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物語が展開する。小説を読むことの醍醐味のひとつはそこにある。物語の世界に引き込まれることに。しかし翻訳が読み易すぎるなあ。
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いよいよ物語は加速する。カラマーゾフ家の長男、ミーチャの混乱した思考がとんでもない方向に物語を引っ張っていく。ひとりの女性を愛するがゆえに罪を犯し、放蕩を尽くし、自分でも止めようのない暴走が始まる。やがてそれは悲劇的な結末に...。演劇的な台詞と人物描写の過剰さが魅力。
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ドストエフスキーの真骨頂とも言うべき、「魂の相克」、善と悪のが同居。分裂する自我。いや善と悪という観念は人間が勝手に作り上げたもの。
ドスト氏はその上を喝破する。人間の奥深さ、不可解さに驚愕。
そして第3部はとにかくミーチャの滑稽さ過剰さに爆笑させられた。
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ようやく
本題に突入‼
目まぐるしく変わる
被疑者の心理を
美醜 利害 善悪の観点から
見事に描写している
まさしく
PAINT IT BLACK!
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ゾシマ長老死後のアリーシャの動き、フョードルが殺されミーチェが護送されるところまでの3部。
アリョーシャの人間的な変化(進化?)が、内面の動きに加えて実際のグルーシェニカに与えた「救済」という外部的な動き含めて、機微が非常に詳細に描かれており、冒頭から引き込まれ、そのままグルーシェニカが今度はミーチェに救済を与えたような流れにも見える。つまりは確実に死のうとしていたミーチェが生きているという状況は、アリョーシャの行動がもたらしたとも言えるのでは、と思った。
殺人の犯人は三千ルーブルを論点に置くのであれば、状況証拠的にはミーチェになるが、決定的とは言えないが、血痕など調べられる?ないものなのか、その他殴打痕など。あとはドアの開きや合図、グレーゴリーの証言などが要因となり護送。ミーチェの表現もよく「老人を殺した」ということは言われるが、グレーゴリーを殺したと言わないときがあるのは何か意図があるのか。この辺りはよく読み取れない。スメルジャコフも昏睡状態だったのであれば、犯行可能な人物はミーチェしかいないのは間違いがないが。お金の行方も含めて。
後半のミーチェの心境、唐突な判断や企図・行動、内心と裏腹な発言など、自分自身はここまで混乱した状況に陥ったことはないが、そのような状態と錯覚してしまうほど、すごく気持ちが分かるものだと感じてしまった。死のうとしている中、何を持っていても仕方がないところからの散財とそこからのグルーシェニカの翻意による緩和など、一緒に心が動かされてしまった。
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前評判に違わず、カラマーゾフの兄弟は三巻からかなり面白くなってきました。遂に、カラマーゾフ家の父、ヒョードルが死に、長男ドミートリーが捕まりました。続きが気になって一気に四巻突入。もう四巻も終盤です。
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三巻再読。
グルシェーシカについては意外に悪い人ではなかった。
いい女ってやつはあーいうのを言うのかもしれないと思った。
長男ミーチャについてのイメージが変わった。
がさつでで無神経なイメージが強かったが、
ある種の誇りを持っていて、情熱的、一途で好感が持てた。
しかし、話がくどくどするところは嫌いだと思った。
感情的にものを言うから解釈するほうが、精神状態、その意図をつかんでやらないといけないので、友達としてはめんどくさいかもしれない。
