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旧帝国海軍が先の大戦で真珠湾攻撃を成功させながら、戦争自体に敗れたのは言うまでもなく、戦術面で勝利しながら戦略面で負けていたからである。日本側は希望的観測で真珠湾で大打撃を与えれば、当面はアメリカは太平洋に進出できず、あわよくばアメリカ国民の感情を挫き、早期和平に持ち込めると読んだからに他ならない。歴史が示す通り、これは全く逆効果で、そもそも中国進出を狙っていたアメリカが日本側に最初の一手を打たせ、国民に復讐心による戦争参加を促す目的だった事が明らかになっている。これはアメリカが大局的には日本より遥かに先を読み、展開を予測できていたからに他ならない。アメリカの国力を知っていた山本五十六ですら、日本国民感情に押され前面に立たなければならなかった事、更には海軍の腕試し的な要素、そして一撃論の中でそれらが複雑に絡み合う状況及び潮流には逆らう事が出来なかった。
一つの例ではあるが、戦術よりも戦略が重要なのは言うまでもなく、本書はそのような戦略論において世の中を席巻するエドワード・ルトワック氏の著書である。氏の提唱した「逆説的論理(パラドキシカル・ロジック)」は戦略理論の議論に革命を起こしたと言われ、様々な戦略理論の教材としても用いられているとの事である。また各国を訪問し国家的戦略のアドバイスをするなど、精力的に世界を駆け回っている。逆説的論理とは「大国は小国に勝てない」の考えの下、大国が小国を攻めれば、必ず小国に味方・支援する他の大国が現れ敵対するため、結果的には始めに攻めた大国の方が不利益を被るといった例が代表的だ。戦力や資源に豊富な国であればあるほど、勝てる見込みは線形(リニア)に増加するだろうが、実際の世の中は、それに対抗する他国との関係性により成り立っている事をよく表している。簡単な例で言うなら、攻め込めば攻め込むほど兵站が伸びて、いつか息切れすると言ったものもこれに含まれる。人的・兵器・食料全てにおいて限界点があるからだ。
氏は本書において、近年の中国の戦略面の変化を例に述べており、それを「中国(チャイナ)1.0〜4.0」のフェーズに分けて論じている。中でも平和路線から拡大路線(強大な経済力を背景に力を外へ向け始めた)へ変化した2.0については、今でも諸外国から敵視され続ける中国戦略の大失敗と見ているようだ。実際には民主政治でトップが選ばれる西側諸国から見たときに、習近平氏が国家の上にある共産党からの指名により選ばれる体制であるから、何やら得体の知れない政治的な違いなども原因であるとは思うが。その様な中国も本書が記された2016年以降も引き続き経済は拡大し、習氏もかれこれ3選を果たして健在である。
中国を始めとして各国が戦略を見誤るのは、他国を100%正確に理解する事が難しく、社会のすべての要素に対して政治で最大効果を発揮する事が不可能だからだ。税をとれば国民は不満を言うが、病気や怪我で社会的な弱者になった時には助けられる。自衛隊に反対しながら、万が一中国が尖閣を奪いに来た時には必要性を感じる。沖縄の基地や米軍に憤りながら、いざ無くなれば中国の格好の餌食になる。世の中はそれら様々なバランスで成り立つし、そこに登場する各国の文化や主義が絡み合うから、誰にもはっきりとした事がわからない。だからと言ってそれを考えずに過ごすことも出来ない。様々なケースを考慮しながら、確率的に高いものをベースにして方向性(戦略)を見出せなければ、国は簡単に衰退してしまう。だから政治家を称賛するつもりはないが、その苦労は解る。
氏は本書最後に日本が採るべき戦略について述べる。隣に中国という大国と向き合い、尖閣だけでなく沖縄までをも奪い合う日が来るかもしれない。台湾については言うまでもない。更にその先にはプーチン率いるロシア、そして長年日本を支配しながらもかつての勢いが減速し、迫り来る中国やインドなどの超人口大国に追われるアメリカ。イギリスが撤退し団結力の試されるEUヨーロッパ連合。世界は今やネットも移動手段も遥かに高速になり繋がりを強めている。四海を海に守られている日本という幻想も最早無いに等しい。仮に尖閣諸島を中国が奪いに来たならアメリカは手助けはしないだろう。何故ならアメリカが動けば世界大戦になる事は明白だし、そもそもアメリカの国家戦略上、他国の領土紛争には(ウクライナを見ても解る通り)前面に出て戦う様な事はしない。であれば島嶼防衛は日本自らが解決しなければならない問題であり、流石に今の世の中、中国だって他国の領土を攻めたりしないだろう、というのは過去の日本が犯した戦略ミスと同じ事だ。日本人と中国人では言葉も文化も考え方も違う。先ずは我々一人一人が自分事として、各人の戦略を描かなければならない事を本書は教えてくれているのかもしれない。果たして自分の人生にさえ戦略などあったであろうか。反省に繋がる一冊である。