紙の本
それぞれの思いが残る作者の傑作かつ代表作短編集
2006/12/03 23:26
8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ドン・キホーテ - この投稿者のレビュー一覧を見る
吉村昭の6編の短編集である。もういくつか読んでいるのだが、吉村の短編集は飽きが来ない。ここに収められている短編はいずれも昭和30年代から40年代にかけて書かれたもので、随分古いものである。しかし、作者の代表的な作品とも言える短編である。
『鉄橋』はボクサーが主人公の作品で、主人公の心の内面を追いかけていく。ボクサーが主人公の作品も、ボクシング人気自体が退潮傾向にあるせいか、最近はあまり見なくなった。スポーツの人気も時代を反映するものであることに気がついた。
『少女架刑』は急死した16歳の少女が、解剖、標本化、葬儀を経て安置されるまでを、少女の目を通して語らせる作品である。それと対になっているような作品が『透明標本』である。読み始めていると、『少女架刑』と繋がっている連続モノかとも思わせる内容であった。人体標本を作るという職業があるのかどうか分からないが、身元不明の遺体を処理する役割である。死体を解体する描写を気味悪く感じる向きもあろうが、読者に鮮烈な印象を与える作品であることは間違いない。
本書のタイトルである『星への旅』は、日々無気力に過ごす予備校生が主人公だが、ある日駅のホームで知り合った仲間と旅行に出かける。皆、日々の生活の目標が見出せない。ニートだとか、モラトリアムだとか、何やらいかにも現代的なテーマではないか。これがどういうわけか、不思議な雰囲気のうちに最後を迎える。この経過の描写がなかなか見事である。ストーリーは私の予想が見事に外れ、クライマックスへと進行して行く。
『白い道』は戦中の浦安を舞台にした生活に一こまを描いている。浦安は今でこそ東京に近いせいで、大規模なテーマ・パークで賑わっているが、当時は単なる漁村に過ぎなかった。それはつい最近まで続いていた。映画『男はつらいよ』の第5作でも舞台になっていたが、昭和40年代の半ばの浦安はまだ漁村であった。
こういう作品が残されていなければ、もう浦安の昔を思い出させる面影は何も存在しなくなってしまった。そんなことを考えながら興味深く読むことができた。
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小6の時、初めて自分で買った小説。集団自殺する話。
他の短編もかなり良い。少女が意識のあるまま解剖されていく話がいいです。
この本もってる小6は嫌ですね・・・。
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平穏な日々の内に次第に瀰漫する倦怠と無力感。そこから脱け出ようとしながら、ふと呟かれた死という言葉の奇妙な熱っぽさの中で、集団自殺を企てる少年たち。その無動機の遊戯性に裏づけられた死を、冷徹かつ即物的手法で、詩的美に昇華した太宰賞受賞の表題作。
他に『鉄橋』『少女架刑』など、しなやかなロマンティシズムとそれを突き破る堅固な現実との出会いに結実した佳品全6編。
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“死”に包まれた六つほどの短編が収められている。
少年少女の内なるロマンティシズムが鏤められた作品を読むことができる。“死”というものをロマンに書くとこうなるか、と思ってしまった。リアルに昇華できることの少ない明確な絶望が詩的に解き明かされていくのには少し目を見張った。
そして驚くべき点は
《少女架刑》と《透明標本》
をどちらも書いているということ。
読んでいてはっとさせられた。言うまでもなく。
人はそれぞれに違うのだ、ということを、また思い知らされた。
(2009.03.08)
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かれは、眉をひそめ、心持ち顔をそむけた。岩肌が、掌から頬にかけてせまった。かれは、眼を薄くとじた。次の瞬間、皮膚の下の骨がきしみ音を立てて、一斉に開花するように徐々に散るのを意識した。
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・2/24 のっけからかなり暗くて思い物語で、なんだか気分まで澱んできてしまった.こんな暗い物語を読んでこれから毎日疲れるのかなぁ.
・2/25 それにしても骨や解剖の話が多い.詳しいからもしかして著者は関係する仕事をしてたのかもしれないな.えもいわれぬ気分になる話しばかりだ.確かにこの本は生きる希望に満ち溢れていて元気な時に読まないと、やり切れない気持ちになってしまうだろうなぁ.
・2/27 読了。それにしても凄まじい凄さだった.物語に出てくるキーワードは、墓地、死、自殺、骨、家族.本当に毒のある荒涼、殺伐とした物語群だった.読み終わってほっとしているのも珍しい.
