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投稿者:でんしゃずき - この投稿者のレビュー一覧を見る
書名の「中卒」というのは,作者の「学歴」のことだと思われる。しかし,カバー折り返しの「著者略歴」を読むと,「カリフォルニア大学バークレー校中退」と記されている。だから,「高度な学校教育を受けた人」には違いない。
私大文科系卒業の私でも面白く読めたし,多くの方々にお勧めしたいが,「題名だけで判断するべきでも無い」と思う。
本書は「科学」だけでは無く,「世の中」についても書かれている。決して,「自然科学だけ」の本では無い。
第3章・4章は特にお勧めしたい。「文系」を自覚し,普段「科学」には関心は無い,しかし世の中には無関心では無い,という方々に。
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「最低限の科学の知識をもとに論理的に考察することで、不確かなニュースに必要以上に振り回されないようにしよう」という本。小飼弾さんの本だけあって読みやすくわかりやすい。
最終章ではもう少し大きなテーマ「社会は科学とどうつきあっていくか」について考察されていて、これもおもしろい。
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現代のメンターがわかりやすく説いてくれた良本。科学的に考え、科学的に行動することの重要性が平易な文章で書かれている。
太陽光発電に関する技術革新によりエネルギー使い放題の時代がくる、ベーシックインカムで働かなくても食べていける、科学は趣味になるからこそ良い、国会議員の報酬について…などなど、楽観的にも思える説だが、説得力もって述べられている。示唆に富む本。
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科学的思考を身につけるための本。
ま、直接は本書に関係ないのだけど、本当にもう文系/理系というくくりをして、それを文章力や論述力の無いことの言い訳にしたり、ちょっとした数式の出てくる経済学を理解しようとしないとか、テレビの裏の配線のつなぎ方を理解しようとしないことを正当化していく心の習慣を早めに無くしていかないと、この国の社会と経済が本当に瓦解していく思うのですよ。
もはや、基本的な物理や電磁気、科学、生物学、情報技術の知識の無いエリートが会社経営や、国政策決定をしていくことは不可能だし、逆に法律の知識や、組織マネージメントの能力を持たない研究者は大きな研究チームを作ることが出来ず、研究成果も上げられない世の中だし、別にエリートで無くても、理科的な知識や数学的な理論的思考の習慣が身についていないで、この国で出来る仕事はとても少ないと思うのだ。
本書が啓蒙している科学的思考とはもはや身につけていたらいいねという習慣では無く、生きていくためには、少なくとも良く生きていくためには身につけていなければならない習慣だろう。
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広い意味で科学の本。
四則演算、論理学。それらを元に自分の頭で考える。考えてわからないところは専門家に訊く。質問してみる。そうやって検証すれば、大抵のことは理解できる。
ということが大事だと受け取りました。
細かいことはいろいろ書いてありますが、意見の違いは多少あれど、ここは違うんじゃないかということはなかったです。
(以上、ブログ全文です。)
ブログはこちら。
http://blog.livedoor.jp/oda1979/archives/4428815.html
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■この本を知ったきっかけ
著者のブログで知って。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51852634.html
■読もうと思ったわけ
著者の科学本に対する書評は秀逸である。
その著者の書く科学本に興味があったため。
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疑似科学とか、メディアの嘘とか、専門家が自信満々に出してくる変なデータを検証するには、四則演算・単位の感覚・論理的思考があれば充分、という本。「職人たれ、学者たれ」っていう姿勢は、技術や科学だけでなく創作とかにも言えるかも。
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公式には高校も大学も出ていない子飼弾さんの本。この人は凄いなと思う。どの本もそうだけど、言いたいことの主張がわかりやすい。もともとプログラマーだから、数字や記号で論理や手続きを記述することは得意な人だ。おそらく、そのプログラミング的な力が文章の底辺にあるから、「文章」も分かりやすいのだと思う。
この本のテーマに、「科学的な考え方とは何か?」という問いがある。子飼弾は「三種の神器」を提案する。
①四則演算ができること
②単位系の理解ができること
③論理的思考ができること
著者が身につけてきた「科学的考え方」の実践に基づいているのだろう。事例紹介もわかりやすい。
では、「科学とは何なのか?」。それは、異なる立場ひ人間が、同じものを見て話しができるためのもの。つまり「モノサシ」。共通の指標、共通のものさしを使うから、対象となることについて話しができる。
では、さらに、「なぜ、科学が必要なのか?」
子飼弾の答えはこうだ。「わたしがわかったことをあなたに伝えるため。あなたがわかったことを私に伝えるため。あなたが何者なのか、わたしが何者なのか、まったく知らなくても、発見と発明の喜びを分かち合えるため。理由はそれで十分ではないか」と。
「おわりに」に書いてあるが、どんな人でも「幸せな瞬間」というのは次の2つがあると著者は思っている。
1.できなかったことができるようになった瞬間
2.わからなかったことがわかった瞬間
この「幸せな瞬間」を、自分だけではなく、他社と分かち合うために、共通の「モノサシ」があればいい。それが「科学」がある理由の一つでいいのではないか。
最後になるけど、子飼弾の社会観も出てきて面白い。たとえば次の箇所はボクにとっても背中を押される部分。「私は10年後の日本におけるエネルギー問題についてはあまり心配していません。太陽光発電は休耕田に太陽電池パネルを並べておけばいいだけですし、風力発電への投資も進んでいます。日本は方向性がいったん決まったら、全体で舵を切って物事を進める国ですから、10年後には現在のドイツを抜いている可能性も高いでしょう」。
