ある出来事で起こる人の変化を鋭く繊細に描いた11編
2010/01/22 18:55
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:toku - この投稿者のレビュー一覧を見る
収録されている作品はどれも、ある出来事で起こる人間の変化を描いている。
神隠しから戻ってきたら別人のようだったという、古来からの伝承的なものから、少女が愛情によって女に変わるもの、かぐや姫を材にしたものなど、多彩で緻密な物語が読者を飽きさせない作品集。
『拐し』
辰平は娘お高を拐した男又次郎に、五日に一度、二分の身代金を払っているが、娘はいまだ帰してもらえず、すでに二十日が経っていた。
又次郎の跡をつけたお高の婚約者勝蔵は、見つかって伸されたが、又次郎が去っていく先にお高の顔を見た。
勝蔵がお高の顔を見たところから話は進展を始めるが、だんだん様子が変わってきて、淡いユーモアが漂いだす。
最後に辰平が死んだ女房を思い出すところが、物語を引き締めている。
『昔の仲間』
医者にあと半年の命と宣告を受けた紙屋を営む宇兵衛は、やらなければならない事の少なさに淋しさを覚えた。
そして宇兵衛の頭には、昔の仲間で三十年前に別れた男の顔が浮かんできた。
昔の仲間の行方を探し出した宇兵衛の顛末が非常に気になる作品。
思いも寄らない結末が、宇兵衛と読者を襲う。
『疫病神』
妹のおくにが見つかったと言ってきた父の鹿十は、飲む打つ買うの三道楽と女房への暴力の果てに行方を眩まし、十八年が経っていた。
おくにが生まれる前までの優しかった父を知る信蔵は、しょぼくれた哀れな年寄りとなった父を引き取ることにした。
身を持ち崩した家族は、血や情でつながっている分だけ、縁の切れない厄介な疫病神なのかもしれない。
そんな疫病神の恐ろしさを描いた作品。
『告白』
娘の婚礼が終わった夜、善右衛門はある出来事を思い出した。
妻のおたみが一度だけ、朝出ていったきり帰らず、町木戸が閉まる直前に、朝と同じ風呂敷包みを抱えて帰ってきた。
その事を改めて聞いた善右衛門に、おたかは戸惑いながらも話し始めた。
女の持つ得体の知れない気味悪さが、三十年連れ添った夫婦の揺るがない関係の中にあった、たった一つの違和感によって描き出されている。
『三年目』
行きずりの男が約束した三年が経った。
しかし男は現れず、おはるは諦めの気持ちに傾いていたが、薄暗くなった店の前で、もう少しだけ待ってみようと思った。
少女の頃の約束を信じる一途で純粋な女の気持ちと、大胆な行動を描いている。
『鬼』
鬼を想像させるほど不器量なサチは、死にかけた武士を助けた。醜女の自分を受け入れてくれた武士。
サチは城に追われているという武士を匿った。
サチの、鬼っ子と言われてきた不器量な自分を受け入れてくれた武士への、淡い少女の恋心と、深すぎる女の愛情を描いている。
「おら、やっぱり鬼だど」と呟くサチがとても印象に残る。
『桃の木の下で』
武家の斬り合いに遭遇した志穂は、一人は夫の同僚だったと夫に告げた数日後、墓参り先で何者かに命を狙われた。
助かった志穂は、昔から仲が良く夫婦になるのだと思いこんでいた親戚の亥八郎に、これまでの出来事を打ち明けた。
志穂を狙う者の正体と事件の真相に驚かされるサスペンス調の読み応えのある作品。
いくつかもの出来事が起こる「桃の木の下」が印象に残る。
『小鶴』
神名家には子がおらず、かいわいの名物である夫婦喧嘩が原因で、養子も来なかった。
ある時、夫の吉左衛門は、記憶のない一人の娘を連れてきた。
かぐや姫から材を得た展開と、名物の夫婦喧嘩の組み合わせが面白い。
もの悲しい結末を、ユーモアで締めくくっており、気に入っている作品。
『暗い渦』
筆屋の信蔵は、裏店の路地で昔別れた女を見かけた。
信蔵は、もっといい所へ嫁ぐはずだと思っていたその女との過去を思い出していた。
信蔵の、後悔と光を伴った青春が過去となり、自分を選び選んだ妻の真っ直ぐな愛情と暖かさに気づく様子を描いている。
『夜の雷雨』
おつねは、生活費をくれている松蔵の行為をありがたく思っていたが、孫の清太をこき下ろすのは許せなかった。
子供夫婦に先立たれたあと清太を育て上げたが、極道にできあがり、裸同然で放り出された後も、清太を信じているのであった。
悪党となった孫をいつまでも信じる老女の過ちを残酷に絶望的に描いている。
『神隠し』
伊沢屋のおかみが消えて二日になる。
岡っ引きの巳之助は、おかみを探すも行方は分からなかったが、失踪などなかったようにふらりと帰ってきた。
失踪から戻ってきて別人の様になったおかみの、行方不明となった秘密を探る巳之助の捕物帳。
おかみの様子が変わった原因と、それに起因する新たな事件は、人の情を鋭く描いている。
人生は色々ありますね。
2009/02/22 20:45
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:野棘かな - この投稿者のレビュー一覧を見る
