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仮に物理学が、一人の女性であったとしよう。家柄も良く、顔立ちも整ったあの娘は、何度声を掛けようとも、決してこちらを振り向いてはくれなかった。そんな彼女が一人の老教授の前では、見たこともないような艶やかな表情を見せるのだ。
MITの物理学者ウォルター・ルーウィン。彼の講義は、まるでロックスターのように教壇上をところ狭しと駆け回り、大教室をまるでサーカスのような興奮のるつぼと化してしまう。決め台詞は「その目で見ただろう?これが物理学だ!」。
その熱狂は、学内のみに留まるわけもなかった。MITのOCW(オープンコースウェア)プロジェクトが彼の講義ビデオをウェブ上に公開すると、またたく間にこの授業は世界中に知れ渡ることとなる。大量のアクセスとともに「Webスター」の称号も手に入れた、あの名物教授の講義がついに書籍化された。
その人気の秘密は、教室を一瞬で非日常空間へと変えてしまう、大規模なデモンストレーションにある。5メートルの椅子のてっぺんに腰掛け、床に置いたビーカーのクランベリージュースを、試験管で作った長いストローで吸い上げる。あるいは、大怪我の危険を冒して、小さいながら破壊力のある解体用鉄球の軌道上に自分の頭を置き、顎の手前数ミリの地点まで鉄球を振り動かしてみせる。その一つ一つが、とにかくスベらない。
肉眼で見えるものだけが世界ではないし、直観で認識できるものだけが正しいわけでもない。一見静止しているように見える物体も、その内部では壮絶な力の戦いが繰り広げられているのだ。ルーウィン教授のデモンストレーションは、それら不可視なものを可視化する「補助線の芸」だと思う。
一方で見逃して欲しくないのは、インパクトのあるデモンストレーションに至るまでのプロセスだ。バイオリンの音色について語り出しかと思えば、共鳴板の原理へと話は及び、いつの間にか「ひも理論」の説明に移り変わる。そんなプロセスを経ての、デモンストレーションなのだ。
「わたしは受講生たちを、彼ら自身の世界へ導くんだよ。彼らが日々生活し、なじんでいる世界にね。」それが教授の口癖だ。話はいつも身の回りのことから始まり、シームレスに専門的な話題へと分け入っていく。その理の連なり。物理学というものが、記憶するだけのものではなく、計算するだけのものでもなく、視点の獲得であるということを教えてくれるのだ。
そして爆笑の中には、息を呑むほどの美しさも潜んでいる。虹の美しさと儚さ、ブラックホールの存在について、惑星がそれぞれ独自の動きを示す理由、星が爆発するとき何が起こっているのか、宇宙はどんな要素から成り、いつ始まったのか、フルートが音楽を奏でる仕組み。これらがまるでアートを語るかのように説明され、自然現象に対する審美眼も養われていく。
教授の授業を熱気もそのままに見てみたいというだけであれば、ウェブ上に大量に転がっている映像を見ることによって代替が可能なのかもしれない。だが本書を読むことは、これに加えて授業を舞台袖から眺めるような視点も提供してくれる。
講義の説明で度々登場する、教授の祖母。彼���は1942年11月19日、ナチスの手によってアウシュビッツで殺された。祖母のみならず身内の半数を毒ガス殺された悲劇を、ルーウィン教授はいまだに消化できないのだという。そんな悲しい過去に端を発する人生観、空っぽの教室で何度となく繰り返される講義の準備模様、ほとばしる物理学への情熱と愛情。
そんな授業の裏側を知ってしまったのが運の尽き。まるで身内のような心境で教授のデモンストレーションを見守り、思わず「上手い!」と呟いたり、学生の反応が妙に気になったり……
また余談だが、ルーウィン教授は、板書術の達人でもあるそうだ。とりわけ、点線を引くのが抜群にうまい。学生の手によって投稿された以下の動画からも、ルーウィン教授の愛されようを伺い知ることができる。
体系的にものごとを学ぶ時、その初期段階には苦痛がつきものだ。そこを面白く伝えられることの価値は測りしない。第9講までに解説されるのは「測定」、「ニュートンの法則」、「気圧・水圧」、「虹」、「音」、「電気・磁気」、「エネルギー保存の法則」まで。そしてこれらのパーツが、轟音を上げながら一つの世界観として構築されていくのが、第10講以降。
ここから登場するのは、X線天文学におけるパイオニアとしてのルーウィン教授だ。その研究生活は、そのまま学問の歴史と重なり合うほどでもある。この宇宙の神秘に迫る奥深い学問を、それまでに獲得した基本知識を中心に説明してのける。あれだけ手間暇をかけた数々のデモンストレーションも、この深遠なる世界へ誘うための前フリに過ぎなかったのだ。
