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電子書籍
怨讐と虚無
2020/05/31 21:25
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
仇討ちものなんて今ではあまり盛り上がらないかもしれないが、忠臣蔵なんかも含めて昭和初期にはまだ多くの人の気持ちを揺さぶるテーマだったようだ。そうは言っても、権力者の不正の犠牲となった親の仇となれば、おもてだって指弾することなどできず、天下晴れての仇討ちとはいかないので、地道に腕を磨きながら、長い年月で準備をしなくてはならない。少年の頃からそのためだけに人生を賭けて、情熱を燃やして来たのだと言えば、その想いは届くだろうか。
生来の美貌に磨きをかけて女形として成功して、権力者に近づくとか、迂遠きわまりないわけだが、そういうもどかしさが募って行くと思わせて、意外な急展開が訪れたりと、そこは構成の妙が光る。その美貌に心を奪われる女性たちは、思い詰めた挙句の行動によって、時には雪之丞を不利な状況に追い込み、またそれを逆用してチャンスに転化させるきっかけになったり、皮肉な運命の演出者になる。
そして女性たちは、形はそれぞれ違うが自分の本音に忠実で、当時の女性観からはみ出しているように見えるが、爽快であるし、いじらしさには共感を得られたろう。チャンバラでない策謀でというところも、女性に受け入れられた理由かもしれない。雪之丞を影から支援する大泥棒の闇太郎や、精神的な支えになる恩師たちの存在により、仇討ちも敵味方のチーム戦めいていて、そこも現代風と言える。仇となる悪役たちも、日常の生活や仕事においては人格者に見えてしまうのだが、一旦自分にダメージがないと分かるや豹変して、どんな残忍なこともしてしまうという、古典的悪人とはちょっと違う、組織の陰に隠れた現代的なサイコパス像に近い。
こういった構成を考えると、時代劇で、仇討ちものという古い枠の中に、当時のモボ・モガ、エログロナンセンスの流行の成果としての人間観を盛り込んで作られているように思える。運命であれ欲望であれ、その瞬間の生き方だけを考えて将来を鑑みないところや、救いのないラストには、ニヒリズムの影も感じられる。また政治体制や官僚制度で守られて、不正を糾弾されない人々の揶揄でもあり、そういう人々が当時でも庶民の怨嗟の的になっていたのだろう。
旧来的で馴染みのある甘い世界を求めているようでいて、やはりその時代ごとの感性に読者は敏感であり、だからこそベストセラーになって、映画も大ヒットとなったわけだ。ある種の爛熟文化とも言えそうだが、ファシズムに向かっていく時代での庶民のせめてもの抵抗と言えなくもなさそうに思う。
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