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紙の本
「論語」の名演奏を聴いた。そんな味わいの読後感。
2010/09/24 14:37
7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:和田浦海岸 - この投稿者のレビュー一覧を見る
近頃、魅力の新書を読みました。
それを紹介しようと思うのですが、
さて、どうはじめたらよいのやら、
楽しい悩みを味わっております。
まずは、こんなはじまりを思いつきました。
「論語」というと、読みたいけれども、歯がたたない古典。
下手に解説書をひらけば、チンプンカンプン。そんな霞みがかかったような、なんとも、手を出しにくいというイメージが、私にはあります。
それが、この新書を読んで、めでたく解消。
古典というより、そのよき演奏者にめぐりあえた手ごたえ。
名奏者をえて、新鮮な楽曲「論語」を聞くことが出来た。そんな読後感があります。
こんなことを縷々(るる)述べるよりも、
百聞は一見にしかず。以下数箇所引用して、読書家諸氏への興味をお誘いしてみます。
この新書は、渋沢栄一が数えで84歳から86歳(1923~1925)までかけて語り下ろした『論語講義』であり、講談社学術文庫で全七冊もある大著。それを編訳の守屋淳氏が、すっきりと新書サイズに納めたもの。野暮な感想を交えずに、簡潔に、その講義の音色を味わわせていただける。すぐれた新書となっております。
さて、渋沢氏の晩年はどういう時代だったのか。守屋氏の解説によると、
1906年にサンフランシスコでの児童修学差別。
1913年には帰化不能外国人(実質的に日本人)の土地所有禁止に関する法律制定。
1924年には排日移民法が制定。
その際「渋沢栄一は、この日米関係の悪化に心を痛め、数え年で70歳、76歳、82歳と3度にわたって渡米、両国の親善に尽くした。こうした行動が評価され、栄一は1926年と27年にノーベル平和賞候補となっている。」(p61~62)
このころを振り返って口述した渋沢栄一氏の講義の箇所を引用していきます。
「大正4年11月、大正天皇即位の儀式が京都で行われるのは、滅多にない大きな祭典であるため、ぜひ参列の光栄にあずかりたいというのが、わたしの強い望みであった。しかし当時、わたしはすでに76歳の老齢となり、このうえ長い余生がある身とは思えなかった。こう思うにつけ、この残り少ない余生を、少しでも国家の利益になるように使って、一生を終わりたい、というのがわたしのささやかな望みであった。・・・参列する光栄を捨てて、その年の10月下旬に横浜港を出帆する汽船に乗って、渡米・・・わたしの渡米が多少なりとも日米両国の国交親善に貢献できるところがあれば、話は別だ。身体が老いているとか、または即位の大祭典参列の光栄に浴したいと思うなど、自分の都合ばかり考えていては、本章にいう、『みなのためであると知りながら行動をためらうのは、実行力に欠けている証拠である(義を見て為さざるは、勇なきなり)』という批判を免れることができず、孔子のお叱りを受けなければならなくなってしまう。わたしは、孔子の説かれた『論語』によって、いつも振舞い方を定め、進退や去就を決める基準としている。だから、わたしの渡米が果たして思っていたような効果があるかどうか、あらかじめ見越せないとしても、成功や失敗を考えず、一身の利害を顧みず、とにかく急いで翌年春のカリフォルニア州議会の開催前に渡米しようと考えた。・・・」(p59~60)
この数ページあとの論語講義には、こんな箇所も。
「特に、若い気力の充満しているみなさんが、一にも円満、二にも争いをさけようという気持ちで、世に打って出ては、どうしても卑屈になってしまうだろう。老人はともかくも、若いみなさんは、他人の顔色ばかりうかがって争いを避けようなどとせず、争う所はどこまでも争ってゆく決心を胸に抱くことが必要なのだ。この決心がなければ青年は死んだも同然である。やたら人に屈従せず、よく他と争って、正しい勝ちをものにするという精神があってこそ進歩や発達は訪れる。反発心のない青年は、たとえば塩の辛さが抜けたようなもので、どうしようもない。・・・・この覚悟がなければ、青年は決して世の中に出て成功するものではない。」(p64~65)
さて、この講義をした、肝心の「論語」の言葉はどういうものだったのか。
その箇所。
孔子が言った。『君子は、人と争わないものだ。しいてあげれば弓の競技ということになろうか。射場にのぼるときも降りるときも、互いに会釈して先を譲りあう。競技が終わると、勝者が敗者に罰杯を差し出す。これこそ君子の争いにふさわしい』(p62)
むろん読みどころは、まだほかにも。
大久保利通・西郷隆盛・木戸孝允・勝海舟を並べて評している箇所があったり(p52~53)。論語の名演奏者にふさわしい、登場人物の顔ぶれとなっております。
なお、渋沢栄一ご自身の「論語総説」を、新書の最後にもってきた配慮も、余韻に深みをあたえております。
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