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熱い。
ひさびさに、教育のもつ可能性、というか以前携わった仕事で感じた「想い」を思い出せた。
奇しくも、最後に登場する吾郎の孫、一郎が勤めるのが高齢者向け弁当屋さん。何か、この本に惹かれた赤い糸を感じる。
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他にレビューを書いている方もおっしゃっているように、後半からの面白さがぐっときます。
ただし、その分前半がずっと耐え忍ぶ期間でした。
私の場合は主人公吾郎とその妻の千明さんが兎に角苦手でした……。話に入り込めそうだなと気持ちがよくなったところで、吾郎の行動に躓いてしまい、蕗ちゃんとの関係が素敵だな、いいなと思ったところでまた盛大に躓き。
それもこれも、後々語られる頼子さんの想いでふわっと全部何とも言えない清々しさ?温かさ?(違うなぁなんて表現したらいいんだろう)に包まれた感じがして、そのあたりから主人公にも変化があるので話に入っていける感じはするんですが。ただ、まぁ、許せはしないよね(笑)
ほんとうだったら読むのを挫折したい気分ではあったのですが、それでも読み進めたのは子供とかかわる生活をしているからだろうな。
話に入り込めてからは、とてもおもしろかったです。☆4つくらい。
でもそこに至るまでの過程がつらくて、そこは☆2つ。
で、間をとって本全体としては☆は3つ。
もしこの先読み返すことがあるとすれば、先が見えているから安心して読めそう、ということで☆の数は上がると思いました。
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森絵都の本を愛読していたが、この本は読むのに苦労した。いつも、一気に読んでいたが、この本は登場人物に寄り添うことができなかった。たぶん主人公が好きになれなかったからだと思う。
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○教員としての私が共感した部分
①「会議、出張、研修、報告書。教室以外でやらなきゃならない仕事が多すぎて、近ごろじゃ授業の準備どころか、子どもたちとじっくりむきあう時間すらなかなか作れない。(中略)おまけに、永田町で誰かが威勢のいい教育改革の狼煙をあげるたび、公立校はてんやわんやの火事場になる。どうせまたすぐ変わる施策のために、これまで積み上げてきたノウハウがふりだしに戻るの。(中略)むなしいのは、これだけ改革、改革とふりまわされてきながら、いっこうに成果が見えてこないことです。あいかわらず教室には勉強についていけない子がいるし、不登校児童の数もへらない。校内暴力が落ち着いたかと思えば、今度は陰湿ないじめ。なにもかも学校のせい、無能な教員のせいだって叩かれて…(中略)でもね、お母さん、だからこそ…だからこそ、私はこれからも公立学校の一教員でありたいと思っています。そこに真の教育がなかったとしても、公立校には、子どもたちがいる。誰も彼もが私立に通えるわけじゃないんですから。(中略)学びの場を選べない子どもたちによりそって、ともに学びあう。定められた条件の中で、精一杯、自分にできることをする。それが、私の本望です」(p220-p221)
②「教育は子どもをコントロールするためにあるんじゃない。不条理に抗う力、たやすくコントロールされないための力を授けるためにあるんだ」(p457)
③「常に何かが欠けている三日月。教育も自分と同様、そのようなものであるのかもしれない。欠けている自覚があればこそ、人は満ちよう、満ちようと研鑽を積むのかもしれない」(p464)
○こういう流れは今現在もたしかに進行しているなと感じた部分
「学力低下は予測し得る不安と言うか、覚悟しながら教課審をやっとりました。いや、逆に平均学力が下がらないようでは、これからの日本はどうにもならんということです。つまり、できん者はできんままで結構。戦後50年、落ちこぼれの底辺を上げることばかりに注いできた労力を、できる者を限りなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でいい、やがて彼らが日本を引っ張っていきます。限りなくできない非才・無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです。(中略)それが“ゆとり教育”の本当の目的。エリート教育とは言いにくい時代だから、回りくどく言っただけの話だ」(p368-p369)
○子ども会活動に教員として携わっている私が共感した部分
①「クレセントは学校ではない。子どもたちは自由意思で勉強会に集っている。通うのもやめるのも彼らの自由だ。」(p445)
②「未熟な自分のせいで欠け落ちてしまった少年。たとえここにいる全員が少なからず学習理解を深めていたとしても、たった一人でも置き去りにしてしまったら、自分は教える側として失格なのではないか」(p449)
③「新しい教育の動きはそれに留まりません。私事ながら、私の孫とその仲間たちは今、経済的に不利をこうむっている子どもたちを対象とした勉強会を続けています。その話を聞いたとき、私は、自分がどうしても手をのばすことのできなかった社会の暗部に、代わって彼らが手をさしのべてくれた思いがしたものでした。と同時に、���く一部の子どもたちが人目を忍んで通塾していた46年前と、塾へ通わない子どもの方が少数派となった今と、その教育環境の劇的変化を突きつけられた思いもいたしました」(p462)
