紙の本
勝ち負けではない
2018/05/05 12:47
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投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
一流大学を出て裕福な暮らしを送りながらも、どこか満たされることのないヒロインの憂鬱が伝わってきました。本当の意味での幸せについて考えさせられました。
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10/10/30読了 読んでる方が憂鬱になるような話。思考回路が違いすぎるのか自分の理解力が圧倒的に欠如してるのか。
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ふと借りてきて読んでみたら、わかるようなわからないようなわかるような…話だった。東大卒、ユウメイな会社に入り、弁護士と結婚して、退職した凛子、29歳。
ハローワークへ行って、凛子は「払い続けた保険料を合法的に回収するために仕方なくここにいるのだ」と自分に言い聞かせる。再就職セミナーの会場で、凛子は熊沢君に再会する。かつては凛子も通っていた進学塾で一番の優等生だった熊沢君。模擬試験のたびに1位を常に守り続けていた彼は、小学5年の秋の終わりに、家庭の事情で引っ越して、そして忘れられた。
熊沢君は、凛子のことをたずね、そして自分のことを何も訊かない凛子に、Mr.Has Been、一発屋、かつては何者かだったヤツ、そして、もう終わってしまったヤツ、と言うのだった。
育ちのいい、同じ東大卒の夫。自分のことを「全部」好きだと結婚式で言ってのけた、素直な夫。息子のせいで、凛ちゃんのキャリアを中断させて申し訳ないわと何度も謝る夫の母。何の悪意もない、夫の母。
勤めていた外資系企業では、スピード出世して、プロジェクトのサブリーダーを任されるまでになった凛子は、自信に満ちあふれ、胸をはっていた。それが、あるときから心がすくむようになり、言葉が出なくなり、気がついたら担当していた仕事のすべてから外されていた。心療内科に通うようになり、身体には明らかな変調をきたし、凛子は「適応障害」と診断された。
「…適応障害っていうのは、ある特定の環境や状況に適応できていない状態を言うんでね、あなたの場合は、お話を伺って言うと、原因が会社や仕事に限られているように思いますから」(p.124)
心療内科でそう言われ、会社や仕事に適応できずにおかしくなっているなんて、ひどく恥ずかしいと思い、「環境を変えてみることで、随分と症状が良くなるものなんですよ」と言われて「そんなこと絶対にできません」と答えた凛子。
まだ仕事を再開しないのか、前の会社に戻れないのかと、悪気なく言う母親に、凛子は泣きながらこう言っていた。
▼「家事なんて家政婦にやらせればいいとか、専業主婦は虚しい生き方だとか、どうしてそういう教育したの? 子育てするとき、一つの生き方しか子供に見せないのって、すごくリスキーなことじゃない? 仕事や学歴は裏切らないって言い聞かされて、だから私は努力したけど、所詮そういう生き方ってお母さんの知らない世界だったんでしょう。経験もないことを人に押しつけて、勝手に満足して、私がもうとっくに裏切られちゃってたこと、知りもしないでさ」(p.136)
実家から帰る電車で、幼い娘を連れた母親に凛子は席を譲る。その親子の姿をみながら、不意に「あの頃に戻りたい」と凛子は思う。
▼あの頃に戻って全てをやり直せるのなら、そうしたら自分はどんな生き方を選ぶのだろう。もっと違う人生、例えば違う学校に入って違う仕事に就いたのだろうか。違う人に出会って違うところに住んで、今この瞬間も全く違う何かを見ているのだろうか。
「なんだかなあ」
つまらないことを考えている自分に苦笑した。(p.141)
私は私に、まだなにを期待しているのだろう。
(11/20了)
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単行本で既読だったが、なんとなく手に取る。朝比奈あすかさんのデビュー作。
読みながら「ああ、そういえばこういう話だった」と思う、凛子のイライラする日々。単行本の時もそうだったが、表紙の見た目の爽やかさに反して、内容は非常に重い。私自身はこんなエリートではないが、家族への感情のぶつけ方とか自分の中にもある感情だと思って読んだ。ラストはやや光の射す話だが、全体的な鬱屈感の方が勝っていて、やはり読むのは重いと思うこともある。でも読んでしまう。
前回どう読んだかをもう一つ思いだせないのだが、今回読んだほどにはあまり「わかるな」という感じはなかったような気がする。それはどういうことなのだろう。鬱屈した思いを昔は抱えすぎていて、渦中にありすぎて響かなかったのか。そんなことあるのか。本の感想を書くようになってから自身の本の読み方もだいぶ変化しているような気もするが。
これは自分にとっては、積極的には読みたくないのだがなんとなくまつわりついてくる本である(不思議だ)。自分の心の持ち方が安定しているかどうかを確かめるためにまた読む機会が訪れるのかもしれない。
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登場人物にそれぞれの味が出ていた。でも凜子の動作や考え方が一番はまったなあ。ひまわりチョコおじさんも印象に残った。れい子さん、いいねえ。
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第49回(2006年)群像新人文学賞受賞作。
他の独特な受賞作品と違い、女性が感じる日常的な「あるかも」が多い作品で、面白い。
個人的にはこんなだんなさん、ちょっといいなと思った。
彼女の他の作品も読んでみたい。
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他人から見たら幸せそうな女性の苛々と憂鬱が、所々共感するものがあった。
