紙の本
情けない悲劇を克明に描くドキュメンタリー
2006/01/03 23:08
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投稿者:アラン - この投稿者のレビュー一覧を見る
1939年に勃発したノモンハン事件、すなわち満洲・モンゴル国境で日ソ軍が激突し、日本軍の一個師団が壊滅するに至った激闘を克明に描くドキュメンタリーである。ヒトラー・スターリンや日本の政府上層部の動きを背景として描きつつ、関東軍参謀が情勢を過度に楽観視し(というかほとんど状況調査をせず)、かついい加減な作戦をたて、そして東京の参謀本部は毅然とした態度を全くとらず、関東軍の暴走を許し、結果として無数の将兵の命が失われるに至った悲劇が、余すところなく描かれている。非常に読みごたえがある反面、軍エリートのあまりにも情けない対応がリアルに描写されていて、読むに耐えない思いで一杯になった。著者も怒りにおさえきれないようで、その思いが文面からひしひしと伝わってくる。戦後60年、日本の過ちの原因を探るためには、必読の書であると思う。
紙の本
鋭い指摘だ!
2021/06/02 20:01
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投稿者:飛行白秋男 - この投稿者のレビュー一覧を見る
ノモンハン事件は、今まで、判ったったような、判らないような、そんな程度の知識でしたが、半藤さんの本を読んで、知識が深まったように思います。
エリートは、自らは安全地帯にいて、部下に指示を出すのですね。
失敗してもそれを認めず、口先でごまかして、いつの間にかそれなりのポジションに戻る。
熱い気持ちや、人の感情、恩とか、申し訳ないとか、どうでもいいんだろうなあ。
いつも自分の立ち位置だけ気にして生きている。
嫌だなあ、そんな人物が日本を牽引してたなんてね。
紙の本
悲劇を招いた厚顔無恥な軍隊組織の所業は、一体誰が裁くのか
2021/03/21 18:17
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投稿者:永遠のチャレンジャー - この投稿者のレビュー一覧を見る
天然地形で他国と隔たる島国の大日本帝国が満洲国を建設し、ロシア(ソ連)およびモンゴル(蒙古)と国境を長く接するに至り、樺太を除く地続きの国境を防備する必要に迫られる。悲劇の素地がこれだ。
自信過剰で視野狭窄な日本陸軍の実態を、本書は衝き付ける。「彼(敵)を知り己を知れば百戦殆(危)からず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆し。」との孫子兵法を無視し、情報の収集と分析を懈怠した“夜郎自大”の呆れた参謀たち。
日露戦役の辛勝に学ばず、ソ連蒙古軍の現有兵力を侮り、装甲が薄く攻撃防御力に欠ける戦車と精神力頼みの歩兵と戦備品不足の工兵や砲兵を以て、無謀な満蒙国境紛争を自ら仕掛ける関東軍参謀の“短絡思考”に唖然となる。
強硬策を上申した関東軍に対し、紛争不拡大の方針を徹底させずに曖昧な態度に終始した陸軍参謀本部の無責任ぶりにも驚かされる。まさに孫子の言葉どおり、敵を知ろうとせぬまま臨んだノモンハンで“必敗”の轍を踏んだのだ。
士官学校や陸大の優等生が集う参謀本部と関東軍作戦課も、所詮は机上の空論と図上演習に巧みな秀才集団に過ぎぬと“馬脚”を顕わした。一つの見方、思考に凝り固まり、複眼的視野での多元的思考ができぬ独善主義とエリート意識。駐在武官が実見した敵軍の輸送量、師団編成増強の報告に有難迷惑の「弱音」を吐くなと脅しつけた「T参謀」(辻政信)に傲慢の典型を視る。
満州事変から八年後のノモンハン事件では、情勢を見誤った敵国領ハルハ河西岸侵攻の渡河作戦に駆り出された兵士たちは、給水や弾薬の補給なく、大兵力を縦深陣地に潜めたソ連蒙古軍からの重火砲、速射砲、戦車砲の砲撃と航空機爆撃を浴び、傷つき斃れ、異境の大地に屍を晒した。
権限踰越の専断所為を戒める家訓が旧財閥には伝わるそうだが、大元帥たる天皇を支えるべき皇軍の軍人は尊大さを“伝家の宝刀”とするのか。平気で指揮命令を逸脱し、統帥権を侵す独断専行で組織利益の戦闘を開始し、敵の大攻勢に遭って師団壊滅の悲劇を招いた厚顔無恥な軍隊組織の所業は、一体誰が裁くのか…。