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塾を通して教育に取り組む三世代の家族の話ですが、教育と家族を上手く描いて、静かですが、大きな感動をもたらす作品となりました。とてもいいファミリーです。どの登場人物も、厳しさと熱く温かい心を持って、家族や塾の教え子たちを包み込む姿勢を見せてくれます。また、タイトルも良く、なるほどと納得しました。オススメです。
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長かった。最初は大島吾郎という人物の話で進むのかなと思ったが、途中から視点が入れ替わるということに気づいた時点から長かった。
吾郎の用務員から塾の立ち上げ、
千明の塾の発展期、
孫の一郎の学習支援と
塾を中心に学校教育の現状を織り交ぜながら、
家族を中心にした物語。
千明の祖母頼子が安定して見守る役割だったこと、
ふきこが血のつながらない父、五郎をとても慕っていたところがよかった。
三女菜々美の活動 グリーンピースがどうかとも思い、
それがひっかかった。
その時代時代の教育に関する問題を織り交ぜながら、
読み込めてよかったが、大変疲れた一冊だった。
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文部省を目の敵にする千明が見込んだ夫,大島吾郎という茫洋としたおおらかな教育者を軸に彼を取り巻く娘や義母の物語であり,塾の成長譚でもある.そして何より教育とは何かという事を深く憂えた作品である.それぞれの人物が魅力的でみんな一生懸命なのが清々しい.
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ストーリーとして面白かった!教育業界で働く者として、そして自分もまさに塾で受験勉強を経験しただけに考えさせる事がたくさんあった。教育って本当に大切だとは感じているけれど、色々な視点からの教育があり、そしてそれを受けるにも家庭環境も重要だったり、本当に一筋縄ではいかないものです…。実感として、1番あるのは、私もまだまだ考え方がぬるく守られていて、ぬるい甘ちゃん人間だなということでした。だからこそもっと色々勉強して頑張らねばとも思うのでした。2016/12/8完読
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学習塾という言葉すらなかった時代に、真の教育を掲げ立ち上がった夫婦。
時代の波にのまれながらも懸命に、時に大きな犠牲を払いながら突き進む姿は圧巻。
戦後間もない昭和から平成にかけて、親子3代に渡る歴史。決して短くない物語、一気に読ませるのが凄い。
2016年に読んだ中でも、最大級の収穫だ。
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学校教育が太陽だとしたら、塾は月のような存在。太陽の光を十分に吸収できない子供たちを照らせるように、そんな想いから塾を開いた千明と吾郎さん。塾の揺籃期から成長期そして現在に至るまで、大島家の人々を通して、教育というものについて考えさせられた。といっても、重い話ではなく、時にユーモラスに、そして時に深く沁みる文章はとても読みやすくて、そこに森さんの想いがこめられていて教育に興味のない私でも、胸に響きました。忘れがちだけど、教育って皆が平等に受けられるものじゃないんですよね。
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素晴らしかった。
最初から最後まで熱量がすごかった。
昭和から現代までの「教育」が大島家とともに書かれていて、自分より前の世代のことがわかったし自分が過ごした世代のこともわかって興味深かった。
吾郎さんがスピーチで話した、千明さんのお話に胸を打たれました。
週休2日制にしても何にしても小・中学生だった私には決定事項として従うしかなかった。いろんな議論や政治的な動きがあったんだな。あの時もっと新聞読んだりニュース見たりしておけばよかったなぁ。
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初めての森絵都。
あらゆることがうまくはいかない、その展開に引かれた。小説的には上手くいかせた方が、楽なのではと思うけど、なかなか簡単には上手くいかない。その加減が絶妙。
教育行政の変遷は、すごく分かりやすいし、確かに塾に対する視線には隔世の感ある。教わることで子どもが力をつけていく描写も丁寧。
全ての人が最後には憎めない人と感じられるのは、読後感よし。
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家族の壮大な物語。飽きる事無く、最後まで一気読み。読み応えがあった。題名の意味を知り、ジワリときた。
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昭和30年代.千明と大島吾郎その頃は珍しかった学習塾を始める.学校,文部省に反発し色々な矛盾を抱えながらも事業は拡大して行く,物語は娘たち,孫の一郎にまで及び,ところどころ目頭が熱くなる場面も,
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面白いという評判だったのでわくわくしていたのですが、期待が高すぎた故に、そこまで面白くなくてがっかりしました。三世帯に渡って教育に関わる大島家の物語。みかづきは、満月たりえない途上の月。塾業界、教育業界の歴史について知ることができました。