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共感できるところもあれば、そうでもないところもある。わたしは幸いにして、女の子である縛りを感じずに生きてきたのかも。
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女子の美しくなりたいとはどういうことなのか、どんな葛藤があるのか書かれた本。
この筆者がめっちゃネガティブなように感じたのだが、本の内容に共感する女子もいると思う。
服や化粧に関して書いてあることが多い。
キャラクターで着る服を自分で勝手に決めつけているとか、これは私もあるなと思った。
『クローゼットの大部分を占めているのが「義務感」だったのです。』なんて、私にぴったり!笑
服の選び方に迷走している人にオススメしたい。
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日本人女子は容姿への姿勢に対して何重にも呪いをかけられている。「美しくなりたい」と誰もが思ってなければならず、しかも外見だけ「ただ美しくなりたい」のは虚栄であり悪であると責められ、かといって外見の美を追求してないと「女としてどうなの?」と責められる。「こんな飼いならされた欲望はクソだ、もっと自由な世界で深呼吸したい、それがほんとうの美しさだろう」という冒頭の主張には200%共感。いつもこの人の切羽詰まった暗闇から自由を強く叫ぶ文章には激しく心打たれる。
本文自体はファッションと美容の話が多く、そのへんのジャンルに興味を持てず生きてきた自分には途中からどうでもいい話題にも思えた。
女だからという理由で抑圧されたり嫌な目に合うことはたくさんあるだろうけど、ある意味それは誰にも等しく起こる税金。そこに恨み言を言うよりは女を利用して(べつにゲスい意味ではなく)楽しく生きることに時間を使ったほうがいいと思うんだけど。だって爪をキラっとさせたりまつげを長くするだけで既に楽しいのだし。
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タイトルと装丁が気に入って。
女の子なら誰しも共感できるところがあると思う。
主にファッションの話なんだけど、
ブランドがどうこうという服そのもののことよりも
“服で武装すること”に対する女の子の哲学が語られる。
雨宮さん。愛に溢れたひとであることが伝わる本。
女の子は強く、たくましく、自由に生きるべきである。
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読んでる間、ずうーーっと共感しっぱなしで、胸が苦しくて、でも同時に心が軽くなって。
女子であること、女子と言えなくなること、他人の評価……
メモりたくなる文章がたくさん。読み返したくなる本だなぁ。
雨宮まみさんの文章すき。
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雨宮まみさんはフェミニストだな、と思う。叱咤激励しながらもやさしく背中をさすってくれているような本。ここには私が何年も何十年も解決出来ないままの問題へのヒントが詰まっている。親兄弟から始まり、友人、同僚、世間(特にインターネット)、ありとあらゆる方向から受ける「女性を生きること、美しくありたいと思うこと」への圧力に押し潰されている全ての人に読んで欲しい。男性にもどうか、本当に読んで欲しい。
自分の身体のパーツがことごとく嫌いで、自分の中の自分が全てにキツい駄目出しをするので外出するのも嫌になる。でも、その自分の中の自分というのは、先取りしたつもりの“客観的な視線”で、実はただの妄想なんだよね。今まで目にした数々の呪いの言説を思い出しては何度も何度も呪いを強固にかけ直している……。またそんなグルグル思考が浮かんだら、この本のことを思い出そうと思う。
アンダーラインを引きたくなった箇所はたくさんあるけれど、一番心が軽くなったのは、嫉妬とは強い好意の中に当然のように存在するもの、というところ。それは普通のことだから、嫉妬した自分を憎まなくてもいい。そんな風に考えたことが無かったから。
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昔そういうパンツはあなたの体格には似合わないよ、と言われたことを5年ほどたった今でも気にしてはけなかったり。今の自分がいやで仕方が無いから、逃げ道として服を買いに行ったり。そんな風な自分自身のエピソードを思い出した。
