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紙の本
クロスワード・パズラー
2004/07/06 06:48
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:明けの明星 - この投稿者のレビュー一覧を見る
デクスターのミステリはクロスワード・パズラーです。
クロスワード・パズルがただのクイズではないのは、桝目があり、しかもそれが交錯しているからです。ある一つのタテのカギの答えがわからなくても、ヨコのカギに答えて桝目を埋めていくうちに、答えが推測できるかもしれません。
「“ランゲルハンス島はどこにあるか(八字)”彼は答えがわかるまで、たっぷり二分間、とびとびに書いてある━A━C━E━Sの文字とにらめっこしていた。」
モースは、普通の人と同じように、こんなふうにクロスワード・パズルを解いているのです。
モースは事件にぶつかったときも、クロスワード・パズルを解くように、事件を解き明かそうとします。物的証拠・状況証拠は、パズルのカギです。
しかも初期のデクスター作品で素晴らしいのは、それが複数の解答を持つクロスワード・パズルになっていることです。
こう見ていくと、デクスターのミステリの欠点といわれている部分が、必然的なことがわかります。
デクスターのミステリでは、1、証拠が少ない。というよりも、事件全体がなんとなくぼんやりしているように感じる。2、モースが根拠薄弱なことを妄想し過ぎである。
証拠が少ないのは、それがクロスワード・パズルのカギに相当するものだから。事件がぼんやりしているのは、桝目が埋められていないから。モースが妄想するのは、桝目を埋めようと四苦八苦しているから。
一般的なミステリは、ジグソーパズル的じゃないかと思います。読者は事件をはっきり把握することができます。手がかりもはっきりしているし、謎もはっきりしている。ピースをうまいこと正しい場所に押しこめば、絵柄(真相)が完成する。ところがデクスターの場合は、ジグソーパズルじゃなくて、クロスワード・パズルなのです。
で、本書『ニコラス・クインの静かな世界』も、クロスワード・パズラー━━しかも複数の解答を持つ、それです。
ニコラス・クインという難聴の人物が自宅で死んでいるのを発見されました。彼は毒殺されたのです。モースはまず「なぜ殺されたのか?」に焦点を合わせて、捜査を進めます。しかしそれよりもはるかに困難な問題が、モースの前に立ちふさがります。━━「ニコラス・クインはいつ殺されたのか?」
この作品では、あるひとつの「カギ」に対して異なった「答え」を与えることで、犯人を変えてしまうという、おもしろい趣向がしてあります。前二作のすばらしい出来映えに比べると、モースの妄想がおさえ気味で、謎解きとしてはやや落ちます。しかし水準以上だと思います。
デクスターのミステリは、アクロバティックなクロスワード・パズルなのです。
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