要な役割をふっています。いまは実際に、何か気になることがあると、まずウィキペディアを開いてみるという人は多いはず。私もそうですしね。
そういう時代なのはたしかなので、作品に仕掛けとして入れると、祝言島って本当にあるのかな、どうなのかな? なんて言いながら調べちゃうのでは。そういう行為まで想定すると、小説を三次元的に楽しんでいただけるんじゃないかという気持ちもありました」

足で稼いで取材をしてこそ、書きものの内容は充実するものだ。そんな主張も根強くあるとは思うけれど、真梨さんは意に介さない。

「私のモットーとして、経験していないもの、実在しないものをどれだけ本当の経験のように、また実在しているもののように見せるかが、小説家の腕の見せどころだと思っています。だからこの作品にかぎらず、他の作品のときも、足を使って取材をすることにはあまり重きを置かないです。その場の空気を知りたいから現地へ行って歩いてみるといったことはありますが、参考程度に留めます。関係者に会ったりすると、その人に遠慮しちゃって書きたいことを書けなくなってしまいそうですし。そういうことをしていると、私の場合は説明の多い小説になってしまうんですよね。想像力に賭けるといったやり方のほうが、合っているみたいです。

たしかに考えてみれば、取材や調べものをどれだけ重ねたかどうかは、小説の良し悪しと直接の関係はない。実際のところ『祝言島』は、昭和という時代の空気をひしひしと感じさせるリアルさがある。

「そうですね、そのあたりのことをつぶさに取材したということはありません。ただ、それに関しては、私がすでによく知っていたからなんですけどね。小さいころから、自分が生きている時代よりちょっと昔のものが大好きで、昭和の風俗的な歴史には詳しいんですよ。グループサウンズはいまもよく聴いていますし。
今作は、昔から好きだったことを生かして、その財産をフル活用した感じです。リアルに昭和という時代を感じ取ってもらうことができるんじゃないかと、作者としては自負しています」

新刊のご紹介

祝言島

祝言島

出版社:小学館

「消された島」をめぐる超弩級イヤミス!半世紀を経て、“消された島”の禍々しい歴史が暴かれる――!!!

著者プロフィール

真梨幸子(まり・ゆきこ)

1964年宮崎県生まれ。87年、多摩芸術学園映画科(現・多摩美術大学映像演劇学科)卒業。
2005年、『孤虫症』で第32回メフィスト賞を受賞し、デビュー。11年文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』が50万部を超えるベストセラーに。
著書に『女ともだち』『人生相談。』『鸚鵡楼の惨劇』『5人のジュンコ』などがある。『殺人鬼フジコの衝動』(Hulu/尾野真千子主演)、『5人のジュンコ』(WOWOW/松雪泰子主演)とドラマ化も相次いでいる。

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