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この著者は女であることに対してマメだなあ、と。そんなにマメならしんどいだろうに・・・。というかそのしんどさから、この本書いてるんだろうが。
覚悟を決めればそのしんどさからは開放されると思うが、覚悟は決めないんだな。
内容は、今更感満載。
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タイトルだけを見ると、世間が勝手に押し付けてくる美の基準をマシンガンでぶっ壊し全女性がより自由に生きること推奨系なイケてる毒舌本にも見えますが、中身は常に周囲に気を遣い相手の立場に立って考えるがゆえにがんじがらめになってしまう心優しい非リア系な著者の、美しくありたいと悩む若い女の子たちへのメッセージが自分の実体験とともに綴られている非常に当たりのやさしい本です。コンプレックス、美人への嫉妬、似合う服が分からない、彼の好きな服ばかり着てしまうetc、これを読んでしみじみと共感しない女性はあまりいないのではないでしょうか。語られている悩み自体はよくある女の子の悩みばかりのようにも見えますが、著者が徹底的に自分の劣等感をさらけ出しているので、自分だけのストーリーになっています。
サラッとらくに読めるので、ちょっと装うこと、見られることに疲れたときなどに読むと、勇気をもらえると思います。
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「美しくなりたい」と思う気持ちは、私の中では「自由になりたい」と同義です。社会の圧力から、常識から、偏見から、自分の劣等感から、思い込みから、自由になりたい。いつでもどこでも、これが自分自身だと全身でそう言いたい。美しくなりたいとは、私にとってはそういう気持ちです。
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何気なく図書館で借りて読んでみたけど、これは名著やと思う。ここまで女性にとっての世俗的な(?)生きづらさを描いた本は、これ以外に知らない。
女性は、いろんな圧力を受けながら生きていかへんとあかんねや。本で読んだだけやから、わからへんけど。
女性にとっての「美しさ」とは何かを、考えさせられる。たぶん著者も思っていると思うけど、「弱さ」を持ったいろんな女性に読んでほしい本。
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図書館の新着図書の棚から
「ほらっ」
と 声をかけてきた
へぇーっ そんなふうに
ほぉーっ そんなことまで
はぁーっ そりゃ大変だ
ふぅーん そうやって
筆者の雨宮さんと会話をしているような
とても 洒脱な流れのある語り口
私自身では ほとんど
経験したこともなく
考えたこともないような
あれやこれやを
それはそれは 興味深く読ませてもらいました
いくつになっても 乙女心 は
存在するのだな
と 改めて 思いました
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この人の『女子をこじらせて』というのをちょっと読んでみたいと思ったことがあったが、図書館に入る気配なく(今もない)、どういう選書かわからないが、この人のいくつかある著書のうち、この『女の子よ銃を取れ』だけが図書館に入り、借りてきてみる。
持って帰ってきた日に、ぴらっとめくってみるが、目次を見てもそそられず、何ページかざっと読んでもあまりノらず、そのまま積んでいた。予約していた本がまとまって届き、読むなら読んで、返して、次の本を借りようと思い、読んでみる。
なにかに似てる、これと似たようなのを読んだことがある気がする…と、読みながらしばらく考えていて、酒井順子や!と思う。ですます文体と、自己分析を絡めつつ、読者の皆さんにこうしてみてはいかがでしょうかと提案する風な文章が、私には、いっときまとまって読んだ酒井順子の文章に似たものに感じられた。
正直あまりおもしろいと思えないまま、ほぼ惰性で読んでしまう。とはいえ、なぜ「女子」の悩みが深くなるのか、外見や内面について、ああだこうだと、まるで矛盾するようなことを同時に言われまくって(ダブルスタンダードというやつ)、そこに引っかかってしまったら、にっちもさっちもいかなくなるのは理の当然でしょう、といった分析のところは、それなりにおもしろかった。
とりわけ若いことやカワイイことを意識させられる「日本の若い女」の毎日は、旅に出てそこから離れてみれば、ハッとするほどに息苦しいものだったりする。著者は、そういう価値観のなかでもがくほど悩んできた人であるらしい。巻頭の文章は、そういうのを、なんとかくぐり抜けてきて、書かれているようだった。