人類は長らく、光によって宇宙をとらえようとしていた。これを光以外の波で宇宙をとらえようと試みたのが、1960年代に生まれたX線天文学という分野だ。超高感度でX線を測定できる機器を構築し、巨大できわめて精巧な気球を大気圏の上限ぎりぎりまで打ち上げ、放射性原子や天文事象を観察するのである。
この分野で為された数々の発見は、超新星の大規模な爆発における星の死の本質を理解することや、ブラックホールが実在することを立証するうえで、貴重な補足材料となったのだという。
X線天文学などという分野の存在を初めて知ったのだが、そのきっかけが本書であったことを幸運に思う。あれだけスベらない授業をする人が面白いと言うのなら、絶対に面白いはずだと確信をもって読み進められるのだ。
このX線天文学において要をなすのが中性子星という存在だ。一定の質量以上の恒星は、やがて重力の重みに耐えきれなくなって崩壊、爆発する。そのプロセスは、水素原子核の融合に始まり、最終的に鉄のコアが形成されるに至る。やがてはその鉄のコアも爆発してしまうわけなのだが、それら一連のサイクルが高速に早回した映像を眺めるかのように説明されていく。
とにかく、喋りも文章もリズムが良い。緩急を織り交ぜながら厖大なものと微小なものを語り、疾走感を持って目的の世界まで連れて行ってくれる。一気呵成に飛び込んでくる新しい景色。待ち受けているのは、「わかった!」という歓喜の瞬間だ。
そんなルーウィン教授の研究においてピークを迎えるのが、X線の奇妙な爆発の連続 ー 「X線バースト」発見の時である。この発��の道中においては、興味深いエピソードも披露されている。ひときわ奇妙な動きをするバーストを発見し、その発表を行う直前、国家安全保障上の理由から発表の差し止めを要請されることになるのだ。はたして、ことの真相はどのようなものだったのか。
本書の背景には、無償でWeb上に授業を公開するオープン・エデュケーションというムーブメントがある。MITでは2001年からこの類のプロジェクトが始まっているのだが、このような恩恵に若くしてあずかれる人達を、本当に羨ましく思う。だが得てして、その価値に気づくのは大人になってからという人も多いだろう。学問の神様は、本当に罪作りだ。
読了後、窓の外に視線を送ってみる。そこには見慣れた景色の、見たこともない表情が待ち受けていた。空は青く、雲は白く、世界は美しい。そして僕は、大きくなったら絶対に物理学者になるぞと、心に固く誓ったのだ。いや、それは無理、無理……
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少し前の話題の一冊。MITで物理学の名物講義を行っている教授による授業内容の紹介。いわゆる大学初年度生向けの教養の物理入門といった内容です。「教える者にとって大切なのは、知識を箱にしまい込むことではなく、箱のふたを開くこと! 」という言葉が印象深い。いろいろ工夫して学生が興味を持ってくれるような授業を行っているんだなぁ、と思う。でも少し意欲のある最近の高校・大学の先生ならこんな感じの授業やっているよなぁ、という程度の内容で、特に驚くような授業ではない。自分が教養の授業とか、高校生向けの模擬授業なんかをする上では参考になりそう。個人的にはエネルギーの講義内容なんかは面白かった。最後の4章は著者の専門のX線天文学研究の紹介で少し難しい。以前読んだ「僕らは星のかけら」を思い出した。でも、天文好きの学生じゃなきゃついて行けないだろうと思う。
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内容的にはあまり物理を学んだことの無い人向けに物理の面白さを伝えようといったものです。
本書のところどころに載っているurlを辿って実験の動画などを見てみるのは楽しいと思います。
最後の3章ぐらいは著者の専門分野についての話でより深い内容となってますが、本書の目的とは乖離してしまっているのではないかでしょうか。
それと、自分の授業は面白いやろーっていうエゴが強すぎて少し読んでいてイライラしましたw
活字で読むよりもYouTubeなどに転がっている著者の授業の動画を見る方が遥かに有益だと思います。わざわざ本として出版する意味があるのか甚だ疑問ですね。
とはいえ、それなりに面白い内容を難しい数式などは一切使わずにわかりやすく書いてあるとは思いますが。
このような授業を許容するMITは流石だなと思います。
尋常じゃない大電流や解体用の鉄球、はてにはライフルまでぶっ放す授業ですよ!?