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死体が腐臭を放つ小説は初めて読んだ。キャラクター小説では死を描けないという話を思い出す。そう考えてみると、死というイベント、キャラを立てるための一イベントとしての死が大半だったような気がしてくる。ま、大して変わらないか。リアリズム風の一イベントってだけであって。
話としてはミーチャ無双。最後まで読んでないけど、一番人気あるのはミーチャだろうなーとか思う。
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1・2巻は、話を追っていくのにとにかく必死でしたが、3巻目にして、ようやくおもしろくなってきました。
それは、アリョーシャに語って聞かせる長々しいカラマーゾフ家の人々の主義主張が終了したからでしょう。
あとは、キリスト教義の難しい話がさほど取り込まれていないこともあり、内容に引っかかることもなく読み進められました。
(でも、宗教はこの作品の要の一つでもあるため、よくわからないからと読み流しては、理解が減じるのではという恐れも抱いています。ああどうすれば・・・)
さまざまな人の元へ行き、話を聞いているアリョーシャ、今度は父と兄がいがみあう最たる原因となっているグルーシェニカの元へと向かいます。
しかしこれは、彼女の罠。はじめは彼を陥落させようと色仕掛けで近づきます。
突然膝の上に乗るなんて、なんというコケティッシュぶり。
しかし、彼の高邁な心に触れたとたんに、素直な心を取り戻します。
この辺りの、妖婦から天使へと変貌するような変わりぶりにはおどろくばかり。
令嬢カテリーナとのやりとりの時には、(恐ろしい女だ)とかなり引いていましたが、男性の心を惑わす女性の本当の心がわかったことで、ぐっと親近感を覚えました。
二人の会話の中で登場した「一本の葱」のエピソードは、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』とほぼ一緒。
芥川が、この話が掲載されているロシア民話を読んだものとされているそうです。
オリジナルでなかったのはショック。『羅生門』など、結構伝承をベースに話を書きあげることが多い作家だったんですね。
アリョーシャが尊敬していたゾシマ長老が亡くなり、悲嘆にくれる彼ですが、第7編最後には、アリョーシャは師の死から立ち直り、天啓を受けるような美しい記述で締められます。
広がりゆく幸福を予感させるものでしたが、それからアリョーシャはいったん物語から姿を消し、ドミートリーの言動がメインとなります。
やはりカラマーゾフ一家の主義主張は私には強すぎ。このドミートリーの延々と続く話を読んでいるうちに、またげっそりしてきました。
とにかくくどいし周りくどいのです。
グルーシェニカも、容赦なく「うんざりする」「だらだら話す」と彼を指摘していますが、人の言うことを聞く一家ではありません。
あとがきに、ドストエフスキーは癇癪もちだったとありますが、やはりその性格が、人物の激しさを生み出しているのでしょうか。
副詞「とつぜん」が、文章に頻用されていると、翻訳者が述べています。
それはつまり、せっぱつまった人物たちを表現するためでしょう。
冷静さを欠いているような、錯乱しているようなドミートリー。人との会話の噛み合わせのずれに、居心地の悪さを感じます。
警察に尋問されても、なかなかお金の出所を教えたがらないあたりも、周囲を疲れさせるキャラクターに思えます。
常に情動的で、感情に知性に負けている印象。頭が悪い設定でしょうか。
さらに、自分のせいで父親を殺めたのではないかと思うグルーシェニカは、5年越しの片思いの相手をあっさりと捨てて、突然ドミートリ���になびきます。
これまでは意にも解せず、まるで相手にしていなかったのに。
移ろいやすい女心にしても、あまりの豹変ぶりに、ついていくのが大変です。
あんなにこだわって、失恋の痛手から悪女のように成長した彼女なのに、将校との復活愛はもういいのでしょうか。
愛っていったいなんでしょう?猫の目のようにくるくると変わるもの?