この時期にこの小説を手にとったのが笑えた。
私はまだわたしに何を期待しているのだろう。
という文が心に残った。
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東大卒、有名企業に就職、弁護士の夫、安定した生活があるのに満足できない。なんだかなあー、共感できる部分はなかった。
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「ハスビーン」の意味が気になり手に取った本。「ハスビーン」とは「一発屋」という意味らしい。かつて、凛子が塾で憧れた「塾で最高に認められたクラス」だった彼が人生で一瞬だけ光輝いた「一発屋」な時期を経験し、自分のせいでもないのにそこから切り離された。やさぐれてしまった彼と再会し、凛子は自分の幸せにに気付かなかったのだろうか。この話の主人公の凛子は、ちょっと自己評価が高すぎる女性なのかもしれない。優しく接してくれる姑、弁護士で家庭的な旦那さん。そして、素朴だけど何のトラブルも抱えていない実家の父母を上から目線で見下すのは、凛子が東大卒でいい会社に勤めていた意地から出てくるのだろうか。その会社の中で階段を踏み外してしまったのは、不運な事だったけれど、人生長年過ごしてきたらそういう事って必ずある。凛子には「自分が幸せ」なのに気付いて欲しい。
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何気なく手に取って何気なく読み始め、あっという間に読み終わった。読みやすいというのもあるけど、どこか自分にシンクロするところもあったのがあっという間に読めたわけなのかも。
東大を出て、同じ東大卒で弁護士の夫との結婚を機に仕事をやめ、再就職の気もなく失業保険をもらっている凛子。不自由だと言えば非難されそうな状況にあるのに、無頼で不遜な言動はこじらせ女子的。特に、夫の雄介に対するつれなさ、わがままさときたら……。雄介ときたら、よくもまあこんな凛子を妻にし、今も機嫌をとったりなだめたりしながらそれでも好きでいられるもんだと思ってしまう。そのくらい雄介は屈託なくいいやつで、自分の知っている雄介を彷彿とさせる。だからこそ、こじらせ凛子に自分を重ねてしまう(っていうか、自分は別に東大卒じゃないけどね)。
後半で凛子が抱える心の傷が明らかになってくる。そのあたりから凛子に対するシンクロ性は薄れるぶん、同情的になる自分。「ハスビーン」とはhas beenであり、かつては何者かだったけど今はもう終わってしまった残念なやつを指すのだとか。
著者はこの作品で群像新人賞を受賞。それを知れば初々しい感じもするけれど、小説としての構成や舞台設定はなかなか。かつての同塾生・熊沢くんや姑・れい子さん、さえない(と凛子が思っている)両親やハローワークの職員など人物設定も生きている。解説(吉田伸子)も解説らしくてよかった。
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東大卒、有名企業に就職、同じく東大卒弁護士の優しい夫、理解ある姑…
恵まれ過ぎているのに、凛子はイライラしている
ずっとイライラしていて
読んでいて疲れてしまった
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主人公の凛子が怒るときの喋り方が腹立つ。旦那さんは優しい人なんだからそんなにキレなくてもいいのに。でも、イライラして誰かに当たってしまい、憂鬱になって悲しくなる感じは少しわかる。めんどくさいけど。「Mr.Has been. かつては何者かだったヤツ。そして、もう終わってしまったヤツ」なんか嫌な言葉。
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朝比奈あすかさんのデビュー作で群像新人文学賞受賞作です。ハスビーンの意味は一発屋の事ですが、私は本書を読んで少し憂鬱でした。その理由は著者にも作品にもなく詳細すぎるパーフェクト解説だったのですね。これから読む方には出だしから結末を含めて本文のダイジェスト版みたいな要約が為されていますので、くれぐれも解説を先に読まない事をご注意申し上げますね。エリート塾TOPの小学生時代から順調な学歴を経て東大から有名企業に入ったのに歯車が狂い不満だらけのヒロインの凛子は人生のハスビーンから脱出すべく漸く進み始めましたね。
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育ちが良い人 って本当に羨ましいよな。けど主人公はいろいろ手にしているんだからそこまでひねくれなくても。
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この切り取り方は長めの短編なんだろうな。村上春樹の『風の歌を聞け』の似たような長さの作品が群像の新人賞デビューだったのを思い出す。
言葉の選び方など、すでに作家として十分完成されているのを感じ、その後の活躍を予感させる作品であるのと同時に、「憂鬱な」という題名そのものの、痛いくらいの追い詰められ感のある作品でもあった。
作者はどんな思いでこの作品を書いたのだろうと思って、インタビューを探すと『作家の読書道』で彼女がそれまでの人生を読書経験とともに語っている文章を見つけた。
夫の仕事でアメリカ・シカゴに渡り、しばらく自分自身の仕事や小説を書くことからも離れていて、日本に戻った時に再就職。でも次の子の妊娠で再び仕事を辞めるということになって、というタイミングだったらしい。そのもやもやした気持ちを小説にぶつけて、ご自身はそれが癒しになってすっきりしたと書かれていた。
なるほど。
自分で自分にあたえてきた強いプレッシャーを自己分析し、主人公が親の前で泣くことで自分の心を解放する、そんな物語だったんだろうなと思う。
ただそこまで読者にすっきりさせるような作品ではなく、もやもやをまだ抱えながらもう一押しがんばらなきゃというところで、あえて終わる作品だったのだろうと感じた。