紙の本
良い関係
2024/04/14 10:54
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投稿者:nap - この投稿者のレビュー一覧を見る
自分の息子、嫁、孫それぞれと良い関係を保ててるのはすごい。
さりげなく上手に干渉して、押し付けないところがいい。
紙の本
父上と違って肩の凝らない作風
2019/01/20 22:05
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投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
直木賞作家の井上氏が受賞作「切羽へ」(2008年)の次の年に書いたのが表題作。父親が「虚構のクレーン」の井上光晴氏。静子はいいおばあちゃんで嫁にも孫にも嫌がられていない、水泳教室に通っているから四六時中家にいないのが嫁に嫌われていない理由の一つかもしれない。息子愛一郎はネットで知り合った女性と食事に行くことが楽しみなのだが、その行為が妻にばれていると感じてしまうと、全国の特産品を取り寄せて家族に振る舞うというおかしな行動に出る。かなりツボにはまる存在だ。どうも愛一郎がパソコンで怪しいことをしていると睨んだのは静子なのだが、誰も気が付かない。その事実を確かめるために静子はメールまで勉強したのだが。
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静子さんというお祖母さんが主人公。
正義まっしぐらな性格なわけではなく、優しいおせっかいなお祖母さんというわけではなく。
自分を律して生きている、いろいろ、いろいろある、としをとったって、いろいろある、そんな主人公、静子さんが語る、大きな事件があるような、ないような、そんな物語。
信頼する作家、井上荒野の、明らかに突き刺してくるタイプの小説ではない、だけど少しつきさしてくる、という小説。
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えーー!荒野さんてこういう風味の作品も書いてたんだ!!
と、嬉しビックリな一冊でした。たまらないシュールさ。もしも自分に静子みたいなお祖母ちゃんがいたら・・・と想像するだけで愉快になりました。大吾郎さんとのくだり、泣けます。
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初井上荒野。井上荒野さんの本筋?はこういう路線じゃないんだろうなー、もっと濃い恋愛ものが本筋なんだろうなーとか思いつつ、これはすごく読みやすくてよかった。さわやか。
おもしろかったのは、「老人ではあるけれど、べつに猿や蛙というわけではないのだから、人間が人間のためにつくった機械を、使えない筈はない。」ってところ。で、75歳の静子さんはパソコンに挑戦するのだけれど。猿や蛙って(笑)。こういう文章が好きだなあと思った。
日常のこまこましたことが書かれている小説が基本的に好き。
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主人公・静子の暮らしを、双眼鏡で追っ掛けたような物語。
死も哀しみもきちんと引き受けてきた75歳の「アメリ」は、それゆえに賢くてやさしくて強い。
憧れの女性!素敵な目標ができました。
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ふわふわした友人が、「こんなおばあちゃんになりたいの」とふんわりとオススメしてくれた本。
なるほどね。75歳の静子はとても魅力的。いわゆるゴーイングマイウェイなおばあちゃんでもなく、協調性をある程度保ちつつも、自分を貫き、しっかり考え、そしてとても「女」だ。自分の身の回りにもあるようなことだし、とても柔らかく、温かい筆致だし、この本を読んでいる間はとてもシアワセな気持ちになれた。
静子のように、いくつになっても生活を楽しんで、素直に柔軟でいられたらと思う。
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久しぶりにほのぼのしてて、幸せな気持ちになる本でした。
静子さんいいな~と思いました。
私がもし静子さんに会っていたら、「恵まれた人生を歩んできて、世の中の悪を知らないから人を受け入れる信じられるのね」と思うだろうけど、実際は夫は家庭を顧みないし、世の中の黒い部分も体験していそうだから驚きました。
それでも臆病にならずに自分をニュートラルにしていられるってすごい寛大さです。
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軽いタッチの読み物。もう少し静子を始めとした家族全員のキャラクター造形に深みがあれば・・・、とちょっと惜しい感じ。
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御年75歳。夫をなくし、三世代同居中の静子さんの日常です。