読み終えると、何ともいえないが余情感が残った。
一つ一つがそれぞれ違ったパワーを持って迫ってくる面白さ、味わいのある作品ばかりだ。
作家は、
「人間なんてこんなものさ、たかがこんなもの、だけどしょうがない、仕方がないんだ、だからこれでいいんだと」
あの手、この手で、軽妙な呼吸で、手厳しく、あるいはしっとりと示してくれる。
とにかく、人情あふれそれでいて鋭くて人間の根幹をとらえている作品ばかりだった。
だけど、一つだけ女性として気になることがある。
作品の中に脈々と流れている作家の女性への視線が気になる。
「またそんな天邪鬼なことを言わないの」
といさめられそうだが、やっぱり言いたい。
「初めはおとなしく従っていても、そのうちとんでもなく図々しくなるのが女なんだと思っている限り、そういう女性しか目の前に現れませんよ」と。
それでも、作家はきっと幸せに生きて過ごしたのだと信じています。
もうこれ以上、このような珠玉の短編を読むことができないと思うとしみじみと才能の終焉が切なかった。
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11編の作品が収められた、藤沢周平の江戸市井小説。『時雨のあと』は読後にほっとする感があったが、この『神隠し』は、どちらかというとその逆。
人間の業の深さ、哀しさが情感豊かに描かれている。
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おもしろかったかな。安心して読めるよね、やっぱ。藤沢周平はなんといったら良いか、不思議な魅力があるなぁ。人間模様がおもしろいんかな…。今回は短編集で、一段と読みやすかったかな。ほんのちょっとした事件に人間があれこれ考えたり行動したり…おもしろい。先が気になるのもある。今回は忙しくて読み切るのに時間がかかってしまったけどさらっと読めるものだった。
読んだきっかけはアリゾナ無宿を手に入れるまでのつなぎ。パパの本棚から。前も藤沢周平読んでおもしろかったし。
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妻というもの、女の気持ちというもの
男からみたおんな
女の乳房への拘り、いろいろ考えさせられました。
ぎらぎらしてるとよっぽど惚れてないと
女は怖くてついてこれないんだなw
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藤沢氏の短編集の中で評価の高い本のようだ。おそらくこの作品群において藤沢氏が人間の奥に潜むダークな心の襞を描こうとしていることを評価した故だろう。しかし、あえて言うが私の好きな藤沢作品ではない。本書の中で私の好きな藤沢作品に近いのは「桃の木の下で」と「小鶴」ぐらいなものか。全て面白く読んだのではあるが、他の作品は読んでいてなんとなく落ち着かないのである。たとえば『告白』。なかなか良い小説です。30年連れ添った妻の空白の一日がテーマ。女の怖さをうまく表現しているあたり、氏の実力を感じる作品です。
しかし、私が藤沢氏の小説を好きなのは、どうしようもない境遇や生まれながらの身分のために甘受せざるを得ない運命を哀れに描きながらも、誠実に誇り高く生きようとする主人公の一分を立ててやるところにあります。やりきれない状況のなかにも、そこに救いがあり、そうだからこそ生をポジティブに受け入れることが出来るのです。しかし、この作品群において藤沢氏は人の心の闇や女という生き物の怖さなどをあぶり出そうとしています。読んだ感想は何とも居心地が悪い。「ほろりと良かったという結末」よりも「深くどろどろした状況」のほうが、よりリアリティーがあることは承知したうえで、私は小説に「あぁ、よかった」という感動と救いを求めたい。「あほか、そんなにハッピーエンドが好きなら、ハーレクイン・ロマンスでも読んどれ!」と言われそうだが、悲惨なものをわざわざ小説で読みたいとは思わないのである。わざわざ小説で読ませていただかなくとも、現実社会や歴史は十分悲惨なのだから・・・
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市井もの武家もの取り混ぜた短編集。「小鶴」「桃の木の下で」が良かったー。次点で「鬼」。
市井ものもいいけど、小禄のお武家さんの暮らしを想像するのが好きだ。
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ぞくりとした。
井沢屋の主人の妻を愛する気持ちと、嫉妬と、お店を守りたい気持ち。
どれもが純粋なのに、三つが合わさり、悪人が一人現れただけで、純粋な気持ちは、泥沼の中、更なる深みへとはまって行くのか。
井沢屋さんが気の毒でならなかった。
でも、他に妻を愛する気持ちと、お店を守りたい気持ち、両方を大切にして成功できる道があったのだろうか。
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20110820 どんな気分の時も安心して読める本。