日本の大学ではまずありえないでしょうw
こんな一般教養の授業があったら絶対受講するのになー。
マイケル・サンデルのもそうですが、この手のものは映像の方がインパクトもあるし楽しいと思います。
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書店で何気なく「物理学」のタイトルを見ただけで購入したものであるが、手にとって見ると予想外に面白く読めた本だ。
それもそのはず本書の著者はかの有名なMITの教授でその奇抜かつ体を張った実験を織り交ぜた物理学授業は大人気で、YouTubeでも公開されて世界中の学生を始めとする多くの人々に大人気だというのだが、内容を読んでみてよく判る。虹がどうして見えるのか、雷雨の後の清浄な空気感は実はオゾンが生成されるからという説明や、ストローで何処まで高くジュースを吸い上げられるのか、寝ていると身長は本当に伸びるのかなどなど楽しくまた身近な物理学の問題を取り上げている。こんな授業であれば俺も高校時代にもう少しばかり物理に興味をもっただろうとも思うし、赤点も取らなかったはずだ!
本書では実験風景を見るためのURLが紹介されているが本を読みながらなので実際には見るチャンスは無いのだが、内容から察するにテレビでも人気を博している米村でんじろう先生の高級版のような実験とも言える。違いはその実験の背後にある物理学の理論、数式も含めて説明するかどうかだろうけどまあ相手がMITの頭脳だから当然それなくしては生徒も納得はしないであろう。
だが個人的に一番興味を覚えた部分は本書の冒頭にある教授の幼い頃のナチスの記憶のところと、専門である電波天文学の黎明期のエピソードだ。後者は電波観測衛星も無い時代に高度4万メートルを超える高さまで気球を揚げるに際しての苦労話などは天文学の発展に大いに寄与した割りに手造り感満載で非常に身近に感じられるところだ。
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物理を知ってしまうと世界ががらりと違って見える。その楽しさを存分に伝えてくれる快著。
青空や夕焼けはなぜあのような色なのか?虹ができる仕組みは?といった身近な物理のほかに,力学,電磁気学,量子論といった物理の基本も楽しく紹介。自身の専門のX線天文学のあゆみについても語ってくれる。気球やX線観測衛星による研究ネタは一見あまり一般受けしなさそうだが,まったくそんなことはなく,実に興味深かった。
冒頭の自伝部分も読ませる。ナチス支配下のオランダでの生活,強制収容所での祖父母の死,フォン・ブラウンの活躍に対する複雑な心境,映画『ライフ・イズ・ビューティフル』への反感…。教授の人生が詰まった一冊。
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流石に大学講義なんで講師と受講者の間には「知的前提」がある。
したがって当方のような好奇心だけの人間には何か面白そうな講義をやっているとは思うものの、結構難しい内容。
一番印象的だったのは物理の話ではなくホロコーストの話だというのは私自身の能力がお粗末ゆえだが、個人的に『ライフ・イズ・ビューティフル』はあまり評価していなかったので、余計に気になってしまった。
しかしこのエピソードは、阪神淡路、東日本の震災を経験した人間にとっては、改めて当事者意識とは何か?と考えさせてくれる。
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物理を修めている人が私とはまったく違う視点で世の中を眺めているというのを強く思い知らされる1冊だった。学問の意義というのは、物理学に限らず、自分の知識が広がることで世界の見方が変わる・世界が広がるというところにあるのだと思う。ただ、物理学は、様々な領域の中でも特にそれを強く感じさせてくれるものなのだろう。なにせこの世の理を研究するものだから。どーしてまじめに勉強しておかなかったかなーと読んでいて後悔しどおしだった。
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MITの人気教授による物理学講義の書籍化、つまり、サンデル教授の「これから正義の話をしよう」の物理学版といったところ。
すべてがすべて面白いというわけではないが、力学だけでなく、光学や著者の専門であるX線宇宙観測を含んでいるのは珍しいし、目新しい。個人的には、原子物理学や量子力学を加えてほしかったが、他に良書も多いので、そちらを読めばよいかもしれない。
様々なウェブサイトのURLが記載されており、そちらで図版や動画により、講義内容のイメージを更に膨らますことができるというのは、現代の物理学講義本らしいというか、アメリカの大学の講義らしい感じがする。英語に不自由しないなら、公開されているMITの講義の動画を見たら、もっと楽しめるのではないかと思う。
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著者はMITの名物物理学教授ウォルター・ルーウィン。物理学を学ぶ楽しさを学生に伝えたいという著者の情熱は字面からひしひしと伝わってくるが、手に取ったタイミングが悪かったのか、本書の魅力をじっくり味わうことができなかった。私に科学的素養がなさすぎて、魅力を汲み尽くせないのが問題なのだろう。
記憶に残ったトリビアを一点。
人間は立っているときより寝ているときの方が背が高い。教室で185.2cmの学生を使って測定したら、2.5cm(測定誤差を勘案すると2.3cm)の差があった。寝ている間にジワジワ伸びるとか、起きて活動する一日のうちにジワジワ縮むというのならまだしも、即座に伸びる値としてはけっこう大きいなあと思った。宇宙飛行士の身長は宇宙空間で平均3%伸びるので、あらかじめそれを見越したサイズの宇宙服を着用するそうな。初期の宇宙飛行では窮屈になって困ったらしい。
立っているときと寝ているときの身長差から、軟骨の厚さや関節の柔らかさなんかが推定できるかもしれない、と愚考した。運動パフォーマンスや健康寿命に関する有益な知見が得られるかも。
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とても面白かった!