原発に頼らず、太陽に行き着く。太陽は究極の原発かもしれないけど、地球上のエネルギーのほとんどは太陽から来ている。子飼弾の言葉にうなづく。
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「中卒でもわかる科学と経済のつながり」って方がしっくりくる内容でした。
確かに高校生ぐらいが読むと非常に面白いのではないでしょうか。
著者の小飼弾さんは投資家なので話が経済的なつながりになってしまうのでしょうね。
小飼弾『働かざるもの、飢えるべからず』も読みたくなる本でした。
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p97 科学は定量的なモノも尺度である。科学があるから全ての人が共通の物差しを用いて会話ができるのである。
p111 本物は「私を疑ってください」と言い。偽物は「私を信じてください」と言う。
先日ドラマ:ガリレオ第一話で福山雅治が「宗教が信じることから入るものなら、科学は疑うことから入るものである。」と言っていた。この本を読んでいたのでこの台詞にはビビッときた。
p116 土用の丑の日は平賀源内と鰻屋の広告戦略だった。
p158 「役に立つ教」の信者は、結果的に自分の首を絞めることになります。
役に立つことしか発明を認めないというスタンスでは人類の進歩はない。アインシュタインの相対性理論もそれ自体は一般人には何の役にも立たない。けれど、それを用いてGPSなどの便利技術が開発された。
ゴールの見えている発明(役立つもの)は可能性が狭いということを一般人は知らなくてはいけない。
p180 ニュートン「私がさらに遠くを見ることができるとしたら、それはたんに私が巨人の肩の上に乗っていたからです。」
自分は偉大な先人の知識の上に立っているにすぎないという非情に謙虚な態度!素晴しい!!偉い人ほど謙虚なものなのである!!!
p180 「役に立つ」ことを目指したトップダウンの科学プロジェクトは、天動説や進化論のような世界観を変えるようなことは滅多にない。
原発とか原発とか原発とか。
結局、損得を追求しすぎている息苦しい社会は良くないということ。余裕が大事よ、余裕が。
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なぜ勉強しなくてはいけないか=騙されないようにするため
私はそう思っているんだけど、この本はその主張の参考文献に使えるな!
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たのしいいい。引き込まれる。
科学の知識がなさすぎて、斜め読み感が否めないけど、とりあえず一周目終わり。
四則演算ができ、単位系が揃っているか判断でき、論理的思考ができれば、科学の専門家と話ができるとのこと。うん、話してみたい。
科学は定量的に把握できる世界なんだからきっとその通りなんですよね。自分でそういう作業もせずに、何かで流れていたことを鵜呑みにしがちだけど、そういう作業をこれから可能な限りしなきゃいけないなぁと思います。
あとは、筆者のTwitterでよく拝見する「訂正だん&御礼なう」の背景がわかった。校正力や計算力を読書の方に補ってもらうそうで。
出典や計算過程を示した上で記事を書き、あとはいろいろな人に見てもらう。だからわかりやすいんですね。
これを見てなんとなくオープンソースに似てるなぁと感じました。(オープンソースも曖昧な理解ですが)
エネルギーの話も結構紙面が割かれていました。高速増殖炉の費用は停まっているときも莫大な費用らしい。
筆者が主張されているエネルギー使い放題に向けて世の中の動きがどのようになっていくのか注視していきます。
そして法律にも科学的思考が必要になるらしい。なるほど。文系と理系っていう括りにもいろいろ論議があるし、特定の分野に偏らない読書を今後もしていかないと、と思います。
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科学の役割を考えるにあたって筆者の言う「私たちは、何が役に立つのかを事前に知ることはできません」という言葉は重要と思いました。
本書では、科学と技術を分けて考えていないように思いました。
技術は、科学によって得られた法則を上手に組み合わせることで、目的実現のために必要な機能を創出することなので、最後のほうに出てくる政治家による投資先の検討については技術開発に限るべきでしょう。
科学への投資の方は、役立つか分からないことへの投資なので筆者が言うとおり「(人類の)趣味」への投資で良いと思います。
★
そうそう、エネホーダイの話題は、四則演算では納得できませんでした(笑)。
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四則演算、単位を揃えること。
科学をちょっとわかることはそんなにむつかしいことではないのだと気づかされた。
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科学は科学者以外にとっても自分事だよ、というスタンスで、そして人にものを伝えるために必要なこと。そういう視点でいろいろなことが紹介されていて、着眼点はとても楽しい本ですが、例によって上から的語り口がどうも気になってしまいます。それも含めたファン向けという香りが強いかなあ。かく言う僕はまあまあファンですが。タイトルは、ちょっと違う気もするなあ。
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著者のブログをいつも楽しく読ませてもらっているのでお礼代わりに購入。
本は本でいいなぁと改めて思う。
本書に登場する個々のパーツはブログでも目にしたことがあるものなので、ミクロな視点ではワザワザ本書を読む必要はない。
でも、あるテーマにもとづいた射程の長い視座、単発ではなく構成や流れに沿って配置された見解は読みやすい、という別の価値がある。
本書は「なぜ素人のわたしにサイエンスが必要なのか、そしてどの程度必要なのか」というテーマで書かれている。答えは「だまされないため」であり「わかりあうため」である。
学者と職人という科学技術の両輪に対する姿勢提言もいい。一時は学者を目指しその後職人に転職した我身を振り返り、両方のマインドを持ち続けたいとの思いを新たにした。
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「科学は趣味であるべき」というのになるほどと思った。今役に立たないことでも後にどう関わってくるかわからない。そういうことを、改めて確認できた。