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個人的に「学問のすゝめ」と「福翁自伝」が大好きで、折にふれて読み返しています。特に子供が成長するにつれて、どういうふうに勉学について父親が教えたらいいのか、指針になります。
100年以上の時の隔たりがあっても、「学問のすゝめ」と「福翁自伝」は是非読むべき書物です。
本著は両書から多くを学んだという著者が、気に入ったフレーズを解釈しております。
原著を精読した方には物足りないかもしれませんね。
といういみで普通評価にしました。
特に印象に残った文章はありません。
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福沢諭吉の著書「福翁自伝」から文章を抜粋し、
諭吉がどんな人物だったか、どんな処世術を持っていたかを
知ることができる本。
情熱的な人かなと思ったら、かなり冷静な人のようで
精神はカラリと晴れていて、人間関係の距離も絶妙の
腹六部のつきあい、世の相場を知り変わり身が早い。
日本人は玉砕主義というか、全力でぶつかっていくことに
美学を感じる。その一方、諭吉は大学設立の時も
「いつでも大学を潰してもいい気でやっている」と
述べているように、非玉砕主義。
武士道精神とはかなり違う感性だが、
今に使える処世術だと思う。
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福沢諭吉の言葉を紹介し、それについて著者の意訳、ストーリーを書いていった本。
現代に置き換えて表現するなど、非常に理解しやすいように書かれており啓発書として良書に思える。
言っていることが簡単であり、基本であるため、刺激は薄いが、故に重要なことばかりだと考える。
福沢諭吉について見識を深めたかったので購入にいたった。
福沢諭吉は偉大である。
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『福翁自伝』には、福沢の人生訓や、転機からチャンスをつかんだときのエピソード、いわゆる「生きる指針」が詰まっている。本書ではその『福翁自伝』をはじめ、彼のいくつかの著書をテキストとして、私たちがいま福沢の生き方から何を学べるかをクリアにしていく。
齋藤さんは、こう分析する。やろうと思ったことはすぐに行動に移す。その積極的な決断が、福沢を常に勝ち組にいさせたのだ。また、福沢は、実際にどうかつようするかという観点を持って臨まなければ学問も意味がないと、学び続けていることを自らのよりどころにしていたと。
何が福沢の「自分は自分だ」というアイデンティティを支えていたのか。ずばり“学び続けている自分への自負”である。多くを学び続けることで、他に寄りかからない個としての人格を保つ。それは本当の独立なのだという揺るぎない信念が、実に福沢らしい。福沢は、学び続けていることを自らのよりどころにしていた。
社会人になってからの人間関係は、人から期待されないと増えて行かない。人に強く求められる人間ほど、人間関係が広がっていく。自分が必要とされている人間になることが社会人としての人間関係のポイントとなる。
他者から何かを期待される人間、要求される人間というには、大いなる知識や教養といった蜜壺をたっぷりため込んでいる人なのだ。見識がある。知識がある。それは十分、人格的な魅力になる。ミツバチがいろんな花に蜜を取りに行っては戻ってきて巣にためるイメージを考えて欲しい。
その花にあたるのが本だ。何百何千とたくさんの花の間を飛び回るほど、蜜壺は大きくなる。
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福沢諭吉って、実は毀誉褒貶が激しいというか、一部ではすごい人と思われつつも韓国からは忌み嫌われていたりとかなんか裏表があった人なのかなぁと思ったら、あ、これはまぁそういう人だったんだねということがよく分かる一冊。それを踏まえて齋藤先生は諭吉が好きなんだな、っていうことであれば自分としても共感できるところは多々。一面的に学問のすすめでしか見られないけど、大学という仕組みを作ったり結構世の中に変革をもたらしているのが評価されている面だということも理解できるわけです。
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『福翁自伝』ほかの福沢諭吉のことばを引用して、そこから「生きる指針」を読みとっている本です。
「ほとんどの日本人は、悩むことに誠実さを見出す」と著者は述べています。これに対して福沢は、自分のことを「カラリとした精神」の持ち主だと述べていました。このことばが意味するのは、「くよくよするな」というような単純なポジティヴ・シンキングではなく、独立と自由の気風に満ちた現実主義のスタンスというべきだと、著者は考えています。
とくにおもしろいと思ったのは、精神の不安定さは仕方がないところもあると著者が認めているところです。そういうタイプのひともいるし、そういう時期がやってくることもありますが、それでも「不安定であること自体が価値を持つわけではない」ことをはっきりと認識していれば、自分自身の不安定な精神とのつきあい方も変えられるのかもしれないという気がします。