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ページが重たくってなかなか進まなかったけど、なんだか気になって最後まで読んだ。平和ボケしてるわたしからは出てこない発想ばかりだった。
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吉村昭の初期短編集。表題作だけ読んだ。無気力な若者たち。「戦争が始まればいいんだ」ばかりつぶやいていたり、阿片の吸引、整形手術、人の組織化…などに興味を抱く者たち。オウムみたいだな…と思った。先見の明がおありになったのだろう。
なんと、最後、びっくりした。本当に海に身を投げるとは…まさか…身を投げて下に落ちるまでの気持ちが綴られている! ってことにびっくりした。こんなの初めて読んだ、という感じがした。
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表題作のほか「鉄橋」「少女架刑」「透明標本」「石の微笑」「白い道」収録。
どれも日常からはみだしたもののつぶやきを描いていて、それを見る作者の視線はやさしいが、硬質な作品群。
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全体的に内容の重い短編集ですが、とても面白い。
「少女架刑」から「透明標本」の流れはちょっとザワっとなった。
「あぁ!これってアレの事か!!」と。
表題作「星への旅」は集団自殺の話だけど、嫌な気分がしない良い話だった。
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吉村昭は「戦艦武蔵」や「零式戦闘機」から入った私は、普通の小説(?戦争の関係のない、ストーリー性のある小説とでも言いましょうか・・・)を読んだことがありませんでした。
てっきりコレも、その類のものだと思って手にとったのですが。
良い意味で裏切られました。
戦争とは関係がない、短編集でしたが、とてもよかったです。
何が良かったかというと、意外性を見た感じです。いや、私が吉村昭について詳しく知らないだけで、これが本当の吉村昭なのかもしれませんが。
短編のほとんどは死にまつわるような話でした。
でも、別に表現が生々しすぎるとか、読んでいるだけで痛々しくなるとか、そういうんじゃないです。寧ろあまり痛みを感じませんでした。
個人的な意見ですが、吉村さんの小説は、文体がとてもきれいというか清潔な感じで、なんとなく「可もなく不可もなく」な部分があったんですが・・・そんなきれいな文体で、「え、こんなことも書くの?」っていう内容でした。そのギャップがよかったです。
全体的に、「ぞわっ」とするような感じでした。
特に「星への旅」はぞわぞわっとしました。読みながら、そうなってほしくない、やめてほしい、そうならないで、と願うのに、そうなってしまう。ぞわっ。
こんな吉村さんも素敵。
さらに色々と興味が沸いてきました。星五つ。
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描写に唸ってしまい、とても身のある小説なんですが、面白いとはちょっと違う。
かといってチクチクするような傷み小説でもない。
標題にもなっている「星への旅」がすごくウワッとなりました。
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非常に異質な本だ。エロチック感のない夢野久作?おぞましくない乙一?
乾いた視点で現実からすこしずれたような世界を克明に描いている。
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死から見る生、生から見る死。これほどに鮮やかなものはない。個人的には表題作はもちろんだけど、少女架刑は読むべきだと思う。
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「少女架刑」と「透明標本」。死体を解剖、標本にする描写なども、嫌悪なく読み進められてしまう吉村氏のすごさを思い知った。
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<内容>
平穏な日々の内に次第に瀰漫する倦怠と無力感。そこから脱け出ようとしながら、ふと呟かれた死という言葉の奇妙な熱っぽさの中で、集団自殺を企てる少年たち。その無動機の遊戯性に裏づけられた死を、冷徹かつ即物的手法で、詩的美に昇華した太宰賞受賞の表題作。他に『鉄橋』『少女架刑』など、しなやかなロマンティシズムとそれを突き破る堅固な現実との出会いに結実した佳品全6編。(出版社サイトより引用)
<感想>
すごく陳腐な感想だが、最後まで詳細に書かれた描写が圧巻であった。
「少女架刑」は16歳の少女が主人公である。亡くなった彼女の意識を語り部に据え、自らが死に至り、病院に死体を売られ、教材として解剖され、焼却され、骨壷に収められるまでを描いている。誰もいない納骨堂で、骨壷から骨が朽ち砕ける音が響き渡るというシーンで物語は終わる。また、表題作の「星への旅」は集団自殺を図った主人公が仲間とロープで体を結びつけ、岸から飛び降りるまでを描いたものであるが、それまでの経緯や表情、困惑だけでなく、実際に岸を離れて海面に飛び出た岩にぶつかるまでの詳細な意識までをもしっかりと書き上げている。どの話も結びまで手を抜かず、余韻のある終わりかたが美しいとすら感じる。
収録されている小説の中で印象的だったのが『石の微笑』。不妊のまま出戻った姉と暮らす主人公が、廃部落の石仏を盗んで生計を立てている同級生に翻弄される姿を描いた作品であるが、そこには不気味ながらもなぜか人を惹きつける魅力があった。
ほかにも、自殺か事故か判別のつかない一人のプロボクサーの死を描いた『鉄橋』、人の骨の美しさを知り骨格標本に魅せられた男の決断を描いた『透明標本』、戦中の空襲にまつわる男の物語である『白い道』など、文芸の面白さを存分に味わえる短編ばかりだった。
死をテーマにしつつも彼の文章には透明感が漂っている。解説によると彼の少年期からのロマンティシズムがそういった透明感と深く関わってくるようだ。記録文学の名手として謳われる吉村昭であるが、もっと彼の著作を読んでみたいと思わされる短編集である。