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【ビニール傘】
『俺以外の全員がタバコを吸い、スポーツ新聞を広げ、コンビニおにぎりを食っている。みんなゴミを吸い、ゴミを読み、ゴミを食っている。』
『怖くなってもういちど横を振り向くと、彼女もこっちを見上げて、どうしたん? と聞いた。おれはますますポケットのなかの手をぎゅっと握りしめた。痛いやん。彼女は笑いながら、自分もありったけの力で握り返してきた。おお、意外に握力強いやんか。笑いながらもういちど握り返すと、彼女は大きな声でいたたたた、ごめんごめん、とゲラゲラ笑いながら手をポケットから出し、つないだまま大きく前後に振りながら歩いた。』
『俺たちが暮らしているのはコンビニとドンキとパチンコと一皿二貫で九十円の格安の回転寿司でできた世界で、そういうところで俺たちは百円二百円の金をちびちびと使う。』
『誰かが携帯の画面を親指でなぞるたびに、どうでもいいことがどうでもいいひとたちに流れていく。』
『もっといろいろな人と付き合ったら、そのうち幸せになれたんだろうか。でも、誰かと一緒にいるあいだは、ほかの誰かと一緒にいることができないから、ある人と付き合っているあいだに、時間ばっかり経っちゃって、そうしてるうちに私を幸せにしてくれる人は、とっとと誰かと付き合っちゃうんだろう。』
【背中の月】
『誰にでも脳のなかに小さな部屋があって、なにかつらいことがあるとそこに閉じこもる。』
『妙な話だが、幸せなとき、楽しいとき、遊びにいっているときよりも、急な葬式が入ったとき、人間関係でめんどくさいことがあったとき、仕事上のトラブルに巻き込まれたとき、ああ俺たちはふたりなんだなと思う。』
『隣のベッドの、美希がかつて寝ていたところに置いた手の甲に、月の光が当たっている。また行きたいね、あの店なんだっけと言いながら俺たちは結局、あの街にも、あの店にも、あの海にも、二度と行くことはなかった。俺はベッドから起き上がり、窓をしめてから、また横になった。大阪にまた、夏がやってきた。毎年のことだが、大阪の夏は今年もまた、耐え難いほど蒸し暑い。交通事故、交通事故、定休日。キャメルのコート、廃屋、環状線。夜の海の、白い魚。』
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大阪で生きる若者の姿を描いた作品。
何かでっかいことをやり遂げるわけでもなく、だからといって感動的な何かがあるわけではない。
そんな暮らしを描いた作品だったように思う。
人生とはなんぞやと考えさせられる作品だった。
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あぁこれはなんと物悲しくて、でも心に残る美しい小説だろう。
『ビニール傘』円環小説。ぐるぐると同じような境遇のひとが入れ替わる感じは面白かった。こんな書きかたあるんやなぁと思う。大阪の写真がいっぱいあって、この場所は近くて遠い。大阪に住んでいても知らない場所ばっかりだ、と思う。通りすがりの人の人生は儚くて、夢の中みたいだ。でも、リアルな感じもある。
『背中の月』はじまりは男がひとりで、妻の美希が出ていったのかと思ったら、亡くなっていることが分かる。主人公の名前はなくて、美希の亡くなったあとも同じマンションにひとりで住んでいる。過去の記憶のなかに戻ることが多い毎日を過ごしている。美希がいなくなったことでひとつも幸福は無くなったのが哀しい。哀しいに決まっている。通勤の環状線の中から見える廃屋についての考察。ここに書かれているとおり、人の住まなくなった家は廃虚になっていく。主人公の住むマンションも台所を使わなくなり、水分がなくなっていく感じがすごく分かる。人はひとりで生きていくこともできると思う。でも、最初から選んだわけではない主人公の哀しみがとても心にすんすんした。最後に大阪から出ていくのか、人生から出ていくのかこの主人公はどこへいくんやろう。
良い本だなぁ。図書館で借りたけど欲しいなと思う。
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2018/4/1
なんなん、誰なん。あの人なん?わたしなん?
ビニール傘みたいな人間、わたし?
読む人とタイミングを選ぶ本だと思う。
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社会学者が書いた短編2つ~「ビニール傘」和歌山の専門を出てミナミの美容室に入って最初に仕事を教えてくれた男の子と同棲を始め、先生の彼氏に誘われて食事に行った辺りから店に居づらくなり、キタ新地のガールズバーでバイトしていたが、仲良くなった同僚が「今から死ぬよ」とメッセージを残して本当に死んでしまった。和歌山に帰ろう。「背中の月」デザイン事務所に勤める妻・美希から昼頃「頭が痛い」とメッセージが入っていて帰宅していたら脳梗塞で死んでいた。環状線から見える廃屋で空想を広げ、1時間も前に着いてしまった職場で辞表を作って社長の机に置き、家に帰ってジャージに着替え、築40年のマンションに鍵を掛けてその鍵を郵便受けから中に落とし、大阪港に行く~テーマは…何もない田舎から大阪に出て馴染めず田舎に戻る女、と大阪の片隅で妻と肩寄せ合って暮らしていた男が急病で妻をなくし、ていうもので、目新しくないが、書き方が新しい? いろんな人の視線で書いておいて、後で種明かし・という?