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「福翁自伝」「学問のすすめ」等を読む前に、読むといいのでは。まず福沢諭吉とはどういった人だったのかを知ることで、福翁自伝」等に入りやすなとおもいました。
福沢諭吉の考え、性格等 見習わなければ、自他の成長はないのだなと実感しました。
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福沢諭吉の見方がかわった。
自分に取り込みたい構えがたくさん書かれていた。
本は読むだけでなくて、自分の中にどれだけ取り入れられるかが大事だと思った。
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福沢諭吉の『福翁自伝』を主に元にし、著者が諭吉の生き方を紐解く。けっして「天才」ではなかった諭吉が様々な場所で後世に名を残すに至った理由がよくわかった。
「悩む暇があったら勉強する」「雑事を厭わない」「思い立ったらすぐに手をつける」……などなど、当たり前のようでいてなかなかできないことを、あの時代には珍しかったと言われる合理性でカラリとやってのけたエピソードが満載。折にふれて何度も読みたい、よい指針になりそうである。
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聖人君主のイメージがある福沢諭吉だが本書を読む感じでは実業家のイメージが強くなった。あることを進めるための決断力、その手段は時代が違えど現代社会の人間が見習うべき部分も多いのではないか。
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諭吉が悪いのではなく、斎藤孝の書き方が、
一々鼻につく。
諭吉の生き方と斎藤孝の生き方が似てることを
私が知りたいのではない。
斎藤孝の生き方など、読みたいと思わない。
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福沢諭吉 思想のエッセンスを 齋藤孝 が現代風に訳注、解釈した本。わかりやすくて 頭に残りやすい
印象に残ったのは 「力を抜いて生きる」「学問は活用する」「決断が重要」
「浮世のことを軽く視る」あまり気にしない方がいい
「活用なき学問は無学に等し」アウトプットが大事
「事物を比較し 取るべきを取り 、捨つべきを捨てる」決断か大事
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齋藤孝さんの著書は年に数冊ペースで触れたいと思ってる。本書にあるように「脳内会議」で齋藤孝さんに参加してもらいたいから。数ヶ月に一度、語り尽くしていただくような機会が本を手に取ることで得られるのは本当に素晴らしい体験。この感覚を維持することも人生を豊かにする。
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福沢は飛びぬけた才能があったわけではないが、決断の正しさで現実を切り開き「賭け」に勝ち続けた。では、「賭け」に勝ち続けるにはどうしたらよいのか?その答えが「相場観」であり、大勝負をしない事である。というのは参考になった。この辺が福沢が「ツマラナイ人間」と評される部分ではあるのだろうが。
『福翁自伝』をベースとした教訓集だが、自伝というのは自身を美化したり盛ったりするので書かれている内容がどこまで本当の姿かはわからない。著者の記述も『福翁自伝』に疑いを持たずにヨイショしている所が多い。そこにに著者の成功体験?のようなものが随所に挿入されており、これも一種の成功本というか自己啓発本的要素がないわけではないのだが、福沢について一万円の人・慶應大学の人ぐらいしか知らない人が、とりあえずの福沢入門として読む分には悪くはないのかなとは思う。
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「修行意識を持って臨まなければ結局は修行期間にならない」
自分が修行してるという強い意識を持って臨まないと下積みはただの苦しみになります。
僕は新採2年目にめちゃくちゃ仕事しました。
それこそ3時に帰るために近くに家を借りて。
でもそれは長時間労働したのが有価値なのではなくて圧倒的に時間を使って詰め込んだことで下地ができたんやと思います。
今の若い子はそういう修行期間がないのも気の毒やなあと思います。
僕を含めた上司がキツく言わなくなったのは問題ではなく(僕もキツく言われませんでした)自分の意識の問題なんやと思います。
「決断はスピードが勝負」
スピード感の重要さですね。
時間への意識、期限への意識はプロジェクトを進めるにも絶対必要になります。
決断のスピードアップは必須でこれは後天的な能力です。
小さいことから決断のスピードを早めることは訓練でできます。
「身体という基盤、つまり腰肚に力の入らない子どもはまずもって根気が続かない」
これは先天的なものもあるので一概に言えませんが。
僕は子供達にスポーツを通じて体を鍛えることを課してきました。
やっぱり落ち着きというか座り続ける能力は身体を鍛えることと繋がります。
本書は僕の尊敬する福沢諭吉を通じて大切なことを書かれています。
わかってるつもりでも勉強になります。