以前から興味があった宇宙と物理学が密接に関わっていることにワクワクしながら、誰にとっても平等に存在している様々な事象を物理学のメガネで覗くような作業で、ほんとに面白かった。
実際の講義は体験型で、ネットでその様子をみることができる。
擬似体験することで、自分自身も理解が深まるし、MITの授業が受けられるなんて、すごい世の中になったものだ!
文系で理数感覚がない私でも楽しめた。
もちろん、理解できないところが多いので、理解を深めてからまた読み返したいな。
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目の前のボールの転がりから虹まで、素粒子から宇宙の大構造まで。この世はいかにしてかくあるのか。それをこたえるのが物理学で、その美しさを遺憾なく伝えてくれる良書でした。最後の2ページが感動的。授業の最後に、マクスウェルの4つの方程式を伝える授業をするのだとか。でも、それは忘れて構わない。確実に世界を見る目が変わっているからと。感動せざるを得ない!
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MIT(マサチューセッツ工科大学)教授が自分の物理学の講義をベースにした書籍。そもそもMITがインターネットで公開している講義の様子が話題になり、iTunesでもiTunesUという学術系のポッドキャストで無料配信されている。NHKでも「MIT白熱教室」としてその講義が放送されている。
氏はX線天文学の研究者として優れた功績を残した後、MITで学生に物理学を教えている。彼の講義のユニークさは、古典的な物理学の基本=「実証可能である」という事を身をもって示すことだ。振り子が振れる時間は振り子の振り幅や、振り子の錘の重さに関係なく一定である、ということであれば、彼は教室に巨大な振り子を用意し、鉄の玉の錘を揺らしても、自分自身がその振り子にぶら下がっても、振幅に要する時間は同じであることを学生に測定させる。
そうやって身近な問題から物理学の基礎を教える。
よく物理学の話の中に「美しさ」が出てくる。それは、混沌としたこの世界の背後に、シンプルな式で表せる法則が隠れているからだ。
しかし、氏は必ずしもそれは最初から「美」として認識されていたわけではないという。
印象派の画家達の描く絵は、発表された時には受け入れられなかった。新しい視点とは、最初は奇妙で、時には醜く見えてしまうこともあるのだ。
ニュートンの古典的物理学の常識を破った相対性理論を生んだアインシュタインは「神はサイコロを振らない」と言ったが、不確定性原理はそれが間違いであることを示している。彼には不確定性は美しく思えなかったのだろう。
しかし、「美しい」と感じる事はできなかったとしても、新しい物の見方を知ってしまったら、もう元に戻ることはできない。物理学とは、この世界の事象の見方を提示するものなのだ。
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高校の時の物理の先生が良くって物理が好きになりました。教師によって人生って変わるんだな。
そんな先生に恵まれなかった人も、この本を読むと物理が好きになるかも。高校生ぐらいで本書に出会えたら幸せだろうな。
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インターネットに配信されるMITの物理講義でも有名になっているMITルーウィン教授が物理学について重力、電磁気力からX線天文学までを解説する。
ポイントは理論を教えるのではなく、物理の目的やそれが意味する面白さを実際の現象や教室での身体をはった実験で教えてくれることです。
ある意味でんじろう先生の授業に通じるものがあります。
残念だったのは文字で説明するのが主体で、図が少なく説明についていけないところが多々あったこと。この本にもっと言葉で説明していることを丁寧に図示してくれると言うことないのですが、そこが玉に瑕でした。
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講座紹介
物理学を学ぶことの特権
物理学は測定できなければならない
息を呑むほどに美しいニュートンの法則
人間はどこまで深く潜ることができるか
虹の彼方にー光の不思議を探る
ビッグバンはどんな音がしたのか
電気の奇跡
磁力のミステリー
エネルギー保存の法則
まったく新しい天文学の誕生
気球で宇宙からのX線をとらえる
中性子星からブラックホールへ
天空の舞踏
謎のX線爆発
世界が違って見えてくる