紙の本
作者の確かな実力を感じさせる短篇集、佐藤泰志「移動動物園」。
2011/07/25 12:38
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オクー - この投稿者のレビュー一覧を見る
さて、今大注目の作家、佐藤泰志。3編の小説が収められた「移動動物
園」を読む。文庫で3冊目の佐藤作品だが、やはりこの人は力のある作家
だと再認識した。もう少し早くその存在に気がつくべきだったのかもしれ
ないが、仕方がないのかなぁ…ううむ。表題作は1977年発表でこれが佐藤
の文芸誌デビュー作。2編目「空の青み」が82年、「水晶の腕」が83年の
発表だ。
「移動動物園」はデビュー作といってもとりたてて気負いのようなもの
は感じられない。とはいえ、この3編の中では今一つの感が強い。描写が
あまりにこまかすぎるし、登場人物に魅力がない。飛び抜けてよかったの
が最後の「水晶の腕」だ。この3編に共通し、佐藤泰志の小説のひとつの
パターンともいえるのが、不安定な現状、その現状をていねいに描く事で
見えて来る心理的な不安、そこに差すかすかな希望、というような流れが
あるのだが、それが一番うまく描けているのがこの「水晶の腕」だ。機械
梱包工場で働く青年を主人公に職場の仲間たちや恋人とのやりとりを通し
て、彼の刹那的な暮らしが見えてくる。職場の様子が見事に活写されてい
るのがいい。仲間たちの造形もなかなかだ。「空の青み」はマンション管
理人とエジプト人一家との出来事を描いた都会的な一編で作者としては珍
しい作品だ。
紙の本
抜け出せなかった作家
2015/09/06 05:28
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投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書には表題作のほかに第88回芥川賞候補となった「空の青み」、同じく第89回芥川賞にノミネートされた「水晶の腕」がおさめられている。これらの3編に共通するのは肉体労働の繰り返しに鬱屈とする青年の姿だ。西村賢太の作品に感じられるようなユーモアもなく、中上健次の本を読み終えた後僅かにみえてくる希望もない。何度となく芥川賞を手に入れかけながら、ついには自らの死を選んでしまった著者の姿が見えてくるだけだ。
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後年の『海灰市叙景』に比べると人物描写に深みがないのは否めない。ただ、主人公の道子への欲情がうまく隠喩で表されていて、その手並みはきっと『海灰市叙景』と地続きだ。
見せ物として「役に立たなくなった」小動物を袋に詰めて叩きつけて殺す。こういう土くさい暴力性が、その衝撃さに頼ることなく淡々と描かれている。そしてそれが、園長の道子に対する(ひいては男一般の女一般に対する)暴力の隠喩だと読めなくもなくて、いちいち感心。
同年に生まれながら、作家としての歩みや社会的評価がまったく異なった村上春樹との対比を試みたあとがきも、やや判官贔屓の嫌いはあるが、面白かった。
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表題作の『移動動物園』が良かった。 少し乾いた風邪が頬に当たるような、気持ちいいような、うっとしいような、そんな雰囲気の終わり方が良かった。「ぼうや」っていう響きが好き。でも、園長と道子の関係に、違和感を覚えた。
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その映画をどれ位の人が観たのか知らないけれど、確かに映画化に後押しされた「海炭市叙景」は、もうひとつ、売れてない本を応援するという「おすすめ文庫王国」でのベストテン入りも効いたか、結構売れたようで、それもあってか、作者の死後に出たこの本も文庫化の運び。
「海炭市…」について、朝日の書評には『多くの人の思いの連鎖によって…版を重ねている』とあったけど、こういう本の売れ方売られ方というのも良いもので。
と、したり顔で書いては見たものの、芥川賞の候補にもなったような、こういう純文学、なかなかスッと腑に落ちなくて、確かに、陰鬱な人間関係の微妙さ、生きることや働くことへの諦観、それらを彩る自然や世間の咽ぶような匂いや光の加減、そして僅かばかりの希望の兆し、みたいなところは分からんではないけど、解説に曰くの90年代初頭には命脈を保っていた“純”の付く世界に、今更好んで浸ろうとも思わんです。
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夢中になって頁を繰るとまではのめりこめず。
でも、「水晶の腕」はそこそこがっつり読めた。
淡々とした筆致の中に、宝物が隠れてる気配。
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1977年発表の表題作と1982年、83年発表の2作品を収めた短篇集。
普段は芥川賞の候補になるような作家の作品は読まないのであまり比べることは出来ないが、このように内面を掘り下げる作家はやはり、2015年近辺の現代にはそう居ないだろうなと思う。
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表題作「移動動物園」他「空の青み」「水晶の腕」二篇。
数少ない労働を題材に描かれる青春小説。
いずれも主人公は20代前半から半ばほどと思われる。三者三様の仕事(動物の飼育と動物のお披露目、マンションの雇われ管理人、大きな工場での手作業)と、仕事を通しての人との繋がり、瞬間が息づいている。暑い夏の空の色や茂った雑草の匂いとか滴る汗の流れ方まで、描写が精緻。文学のテーマに暴力がブームの時代があった当時の残滓が香る。
解説では、作者と同じ時代に育った村上春樹との対比が記されており、なかなかに面白かった。彼は、主人公を汚さない、お洒落な描き方をしているのに対し、作者は、泥臭く、どこか陰気な、静観したところがある、といった様な内容だった。
「水晶の腕」が好み。
自衛隊やあんちゃんと呼ばれる男はじめ、他の仕事仲間とのやり取り、最後のピンク映画を見る場面なんかはそこに発せられる空気が物憂げしくもあり惰性的な生き方が描かれており、個人的には印象深い場面で、とても良い。
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生前は目立つ評価を受けずに夭折したものの、近年の再評価が著しい佐藤泰志のデビュー作。
表題作をはじめとしてここに収められた3つの短編は、いずれも寄る辺なき労働者の生活をビビッドに描きだす。この時点で、独特の言語感覚に基づく風景や心理描写のテクニックが荒削りながらもみられ、その後の傑作に繋がる片鱗をうかがわせる。
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久しぶりの純文学。
重い話はどうかな、と思いましたが、意外にのめりこんでしまいました。
しかし、何で純文学と言うやつは、閉塞感があってどこか虚無的なのだろう。この本を読みながら、そんな事を考えていたのですが、逆ですね。私が勝手に閉塞的で虚無的な作品を純文学に分類してるだけのようです。
純文学の本当の定義ってなんでしょうね。おそらく「作者がやむに止まれぬ衝動に突き動かされて書かれる作品」なのでしょう。確かにこの作品にはその雰囲気があります。
ちなみにこの本、3つの短編で出来てます。
表題の「移動動物園」はかなり閉塞的ですが、最後の「水晶の腕」は先に灯りが見えるようで気持ち良い作品でした。
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ひりひりするなー。そこ書きますか…という汚さもふくめ、不器用な若者たちの、仕事をし、生きていく様子が胸に響く。自分はもう若くないわという実感とともに。