自分で嫌だな、ひっかかるな、ということを、他人を傷つけることのない、いたずらっぽい方法で何とかしてしまう。人を嫌うのではなく、悲しく思う。その可愛らしさと優しさに気持ちがほっこりします。家族が静子さんに一目置くのも通り。こんなおばあちゃんがいたら誰もが好きになっちゃうでしょうね。そんな静子さんには想い人が。この年齢だからこそのロマンチックさ、現実の厳しさが二人のあいだにあります。恋人とも、友情とも違う。きっと痛い思いしかしないのに、思わずにいられない。それでも二人の時間をもってほしいと願わずにいられません。
「もうきるわ」でも感じましたが、状況を詰めていって最後に出てくるたったひとつの言葉(この作品では葉書に青クレヨンでかかれた言葉)がとても効果的です。展開の全てをまとめあげるその一言がクライマックスそのもの。この作家さんならではですね。
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こんなふうなおばあちゃんになりたいなあ。
バスだったり、フィットネスクラブだったり、お酒に関してだったり、恋愛のような気持ちだったり、自分を律することだったり。
こんなふうに、柔軟に受け入れていけるなんて
最強だ。
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もう、そう決めちゃおう。
そんな風にして「決断」をして、人生を歩んで行く方法があることを知った。
私は、なかなか決めちゃえない。
いつまでもぐずぐずして、「もっといい答えが…」と思っている。
それはそれで、私が決めていることでもあるのかもしれない。ある意味では。
「答えをなかなか出さない」という決心。
けれど、静子さんやるかのように自分で「決めた」ことは貫く。
という、そんな生き方も潔くて、自由で、強くていいなと思った。
決めちゃう。
そして、それは守る。
ぐじゅぐじゅ言わない。
許すと決める。
信じると決める。
そう決めたら、次の階段を上ることができる。
いつまでも同じ場所にいないで、
次の自分に会いに行くことができるのだ。
でも、それは逆に今の自分のことをよく分かっていることでもあるな。
だから決められるんだ、そうか。
「日常」は思えば、そんな「決断」の連続なんだ。
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75歳の“フツウ”って、どんな感じなのだろう?
息子夫婦と同居し、“居場所”としてフィットネスに通い、水泳もめきめき上達する。
気に入らない事があると、他人に自分の仕業だとばれないよう、意趣返し。これ、ちょっと引く。
同居している息子や孫のプライベートにも、何食わぬ顔で介入。
凄いな~
BBA恐るべし。
しかし、ひそかに心を寄せた人の老いを目の当たりにして切ないのは年相応か。
静子自身の日常プラス、静子の同居家族の日常が描かれる。
興味深い。
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“静子は、「ばか」という言葉について調べたいと思った。” という冒頭からしていい。
静子さんや静子さんの家族(愛一郎、薫子、るか)に何度吹いたかしれぬ!静子さんのイメージはミス・マープルかな。
にこやかに軽やかにときに厳しく生きる75歳の静子さんにも、苦労や今でも喉につまるような泥のようなものがあって…
わたしが75歳になっても(生きれたとして)、今と同じように物事や季節に感じ入ったり、考えたり、悩んだり、迷ったりできているだろうか。ただぼんやりとテレビばかり見て、出不精で、無感動で、愚痴と思い出話しかしない年寄りだったらどうしよう。と、不安になった。逆にじゃあ悩んだりしていてもそれはそれで生きてるぞーってしるしなのか?と発想もあり。またまた逆に、いつまでも生き生きとしているってことはいつまでも悩んだりもやもやしたりもあるんだぞーという覚悟を試されているようでもあり…
むー
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75歳の静子さんにすっかり心酔
人が決めたことについてはそうでもないが、
自分で決めたことはぜったいに守る。
それは静子の信条である。
静子は=それも、信条のひとつとして=後悔はしなかった。
でも、後悔しない人生は、正しい人生というわけではないわね、と考えた。
全然泳げなかったのに、フィットネスクラブに通い
水泳教室で、25m泳げるようになり、
まるでおバカな子にあてたような張り紙
たとえば、「悪口を言うのはやめましょう」とか
その張り紙に、こっそりと付箋に「バカ?」と書いて貼るとか
自分の考えと信条で、判断して行動し発言できる
とても可愛く素敵な静子さん
お嫁さんの薫子さんも、息子の愛一郎さんも
素直で正直な愛すべき中年で
孫のるかちゃんも、若いっていいなぁと
思ってしまう青春をすごしている
おおげさに言えば、静子さんの年代、もるかちゃんの若さも
みんな生きているって、素敵なこともあるんだなって思える
まさか、この本でこんなに元気をもらえるとは思わなかったな