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紙の本

モラハラ構造からの脱出不全

2007/03/04 15:44

13人中、11人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:hamushi - この投稿者のレビュー一覧を見る

 主人公の諒は、父の愛人だった母親の死後、本宅に引き取られ、屈辱的な立場に置かれながら成長せざるをえなかった青年です。なかでもすぐ上の義兄は、諒の孤独や弱みにつけ込んで、愛すると見せかけて奴隷のように取り扱い、自分のプライドの維持に利用するという最低な関わりを、成人後も要求しつづけます。
 肉親の愛情を得られなかった諒は、そんな義兄を内心では深く憎みながらも、偽物の愛情に囚われ続け、逃げ出す機会を逃したまま、義兄のために何もかも奪われ続ける生活を送っています。
 しかしある夜、義兄に恨みをもつ琥音によって拉致監禁されたことで、諒の閉塞した人生が一気に破壊される事態となります。
 心を縛り付けられて貶められる生活から、密室で椅子に縛り付けられてひたすら侮辱され、暴行まで加えられる人質としての生活へ…諒の視点で物語に連れ込まれている読者にとっては、この展開はあまりに理不尽で、かなり気持が引きかけるのですが、長年モラハラ被害者として虐げられて生きてきた諒が、こんな最低の状況に置かれながらも、意外なほどの内面のしぶとさを見せるので、なんとか我慢して読み続けることができます。
 誘拐犯である琥音は、諒に対して強い憎悪や嫌悪をあらわにし、執拗な精神攻撃をかけてくるのですが、諒はそれに屈することなく、また媚びて許しを請うこともせず、相手の心理を読み、隙をついて助かる方法を探し続けます。残念なことに、誘拐の件については琥音がさまざまなフェイクを何重にも仕掛けているため、諒がその全貌を知ることも裏をかくこともできないまま、お話は進んでしまうので、諒視点の読者としてはかなりムカツクのですが、別の面で諒が琥音の気持を惹きつけて優位に立つので、結果的にはいくらか挽回できていると言えなくもありません。
 ただ、読後、どうしても釈然としないものが心に残ります。
 琥音が事件をしかけなければ、おそらく諒は、義兄一族の檻から容易に抜け出すことはできなかったことでしょう。もちろん諒が義兄のモラハラ的束縛から脱却しようとする意志が弱かったとは言いませんが、誘拐後に諒自身が取った主体的行動の大半は、琥音とその仲間の杏也の手のひらの上で踊らされるようにして引き出され、試される材料となっただけで終わっています。これは琥音たちより年上の大人として、かなり情けない状況です。にもかかわらず、物語中、諒のプライドの高さが至るところで語られ、示唆されているにもかかわらず、彼は琥音たちの理不尽な仕打ちに対する悔しさや敗北感を自分で押さえ込み、理解に満ちた親愛の情のみを心に宿すという、驚異的な物わかりの良さを見せています。そんな諒の心のあり方に、どこか自立性の弱い、モラハラ被害者特有の、加害者に対する過剰適応のようや危うさを感じるのが、どうにも気になるのです。少なくとも私には、諒の心に芽生えた、彼らに対する情愛だけでは、何日も椅子に縛り付けて人権を蹂躙し強姦までした相手を、簡単に許す理由にはなりえないように思いました。
 できることなら諒には、一度どこかで完全に自由で自立した生活を経験してから、改めて、相手と対等な恋愛をしてもらいたかったです。

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2016/08/09 12:17

投稿元:ブクログ

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