20140507 いろいろな人生を見させてくれる。ついつい感情移入してしまうのはストーリーが練られているからだと思う。
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最近読んだこの方の作品の中では、後味が悪いものもなかなか多かったような気がするかな。でも、総じて人間描写は相変わらずうまいなぁって思えた。
あと、やはり人間はいろんな裏があるから面白い笑
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読後が晴れやかな作品が少ない短編集。
「拐し」
娘を攫われた職人が犯人から幾度も小金をせびられる。女の強さというか逞しさになんとも言えない気持ちになった。
「昔の仲間」
余命半年と告知された商家の主人が過去を清算しようとする。因果応報。
「疫病神」
かつて家族を苦しめた父親との再会。陰惨な結末しか想像できず、ぞっとした。
「告白」
長年連れ添った妻おたみは、若い頃に行方不明になったことがあった。おたみはその真相を笑い話のように告白するが、一生胸に秘めているべきだったのではないかと…。
「三年目」
約束した男を待ち続けていた娘。後悔はしたくないと動き出すが…。明るい未来が待っているとは思えなかった。
「鬼」
容姿の醜さから鬼と呼ばれる娘サチは怪我をした侍を匿い、恋をする。鬼と呼ばれるたびに傷ついていたサチがようやく晴れやかに顔を上げて歩き出した矢先に訪れる別れ、やるせない結末。
「桃の木の下で」
武家の妻が斬り合いを見てしまったことから藩政の不正が明らかになる。遠回りした恋の成就。読後の清清しさにほっと一息。
「小鶴」
吉左衛門の家は夫婦喧嘩の凄まじさ故に養子のなり手が無い。しかし記憶喪失の娘、小鶴と共に暮らすようになってから家の中は明るくなり、養子の話も持ち込まれ…。寂しくありながらも、どこか暖かな陽だまりを髣髴とさせてくれる結末だった。
「暗い渦」
信蔵はかつての婚約者を見掛け、当時を振り返る。今は貧しく暮らす元婚約者の、その友人を孕ませた信蔵の手前勝手さに呆れながらも、収まるところに収まったということなのだろうとも思えた。
「夜の雷雨」
極道ものの孫がいつか戻ってくることを信じ長屋で暮らす老婆。孫代わりに可愛がられていたがために巻き込まれてしまったおつねが哀れだ。誰も救われない結末。
「神隠し」
岡っ引の巳之助の元に商家の女将が行方不明になったので探して欲しいと依頼が来る。だが無事に戻ってきた途端に調べは不要と言われる。引っ掛かりを覚えた巳之助は調べを続け…。巳之助が関わらなかった未来を想像してしまう。
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終わり方に余韻を含ませるのが上手い作家さんですね。
短編で時代物、江戸、人情、庶民の暮らし・・・
と来ると、「ほっこり」系かと思いきやそうでもない。
結構、救われないものもありますな。
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藤沢周平には珍しい、ブラックな作品を集めた短編集。
男と女の深い溝を、ミステリー仕立ての予断を許さない展開で、描いた作品がずらり。
特に、神隠しにあった女を探す、酔っぱらい目明かしが主人公の「神隠し」や、平凡な生活を営む大店の亭主が、ふとした出来心から不信に苛まれる「昔の仲間」、十年前に自分たち兄弟を捨てた親を偶然見つけたことから生活が一変する「疫病神」など、どれも後味の悪い時代小説となっている。
藤沢周平といえば、春の訪れを感じさせる風が胸を通り抜けるような読了感が特徴的なのだが、この作品はそんな風は一向に感じない。
人間への不信と絶望。
この短編集を読んで、藤沢周平の作家としての幅広さを、あらためて知りました。
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短編集。ハッピーエンドにはならない、ままならない人生の、男と女の機敏を描く作品。最後の話は、すっきりと。
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読んだきっかけ:藤沢周平さんです。最近よく読むようになったなぁ。連れが持ってた。
かかった時間:10/6-10/10(5日くらい)
内容:短編集。ショートショート並みに短いのもある。珍しい。
最初の「かどわかし」は、「連れ去られた女性はどうなったの?」と不安にさせておいて、「なーんだ」という話。ですが、笑えるオチではない。何か、のどにひっかかったような、ちょっとイヤな気持ちになる感じ。
他、前編通してそんな話が多い。
藤沢周平さんは、「ほっとなる温かい話」と、「暗ーい、救いようのない話」の極端なものを書きますが、どちらかといえば、暗ーいのがそろっていますが、なかなか読み応えのある一冊でした。