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結核に冒された男がおくる闘病生活を淡々と描き出した作品だが、入院している人々の様子や、病院の窓から見える数々の情景、そして三回に及ぶ手術に望む男の意思の動きといったシーンは、決して平坦ではなく、ドラマティックですらある。
男の内面は期待と絶望の間を行き来し、一旦は無気力に陥ったりする。その動きは決して他者と共有することは出来ない。一人きりで屋上から眺める風景や、真夜中に思う絶望はあくまで個人のものであり、悲しみを分け合うことは出来ない。
しかし、男の妻は男のために様々な努力をしてくれる。絶望の種類は違ったとしても、悲しい出来事によって絶望するのは、本人だけではないのだ。悲しみを見守る視点は常に周囲から優しく注がれている。注ぐ対象は、まるきりの他人であるとしても。
内面や感情や絶望はあくまで個人のものであるが、人は見つめること、手を繋ぐことで、その一端を分け合うことが出来る。
辛いテーマだけれど、根底に流れる優しさに、酷くせつなくなった。
ちなみに、突然、長崎やキリスト教といったモチーフが出てきたのには少々驚いたが、遠藤周作の作品であることを考えると、それも納得。
いつも思うのだが、遠藤周作の作品は、視点が透徹で温かいように思う。
どの作品を読んでも、どんな人にも、隣を歩いてくれる人がいるということを、改めて教えて貰える気がする。
読み終わった後、この作者がもうお亡くなりになっていることを考えると、時々、なんだか侘びしい感じがする。けっこう作品はたくさんあるけれど、もっと書いて欲しかった。新作を楽しみに待ってみたかった。
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初めて読んだ遠藤周作の本。
すごく丁寧に主人公が描写してあり、物語に没頭しやすい。
17年ぶりに肋膜炎を再発した男性の、病気を克服するまでの日々を描いた小説。闘病というよりは、病気との共存を通して、生きる意味を静かに問いかけている。
多分、人によって好き嫌いが分かれたり、読む時期も選びそうな本。自分が感動できる時期に読めて、本当に良かった。
特に気に入った部分はこれ。
「手術をやめる自由はまだ残されているのだと思いながら、掌の上の丸薬を見ると、言いようのない快感がこみあげてくる。それは自分の自由を弄んでいるという快感だった。」
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一回よんでみる。二回読んでみる。僕はこんな世界みたことない。将来見るのかもしれない。そんなときは主人公のような気持ちになりたいと思う。
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今までできるだけ多くの遠藤周作作品を読んできましたけれども、「感動」というか「感慨」を一番つよく感じた作品はこれかもしれません。
遠藤自身が病気に伏せる時期が長くあった時に実体験した内容をそのまま作品に投影しているようです。キリスト教信者の視点から見た死と生を病院にいる状況下での視点から描いていきます。
自分よりも病状の悪い患者の部屋を気にするようになったり、その病室が突然片付けられていることを遠目ながらに気づきその人の死を実感すること。遠藤周作の言葉がとても重たい説得力をもって生死に関わる重要な視点を記していきます。
ここから先は、本を読む予定の人は読んで欲しくないのですがこの作品の主人公・明石(つまりは遠藤自身)は病気から回復して退院し、妻と一緒に行くはずだった長崎を自分一人で旅することにします。そこで重たい体を引きずりながら生きて長崎をもう一度みたときの作者の感激を読むと、感動します。この作品が21世紀になってやっと発表されたということにも何か意味があるのではないかと思ってしまいます。
この作品が持つ大きな意味合いは、解説にも示されているとおり、作者の死後発表された作品であるということ。この解説文だけでも一読の価値有りです。
一番最初の「海と毒薬」を読んだときの遠藤文学の怖さというか人間の行動がいかにひどくむごたらしいものになりえるかを読んだときは衝撃的でしたし、その後に「死海のほとり」や「影法師」なども読みましたが、この「満潮の時刻」には遠藤作品全てに共通するテーマと人間の根元と宗教と絡んでいる数少ない作品です。ぜひ読んでみて下さい。
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未完成の作品。
病気を通し自分を客観的に見つめることによる、自分の内面の混沌から開放へのプロセス。
矛盾点は多いけど、信仰の一面を表していることは確か。
07/12/-