「多くの将兵の壮絶な敢闘と空しい死がそこにあるだけ」というノモンハン悲劇の元凶、関東軍作戦主任参謀服部卓四郎、作戦参謀辻政信らを停戦後に温情処罰し、左遷で済ませたことがのちに日米開戦の悲劇に繋がる。恐ろしや、怖ろしや。
電子書籍
過去から学ぶこと
2021/03/11 22:03
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投稿者:仙台虎 - この投稿者のレビュー一覧を見る
すさまじい内容だった。社会の中で一企業人として働いているとき、当然のことながら市場や産業動向、景気、政策、環境など様々な観点から客観的な情報を収集し、それらの情報をもとに次に進むべき道を模索し最終決断をする、というのは、当たり前の話だ。戦争はあってはならないことであっても、考え方は現代社会でのビジネスでの考え方と何ら変わらない。その点から考えれば、著書の秀才参謀たちは、紛れもなく企業を破滅へと導くのは火を見るより明らかだ。会社が潰れるだけでもその企業だけでなく関連するステークホルダーたちの生活を破壊するのだから、人を殺し合う戦争での責任の重大さをどうして感じなかったのか、不思議でならない。一企業人として大切な決断を行うとき、過去のありようを十分学ぶことは、とても大切なことだと改めて感じる次第である。
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海軍大臣 米内光政 次官 山本五十六中将 軍務局長 井上茂美少将の親英派VS陸軍 親独派 三国軍事同盟
「世界新秩序を目標とするドイツと与することは、必然的に英米旧秩序を打倒せんとする戦争に巻き込まれることである。日本海軍軍備と航空軍備の現状をもってしては対米英戦争には勝算はない。」山本五十六
「膨大な海軍予算を取っておきながら、『いざとなったら戦えない』とは腰抜けもいいところである。」陸軍
五相会議 (陸相 板垣征四郎、海相 米内光政、蔵相 石渡源太郎 総理 平沼騏一郎 )
駐独日本大使 大島浩同盟派
駐イタリア日本大使 白鳥敏夫 同盟派
p67、『対ソ戦闘要綱』 昭和8年 参謀本部小畑敏四郎少将 作戦課長 鈴木率道大佐の成案小畑、鈴木 皇道派『中国一撃論』を第一義とする統制派陸軍中央が皇道派の案を接収する。
p67統帥権の法的記述がある。
p312当時の新聞の論調排英の朝日、読売などの共同宣言(1939年7/15) 当時から新聞は、読者を煽ることには長けていたことがこれで分る。
昭和11(1936)年11月 ドイツと防共協定共産インターナショナルに対する協定 13年(1938)夏ごろからドイツ軍事同盟に切り替えようと言う申し出。天津のイギリス租界で、日本人暗殺事件。容疑者4人の引渡しの外交交渉をめぐって日英は激しく対立。国民とマスコミの不満が、輩出される。このころから、日本海軍内に、対米英強硬派が増える。
戦車の日ソ比較 p234 89年式中戦車対戦車攻撃戦車ではなく、歩兵直協戦車。鋼板が薄く、弾が通りやすい。中央参謀の計画ソ連軍の無言の重圧泥沼化する日中戦争蒋介石の長期抗戦 陸軍中央の狙い泥沼化する日中戦争の早期解決ソビエトを牽制するため独との同盟ソビエトをヨーロッパ方面に釘付けにする。北からのソビエトの重圧をドイツとの同盟により回避。対中国に全兵力を傾注する。蒋介石との和平
「持たざる国」(独・伊・日)と「持つ国」(英・米・仏)のアンバランスを壊し、世界新秩序を打ち立てる国家戦略。
以上、ノモンハン事件当時の国内の状況と「ノモンハンの夏」の覚書きメモ。
ノモンハン事件は、1939年5月に始まり8月に終結、ソビエトに関東軍が大敗を食らい損傷率が70パーセントにも及ぶ事件。有能かつ敢闘精神にあふれた多くの軍人を参謀の無謀な計画によって失った事件。関東軍の参謀、服部卓四郎と辻政信の敵国情報の無視と参謀本部の命令無視の実態が、統帥権干犯の検討と共に、生々しく述べられている。また、昭和天皇の「適切」な世界情勢の把握 から陸軍中央、板垣征四郎の独日軍事同盟に強く反対していたことが天皇の言葉によって述べられている。また陸軍と海軍のドイツとの同盟問題をめぐっての抗争が、五相会議を中心に、当事者の語りによっているところが、緊迫した読みものにしている。
