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一度読んだ本は、よっぽど気に入るか、読んだことを忘れていない限りは再読しないのに、
なぜかこの本は3回読んでいる。理解している自信はまったくないにもかかわらず(ノーベル賞で一瞬ブームになったとき、「燃え上がる緑の木」などを買い求めた人々はちゃんと読破できたのであろうか)。
いつも同じシーンでどきっとする。息子ふたりを、あまりにもむごい出来事で同時に失ってしまったまり恵さんが、
「こんなに疲れ果てているのに、死んでしまったら、あの子たちのことを覚えている人間が残らなくなってしまう、だから死ねない」というようなことを話すところ。
愛していたから死にたいのに、愛しているから死ねない。強く過酷な人生の物語。
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タイトルの取り様がまた“mystery”を呼び、読了後少し戸惑うが、その戸惑いは上辺の内容のせいではない。おそらく、人生というものについて。
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知能の発達の遅れた子供にも自殺についての認識があり、それは決して的外れのものではない。
今を生きているだけで、その濃密さを感じることができれば、それにこしたことはありません。
現に生きている今に、それらの今を加えて、時を濃密にする。
それが瞑想のシステム。
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終始読みにくさを感じた。宗教的な知識が無いためかもしれない。理解するには何度かか再読する必要を感じた。
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生きる上で抱える大きな悲しみ・痛み・苦しみ。それらを忘れる、捨てる、ましてやなかったことにすることはできない。その当たり前の現実について、乗り越えるでもない、それらぐるみ生きていくという力強い勇気をもらえる一冊。悲しいことが必ず訪れる人生に、光をもたらしてくれる温かい一冊。
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この時期の作品を読むのは初めてだが、ここには難解さや、あるいは一時期の大江作品にあった神話的イメージは影を潜めている。一見したところでは、私小説風に語られているが、これはやはりこうした手法のフィクションなのだろう。小説の後半では「イエスの箱舟」がモチーフとなっていることからもそう思うのだが。作中で繰り返しアレとして語られるムーサンと道夫の事件は、なんとも痛ましい。それをを生涯抱え続けた倉木まり恵の造形は実に鮮やかにその像を結ぶ。また、最後で明らかになる表題の意味も深い。
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大江健三郎さんらしからぬ面白さだ。まり恵さんは「本当の回心」出来たのだろうか?熱望しても叶わなかっただろう。ヤッテも・ヤラなむてもたいしたちがいはない。まり恵さんが瀬戸内寂聴とダブッて凄まじい。
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それぞれ知恵と身体に障害を持った兄弟を自殺で亡くした母の生きざまが勇気を与えてくれる。2015.6.6
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息子二人を自殺で失った女性の半生。
同時期に書かれた「恢復する家族」と共通する表現が多く、筋としても苦難の受容と克服がテーマになっている。
手紙で語らせるスタイルが印象的。
引用はイエーツ、バルザック、フラナリー・オコナー。
ムーサン、サッチャン、アンクル・サム、ミツオなど、相変わらずネーミングセンスが好み。