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病院。生死。内なるもの。キリスト。遠藤周作のキーワードがしっかり出ている本。ただ、キリスト教あたりは無理やり突っ込んだ感が否めず、違和感があります。
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結核がまだ致命的な病であった時代、
死の淵を彷徨い絶望と虚無に陥った男の心はどこへ向かったのか。
生と死、信仰と救済。
遠藤文学を貫くすべてのテーマが凝縮された感動の長編。
(--紹介文より抜粋)
もしも自分が死の淵に出くわしたとき
それまでこういう本を一冊も読んだことがなかったのなら
きっとあっさり気が狂うと思う
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これを読んでいる間中、父親が何度も重なった。
そしてこの本を思い出すと大連のマックを思い出す。
とても、懐かしい思い出が詰まってる本。
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人は死に近づくとき、普段の生活の中で何を考え、何を感じるのか。この作品は遠藤周作自らの体験を元に描かれているのだが、夫婦のつながりに関して涙した。遠藤周作が息を引き取るときも、妻の手を握っていたのがすごいと思った。
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死の淵に立った男の人の話。
人生万事が塞翁が馬っていうことばが常に頭から離れなかった。
悪いことをすればどこかでしっぺ返しが来る。
いいことをすればどこかで返ってくる。
戦争から逃れたものは・・・という感じで。
生きるか死ぬかの瀬戸際みたいなぎりぎりの状態ではなくて、水が地面にしみこんでいくようにじわじわと病に蝕まれていく。
ひとつひとつの行動の意味を考えて、どうあるべきかを考えずにはいられない作品。
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『沈黙』と同時に執筆されながら、未完のまま作者の死後出版された作品です。未完成であるだけに、修正されていない作者のダイレクトな思いが伝わってきます。
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生を見つめる眼、沈黙の声。著者の訴えたいことが、じわりと伝わってくる。生活と人生は違う。なので日常から離れた入院生活で実感できたのだろう。14.1.8
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病院独特の希望とは遠い場所にある暗い雰囲気が重たかったです。そこにいる人たちの日常なので陰鬱な感じではないですが、やっぱり異質ではあるかなと思います。
あたしも病院なんて歯医者くらいしか縁がないので、想像するだけで恐怖の場所です。医学のことはよく分からないですが今はきっと手術するのに骨を切ったりしないですよね……「海と毒薬」でも出てきたシーンですが、怖い以外のなんでもない。物語よりその医療的な部分の方が印象的でした。
どことなく中途半端な感じがしたのは、明石の長崎旅行のせいじゃないかと思います。
遠藤作品と長崎は切っても切れない関係ですが、この作品に限ってはなんだか唐突なような気がします。奥さんと行くかと思ったら明石一人だったし。
なんとなく尻すぼみな感じがしてしまいました。
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40代の働き盛りの男性が、結核により療養生活を送ることになることから物語は始まり、淡々とした療養生活と、その心境の機微が描かれている。
今の医療技術からは考えられない治療法、入院期間だが、当時多くの人々が命を落とした結核という病気の恐ろしさを垣間見た気がした。
その苦痛、死の淵に立たされたときの模写が妙にリアルなのは、作者自身結核を患っていたからなんですね。
病院のなんとも言えないあの重い空気感も、読んでいるだけで気が滅入るよう。
ケムリハナゼ、ノボルノカ。
わたしは今まで大きな病気も事故もしたことがない。
本当の苦痛、不幸、孤独感を味わったとき、何を考えるのだろう。誰か、そばで手を握ってくれる人間がいてくれたらいいなあ。
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小説のところどころに「沈黙」の一場面を思い出させる描写があって、遠藤作品そして遠藤周作さんのつながりを感じました。そのほかの作品にも流れる「人間をありのままに受け入れる」ものについての遠藤さんの強い確信を感じるよい小説でした。