また、当時の新聞が、排英、三国同盟に大賛成しており、国民もエネルギッシュに天津事件が元で、排英運動に積極的に参加していたことが、山本五十六暗殺未遂事故を見ても分かる。
���40年9月、ドイツとの同盟は、果たされることになるが、39年末、ソ連とドイツの不可侵条約が結ばれた後、第二次世界大戦を迎えることにになる。陸軍は、独ソ不可侵条約の締結などありえないとの情勢判断だったが、それが見事に覆される。が、陸軍中央参謀に戻った服部と辻は、ドイツとの軍事同盟後、さらにエキサイトし、陸軍を南下させる愚策に邁進する。
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辻政信がボロカスに書かれている。猛烈に批難されて当然である。当時の陸軍参謀(少数と信じたい)が手前味噌で無茶苦茶な作戦を立て,日本を戦争に引きずり込んでいったかがよくわかる。
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1939年夏に起きたノモンハン事件が、日独伊三国同盟や独ソ不可侵条約、そして第二次世界大戦の開始といった歴史上の事件と並行して、立体的に詳細に描かれている。「歴史にIFは無い」と述べられているがもしこの判断が違っていたらという箇所が各所にあり、いかにその時代の外交が薄氷の上で成立していたかに思いを馳せずにいられない。
氏の著作ではいつもの事ながら、綿密な資料収集と精緻な文体に惹きつけられる。名作だと思う。
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ひどいな。これは。
歴史から学ばず、自分の希望と現実の境目も分からない無能が
数万もの人間の命の行方を左右する役職につくとは恐ろしい。
今も昔もこういう人間がいるし、何の間違か人の運命をも左右するような力を手にすることも多い。
しかも主犯はのうのうと戦後も生きているとは、恥知らずだな。
と、まあ本を読んだ感じだとそう思うけれども、
この本自体が本当っていうところがいまいちわからんね。
近代史に自分はそこまで知識が深くないから。
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詳細は忘れたが、この本でソ連陸軍の将軍が帝国陸軍を評して、兵隊勇猛、下士官超優秀、下級将校は優秀だが、将軍は無能と述べたくだりがあるが、日本の組織の特徴を言い得て妙。
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いかにして、「ノモンハン事件」が始まり、そして終ったか。著者の丁寧に調べられた中から見つかるのは、ただただ唖然とする事実ばかり。
これが「事件」と銘打っていいのだろうか?と疑ってしまう。無謀な計画に、敵味方問わず何人が死んでいったのだろうと思うと、あまりにもむごたらしい。
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昭和14年。日本が満州を占領し、モンゴルとの国境沿いでソビエト連邦と激突した事件を克明に綴った大作である。
当時は日独伊三国同盟を結ぶか否かで陸軍(賛成派)と海軍(反対派)の対立をきっかけに、当時の平沼内閣では議論が平行線を辿っている頃である。そのためこの物語では戦場だけでなく、三宅坂(参謀本部・内閣)、新京(関東軍本部)、クレムリン、ベルリンでの出来事が時系列的に展開されている。
ノモンハン事件は関東軍の大敗で終結を迎えるのだが、この本を通じてそのプロセスを検証すれば当然の結果である。「己を知り、敵を知る」、日本軍は組織的にその姿勢が決定的に欠けていた。またこの事件を通じて得られた教訓は軍事組織に留まらず、現代の企業社会にも十分通じるものである。文明は確かに発展してきているが、人間は過去から何も学んでいないということか。
なお、関東軍敗退の学術的な検証は『失敗の本質(戸部良一、野中郁次郎等)』が詳しい。
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日本陸軍がどれだけ思い上がり、自分勝手に暴走したのかがよくわかった。また中央陸軍の「空気を読んだ」、判然としない対応も戦争の一因だったのだけれど、これは悪い意味で日本的な対応で現在もよく見られる。
