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「浄土仏教の思想」シリーズ(講談社)の一冊として刊行された本の文庫版。著者独自の視点から、法然の生涯と思想を論じています。
上巻では、法然の生い立ちから、師の叡空を批判して独自の思想的立場を確立しつつある時期までを扱っています。
例によって著者は、田村円澄に代表されるアカデミズムの通説に反旗を翻し、三田全信による伝記資料の研究に依拠しつつ、法然の出家の謎に迫っていきます。通説では、法然が9歳のときに父の漆間時国が殺害され、その後に法然が出家したと考えられてきました。これに対して著者は、弟子の源智が残したとされる『法然上人伝記 附一期物語』(通称『醍醐本』)を重視して、父の殺害が起こったのは法然の出家後だったとする立場をとります。押領使として秩序を乱す武士や盗賊と実力でわたりあってきた時国は、みずからの死もけっして遠いことではないと少年の日の法然に語り、そのことが彼の深いところにある厭世観につながっているのではないかと著者は推測します。
さらに著者は、法然と師・叡空の論争の中で、とくに「戒」をめぐる立場の違いに注目しています。著者は義山の解説に依拠しながら、法然は心を重視する叡空の「観心戒」の立場に反対して、「体」および「行為」を重視する考えを打ち出したという見方を示しています。