問題となっていく、ドミートリーの持つ出所不明の三千ルーブルという大金がいくらくらいの値段なのか、見当がつかずにいましたが、翻訳者の指摘によると、1ルーブル=千円くらいだとのこと。
すると、三百万円と考えてよいようです。
事件は起こってしまいました。
そして、あまりにもドミートリーにとって不利な状況となっています。
でも、この人は、ゆきずりの他人にしろ、自分を育てた老人にしろ、誰かれ構わず暴力的だし、女性から預かったお金を平気で使い込むし、発作的なところがあるし、不気味なので、住民としても野放しにしておくのは恐ろしかったのではないかと思います。
それに、あれほど父親のことを憎い、殺したいと公言していたら、嫌疑もかかって当然。
キリスト教では、「考えたらやったと同じ」とされていますから。
一番気になるのは、グルーシェニカの今後です。
恋敵のカテリーナは最近登場せず、すっかり影が薄くなっていますが、婚約者が殺人容疑でとらえられたというこの事態にどう出てくるのでしょう。
登場人物は、全員強烈な自我を持ち、人間的に不安定な人ばかり。
どうも、みんな性悪説で不幸体質のような気がしてなりません。
だから神への救いを求めるという図式でしょうか。
時代の違いから生じる感覚はありますが、自分たちの住む現代世界も、この作品世界と何ら変わりがないものなのかもしれないと思い、ぞぞっとしました。
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たぶん今まで生きてきた中での最大の読書。3まで読んで、4の途中で放棄。近いうちに最初からじっくり読み直したい。誰か全巻まとめて譲ってくれないかな…
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とにかく三巻の躍動感はすごかったです。ページをめくる手が止まりませんでした。とくにミーチャの章。それぞれの恋愛事情が切なくってたまりませんでした。あぁミーチャはどうなってしまうのか!
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3巻目です。
この巻は、2巻目ほど深い論議は読めませんが、出てくるキャラクターが立っていて、面白く読ませます。
笑ったのはエントリーにも書いた某人物の「おまえ、ペンキ屋だな」というセリフ。
詳しくは読んで戴くとして、この部分、某高級ホテルのトイレの中で読んでいて吹き出しました。
突然の笑い声に、周囲の人は怪しんだと思うのですが、絶妙のタイミングなんだもんな。
この前後に、「運命は、ばけものですからね」なんていうスゴイセリフも出てくるんで、まさかあの悲惨な混乱状態をこんなセリフで落とすとは思わなったです。
さて、話はいよいよ裁判になります。
殺人事件の犯人は誰か?
普通に考えればミーチャ以外ありえないのですが、そこは稀代の傑作小説なんですから、展開を期待しましょう。
まあ、ここからは半分ミステリー小説のノリで読みます。
ps
巻末の亀山さんの読書ガイドが非常にオモシロイです。
まず、日本の左翼が絶賛する露文の大大将、ドストエフスキー様はネトウヨだったのあだあ、ということにビックリ!
まあ日本の左翼は単に日本嫌いだから良いのか。
ポーランドとロシアの歴史的経緯も興味深いですね。
それからカラマーゾフという名前が「黒く塗る人」という単語の合成語になっている、というのも興奮の事実だった。
すぐにストーンズの曲を思いついたんだけど・・・関連はどうなんだろう?
後はロシアの宗教史ですね。
ロシアはギリシャと同じで正教会ですよね。
祖先崇拝と自然信仰、農耕儀礼から、ウラジミール一世が十世紀後半に持ち込んで、異教と融合、二重信仰と知りました。
一つ利口になれました。
相当にオモシロイ小説です。
精密なダイヤグラムに基づいて書かれているので、文学を読むぞ~という気負いがなくても読めますから、気軽に手に取ってみましょう。
ドストエフスキーはスティーブン・キングと同じ位、小説が巧いよ。
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ミーチャのあの錯乱と潔癖、人ごとだとは思えません。残酷ながら生きながらえる生命をそれでも肯定しようという高潔な『弱い』意志に、ミーチャは苦しめられ分裂する。一カ所でも欠けたらその意志に反してしまう、ならばこそ偽悪的な人格を演じて卑怯者と言われる方が良い。いや良いとは思ってはいない。病気だと宣告された人間は自分がいったいどんな病気なのか気になるように、高潔な意志に反する自分はどれだけ卑怯者になれるものなのか確認するために、自分の中の本能を観察していく。そんな人間じゃないんでしょうか!最終編は泣きそうだよ!!
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3巻目。
事態が大きく動き出し、とても面白かった。
取り調べの部分は、手に汗握る展開だった。
この先がどうなるかが見ものである。
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他の方も書かれていますが、3巻で物語が静から動になる、といった印象を受けます。
かといって3巻から読めば、といえばそんなわけなく。。
(ここまで読んだ甲斐があったからこそ!)
1,2巻の積み上げが、顕れる巻なので、ここで興味が無いと、次巻以降に行けない可能性高い!?