膨大な犠牲を出したノモンハンから学ばなければいけない。
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関東軍と陸軍参謀による、まさに絵に描いた餅の無謀な戦略(戦略なき戦いというべきなのか)によって、犠牲になったのは、最前線の多くの兵士。
過去の成功体験にしがみつき、環境の変化に対応しようとしない企業は、いずれ消滅します。その時の被害者は現場の社員。
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■ 半藤さんの代表作。何年かぶりに再読してみて、多少感情的な部分が気になるが、改めて良書であると実感。太平洋戦争前の初の近代戦として位置付けられているノモンハン事件。この事件には、その後の悲惨な末路の帰趨が凝縮されている。
・開明的と言われている海軍がこの時にはあれほど親独となったのか? 元海軍大佐曰く「それはドイツにいった軍人に、必ずナチスドイツが女をあてがってくれたから。しかも美しい女を。イギリス、アメリカはピュリタンな人種差別のある国だからそうはいかなかった」。
・この頃の陸軍の勢威は国家おすみずみにまであまねく行き渡っていた。天皇の意思をないがしろにし、大軍が動いてしまってから大元帥の認可を得ているのである。
・ノモンハンの戦場で困ったのは馬の壕である。日本の馬は伏せるように訓練されていない。睡眠も立ったままである。戦闘時に伏せるように訓練されている蒙古馬がなんと羨ましかったことか。重火器隊の兵隊さんは、愛馬が立ったままでも安全な壕を、不眠不休で掘ってやるのだった。
・戦地増俸手当。大将545円、中将480円、少将410円、大佐345円、中佐270円、少佐200円、大尉145円、中尉115円、少尉105円、准尉110円、曹長85円、軍曹34円、伍長27円、兵長18円、上等兵14円、一等兵二等兵12円。なお准尉以上の職業軍人には、それぞれ留守家族に本給が別に届けられている。
・ノモンハンの戦場では、一日ずつ戦っては、その日の戦場掃除をし、翌日はまた戦う、という、殺戮のし合いが重ねられていった。
・今事件の出動師団であった、第23師団の出動人員約16000人中、損耗率は76%以上と言われている。ちなみに日露戦争の遼陽会戦の死傷率が17%、奉天会戦が28%、太平洋戦争中もっとも悲惨と言われるガダルカナル会戦の死傷率が34%。この草原での戦闘の苛酷さがこれによってよく偲ばれる。
・戦後、スターリンの質問に対して答えたジューコフの見解は、あっぱれな正答である。「日本軍の下士官兵は頑強で勇敢であり、また青年将校は狂信的な頑強さで戦うが、高級将校は無能である」。
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ノモンハン事件、第二次大戦の始まった1939年、満蒙国境で日ソ両軍が衝突し、日本側の一個師団が壊滅した事件。戦後関係者が様々に自己弁護してきたこの事件を昭和史をライフワークとする半藤氏が裁く。期待通り、国内外の資料を読み込み、立体的で厚みのある内容に仕上がっている。日本側の視点だけでなく、スターリンやヒトラーの思惑にも思いを巡らせた力作と評価したい。
半藤氏が指弾するのは、陸軍参謀たちの独断専行、不遜、不勉強。それこそが後に亡国に至った遠因なのだ、と言わんばかりである。草原しかない国境線の争いで何故一万人も死ななければならなかったのか。後に戦死者の山を築いた日本軍の負の側面が遺憾なく現れている。
問題はこの敗北からどんな教訓を得たかだ。ソ連の戦車には勝てない、この局地的な教訓は活かされたと推察する。しかしインパール作戦の愚劣さやフィリピンでの戦死者の山を思うと、大事な教訓を汲み取ってないのだと気付かされる。
少し自国を弁護すれば、当時の陸軍はソ連軍がここまで圧倒的な火力を投入するとは予想できなかったに違いない。半藤さんはそれを欧州戦を控えたスターリンの思惑で説明している。ソ連は自らも一万人以上の犠牲を出しながら、日本を黙らせ、モンゴルの支配を確かなものにした。後にスターリンの猜疑心はヒトラーの狂気を破った、またも膨大な犠牲を出しながら。それは決して正義ではないが、日独の上をいったのは確かだ。