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「ビニール傘」と「背中の月」の2編を収載。本業・社会学者の著者による小説で「ビニール傘」は芥川賞の候補になったらしい。何というか、さすが芥川賞候補だけあってよくわからないお話だった。まだ「背中の月」のほうが自分好みだな。
いずれにしても、どちらも大阪を舞台に浮遊感というか、淀みのなかにいる人の姿が描かれている。これが東京だとどうだろうなと思いながら読んだ。自分にとって未知の街・大阪だから物語の舞台として受け入れられるけど、東京でこの物語だったら鼻白んだろう。
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この先生の講義を受けて面白くて『断片的なものの社会学』が読みたくなったんだけど、図書館にこっちしかなくて読んだ。
生活史調査で得たであろう、本物の誰かの断片が繋ぎ合わされている感じで、どうでもいい描写に、やけにリアリティを感じる。それが、物語に深みを与えてるんだよね。
個人的には結構好き。こうゆうストーリーストーリーしてる訳じゃなくて、緩やかに繋がる様な繋がらないような日常の描写が淡々と続く感じ。
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“誰にでも脳のなかに小さな部屋があって、なにかつらいことがあるとそこに閉じこもる。”(p.92)
“妙な話だが、幸せなとき、楽しいとき、遊びにいっているときよりも、急な葬式が入ったとき、人間関係でめんどくさいことがあったとき、仕事上のトラブルに巻き込まれたとき、ああ俺たちはふたりなんだなと思う。”(p.98)
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大阪の中心街から少し離れると感じる物悲しさとか、淀川を見るたびに感じる、悲しみをすべて包み込んでいる感じとかを思い出した。
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社会学者が書いた小説。青春時代の詫しさ、人恋しさ、そして不安感が共感も持って描かれている。
鍵をかけたか不安で確かめに戻ってくることが多くなった。この本を読むと、それは不安からではなく、家から離れたくないからだと書いてある。さすが社会学者らしい分析だ。
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第156回芥川賞候補作
よく聞くラジオ番組で何度か岸政彦さんがゲストだったり、Eテレの「100分で名著」にも講師として出演されていたので、社会学者であるということは知っていた。
そして、大阪愛はもちろん、「人」というものに対する興味や愛情が本当に深い方なんだなぁ、とその熱量の高いトークから感じていたのだが、小説はまた違った趣きだった。
読み始めてすぐ、なぜか柳美里さんの「JR上野公園口」が思い浮かんだ。
私自身は、大阪という街をあまり知らないので、この小説の舞台が大阪のどんな所なのかは、読んで受けたイメージしかない。
ゴミの吹き溜まりの少しすえた匂いのするような、寂れかけた一角に暮らす、明日が見えない若者たちの物語。
登場人物の一人一人がはっきりせず、どこか重なり、どこか繋がっているような…いくらでも代わりがある仕事をしている人々。
いくらでも代わりがあったとしても、その人はその人しかいない。
でもその当人が、そのことを理解することもなく、ただただ無常な時に流されていく。
これがバブルの時ならば、「横道世之介」みたいな根拠のない前向きな空気感が漂うのだろうが、平成世代は、生まれた時から不景気と格差社会の中にある。
ささやかな幸せを見つけても、簡単にその場から剥がされる。
そういったことを怒りではなく、諦めの姿勢で受け入れてしまう彼らの姿が哀しい。
読む世代によって感じ方は変わるだろう。
私の世代は、こうなる前にもう少しできることがあったのではないか、と感じるのではないだろうか。
2022.2.13
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大阪で暮らしている若者の実態を描いた短編が2つ.大阪に限ったものではないと思うが、街全体が下降線に乗り上げた感じで、寂しくなっていく状況をうまく描写していると感じた.
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彼女と話すこともなくなって駅まで送ってバイバイ言うて分れて一人になった時の時間が好きだ,というような文書を書けるのが著者の岸政彦という人なんやな.
新潮社の季刊誌考える人が休刊になっても続いているウェブマガジンというかポータルサイトで連載している著者のエッセイが好きでいたけども著書を読むのはこれが初めてなのでしたが,最好.
通勤の片道で一息で読み終え,余韻に浸りながら駅のマクドでホットのSをすすりながらこれを書いている.
さあ今日もがんばろか.
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これは大阪が舞台でなくてはならない作品。ここまで描けるのかと思う程の丁寧な人物描写。筆者は社会学者として多くの市井の方々と接して来られた経験があるからこそ描けるのでしょうか。。。
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生きている。
たいした出来事が無くても、カップラーメンなんかを食べて、毎日生きている。
楽しい事もある。
でもいつも、寂しさや虚しさみたいなものが隣にいる。
こんな小説に出会えるなら、まだまだ本を読んでみようと思う。