▼「美しくなりたい」と思う気持ちは、私の中では「自由になりたい」と、同義です。社会の圧力から、常識から、偏見から、自分の劣等感から、思い込みから、自由になりたい。いつでもどこでも、これが自分自身だと、全身でそう言いたい。「美しくなりたい」とは、私にとってはそういう気持ちです。(p.9)
「女」になんやかやのバイアスがかかりやすい今の社会で、装いの正解がわからないし、どう転んでも納得がいかないと著者はいう。
▼このような男社会で、いったい、どのような服装で、どのようなふるまいをすれば受け入れられるのか、「女」というバイアスをかけずに仕事相手として対等に見てもらえるのか、私には正解がわかりません。
そして、正解があったとしても、そのように装うことが良いことなのかどうかもわかりません。
「女」という偏見で見ている側が悪いのに、なぜ女に生まれただけで、女の側が「その偏見を解いてください。私たちは普通の仕事仲間で人間なのです」ということを主張するファッションをしなければならないのか、納得がいかないのです。
たとえいまが過渡期なのだとしても、時代の犠牲にならなければいけないなんて、冗談じゃない、と思います。(pp.92-93)
「世間では、こうするのが正解なのだろう」と薄々わかっていても、私は絶対にそうしたくない、ということがよくあった。勝手に「女」の意味づけをされるようなことは、なんとしても避けたいと思っていた。20代の頃にそういう気持ちがいちばん強かったように思う。今は、そこまで「絶対に」と思わなくなったのは、歳をとってくるだけで、「女」がどうのというめんどくさいことに捕まらずにいられるようになったからかなーと思う。
(11/21了)
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コンプレックスってめんどくさいけどあいらしいなぁと思った。
彼の好きな服装をカードで買って、風邪をひきそうな寒い日に着て行くってエピソードは、彼からのリクエストならプレゼントして貰わなくちゃだし、寒い日に風邪ひきそうな格好させるような想像力のない人なんてやめておけばいいのにと思ったが、世の中には、自己卑下が強い人も多いのでその心理が垣間見れてよかった。
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ClingClingの時のナタリーのインタビューで、のっちが面白かったと言っていた。
人の視線や、世間の常識、善悪の基準も関係ない自由な世界で、自分らしいと思える装いをして、深い呼吸をして生きたい。自分らしくはありたいけど、社会性を犠牲にしたいのではない。自分らしさと周囲の世界との調和を保つのに必要なのは、知恵と訓練だ。
そしてまず何より自分自身を知ること。自分自身の美しさを正しく発見して、自分自身であることこそが美しいのだと信じなきゃ。人がその人らしい美しさを表現するのは、世界への貢献だ。
憧れを見つけられたなら、近づくためにどうしたらいいのか、具体的に考える。
自立して、知的で、大人びた魅力を堂々と発散している、はっきりした主張を持つ人になりたい。でも好奇心と柔軟さを保ち続けて、それまでの自分の考えが違っていたと思ったら、変わることを恐れない勇敢さも欲しい。自分の可能性を信じられる人でありたい。自由で強靱な精神から生まれる美しさが欲しい。
田舎は本当に、この人が言うように人の容姿をいちいちあげつらうような無礼な人ばっかりなの?田舎怖い。
子供の頃から自分が存在していることをちゃんとわかってた人って、社会性があるなぁ。社会性は無いよりあった方が良い。
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2014年5月初版
雨宮まみ著
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「美に対する意識」「女性のあるべき論」「女性のいきにくさ論」等、“美しさ”や“女性がどのようにあるべきか”ということに対する女性本人の持つ意識や、コンプレックス、そして周囲からの目線について語られた一冊。
著者自身が、かなり自分自身にコンプレックスを持っており、個人のエッセイ的な進め方に終始する部分もあるが、自分にしかわからなくても、自分の信じる“美しさ”を持ち、意思を持って突き進むことが重要である、と考えている。
現代の女子(だけなのか、普遍論なのかは微妙)は自分の中と、外からの目線全てに縛られて生きにくいが、自分の価値観を自分で貫き通すことが出来るのが理想である、と。
男は気楽でよかったーって、ほんと思いましたw