投稿元:
レビューを見る
ヴァンは、ホッサルとの長い対話の中で、「生まれながらの貴人はいない」理由として、以下のことを話し始める。
「飛鹿の群れの中には、群れが危機に陥ったとき、己の命を張って群れを逃がす鹿が現れるのです。長でもなく、仔も持たぬ鹿であっても、危機に逸早く気づき我が身を賭して群れを助ける鹿が。たいていは、かつて頑健であった牡で、いまはもう盛りを過ぎ、しかし、なお敵と戦う力を充分に残しているようなものが、そういうことをします。私たちは、こういう鹿を尊び〈鹿の王〉と呼んでいます。群れを支配する者、という意味ではなく、本当の意味で群れの存続を支える尊むべき者として。貴方がたは、そういう者を〈王〉とは呼ばないかもしれませんが」(19p)
ここに至って、初めて作品の表題の意味が姿を現す。表題が〈犬の王〉とならなかった理由が、ここでやっとわかり始める。もっとも、ラストにならないと真の意味はわからないのではあるが。私は一方の主人公ヴァンをめぐる物語の輪郭をここで掴んだ。
こういう〈王〉の在り方は、もしかしたら珍しくはないかもしれない。日本でも身分制が確立しなかった縄文時代や弥生時代後期ぐらいまでは、このような〈王の伝説〉はあったかもしれない。上橋菜穂子は長いことオーストラリアのアボリジニの調査研究をした。いままでは、不思議なほどにその調査研究の影響が作品上にみられなかったが、今回は濃ゆく出た気がする。アボリジニは、英国人の実質上侵略を受けた。長い迫害をどのように耐えて来たのか。現在は、どのように英国人と共存しているのか。それを観て来たのが上橋菜穂子である。ヴァンはラストはどうなったのか、誰もが想像できる。その寸止めの描き方が素晴らしい。
もう一人の主人公ホッサルからは、人の身体を国に譬えた話が飛び出した。医療をテーマにして、やはり大きな物語が動いていた。しかしそれは多くの人が解説しているので、ここでは述べない。ただ、文庫版あとがきでは、著者はこの2年間の御母堂の癌との戦いの日々を告白している。さぞかし、決断と忍耐と癒しと悲しみの日々だったろうと推測する。「守り人シリーズ」の文庫本化の時にはまるで最終章に合わすかのように大津波が起きた(最終巻が2011年夏の発行)。「獣の奏者」の時にはISの台頭、そして本作ではこのようなことが起きる。決して時代に合わせて書いているとも思えないが、やはり「何か」あるのかもしれない。
2017年9月読了
投稿元:
レビューを見る
児童書だと思っていたら、主人公がおじさんだった事にまず衝撃を受けた。
各地の歴史や民族たちの特長とか良く出来ていて、なんとも壮大な世界を体験できました。
命の不思議さを実感。面白かった。
投稿元:
レビューを見る
途中、泣いてしまいましたねー。
上橋さんならではの、ここで、ああなってしまうのではないか、とか、悪い想像も働かせてしまいましたが、思ったほど、最悪のシナリオにはならず、ほっとしました。
あの終わり方、あそこで終わる、というのも、含みがあって、良いと思いました。
投稿元:
レビューを見る
読書に癒しを求めるものとしては、この結末は物足りなかった。ヴァンが再び家族に囲まれて、他登場人物たちも各々の人生を生きていく結末が良かったな~。続編が発表されるならいいけれど、彼らの冒険はまだまだ続いていく~のジャンプ打ちきり的終焉に思えて寂しかった。
投稿元:
レビューを見る
この本のメッセージが分かりやすく伝わってくる締めの4巻だった。
とりあえず読み終わって感じた印象が、人体と世界が対比されているという印象。人体の中の小さな命の集合と世界に生きる命の集合。その中での対立と平衡。
あとは文化や立場、育ってきた環境によって人ってこんなに違うんだなという多様性を感じることができた。
不思議に思ったのは大腸菌にもテロメアがあって分裂回数って限界があるんじゃないかと思ったけれど、調べて見たら大腸菌のDNAは環状DNAらしくテロメアがないそう。
--
「生き物って、食べる、食べられる、とか、殺す、殺されるっていうような関係だけで成り立っているような気がしちゃうけど、でも、こんな風に、まったく別の生き物が互いに利用しあいながら成り立っているってことも多いんですよ。害になるか、ならないか。それは、何を害と考えるかで変わってくることですよね。」
投稿元:
レビューを見る
医学、政治など極めて現代的な考えに基づいていて、一昔前のファンタジーものとは一線を画する感じかな。色々な立場からの正義を定年に描いているのが良いと思う。エンディングの余韻もいいね。
投稿元:
レビューを見る
本屋大賞2015年1位。かつてファンタジー読んだことなかったときに、十二国記と獣の奏者は読んどけって言われてそれだけ読んだことある。この本も作者が創作した異世界のシステムが細部まで矛盾なく構成され進んで行く。頭の良さの定義のひとつに抽象と具象の振れ幅と移動速度や、時間を進めながら全体を動かしていくシミュレーション能力ってのがあると思うのだけど、良質の小説はこれを具現化してるし、学者だけあってこの人の作品は特に顕著。とても良くできた小説。だけど娯楽作品としてはどうよって言ったときは、緻密に構成された物語はどうしても大作になっちゃうってのと、この作品は扱ってるテーマがかなり専門的になってるので自分的には長さと説明色の強さが少ししんどかった。もともと、十二国記も半分ぐらい読んだところで既読巻と未読巻の区別がつかなくなって途中でやめたし、この人の獣の奏者も後半はマンネリ感でてきて飽きたし。この本もサイコパス的な絶対的な悪人も登場せず、善悪のラベリングを良しとしない作風で基本的に良い人が苦悩してる状況が続くのが刺激が足りず少し甘っちょろく感じる。獣の奏者ではもう少し泣けるとこあったりしたけど、読解力のせいかこの本は泣けるとこなかった。長いの苦手。
投稿元:
レビューを見る
物語の舞台となる世界の描写がすごく丁寧かつ詳細になされているので、頭の中でどんどんイメージが膨らみ、物語に没頭していくことが出来ました。この物語の根底に流れているメインテーマは、人はどう生きるべきか、ということだと思います。ラストも救われる終わり方で読後感も良かったです。
投稿元:
レビューを見る
本屋大賞1位に期待しすぎてしまったせいか、もっともっと面白いファンタジーを想像していただけに少し残念。いや、物語としてはとても壮大ではあるのですが、どこか読み難さを感じる。。途中、本を開いては寝てしまうことが多かった。。4巻読み終えるのにいつもより時間かかってしまいました。
でも、これぞフィクション!という感じのストーリーです。
投稿元:
レビューを見る
全巻読了。国同士の諍いの話に始まり、病の話になったと思えば、命とは・生きるとは何なのかというラストに帰結する壮大な物語。民族間の生活・思想の違いや、病原が明らかになっていく過程が重厚に描かれていて、フィクションの境目が分からなくなるくらい。ヴァンとホッサルが邂逅するシーンにググッときたのも束の間、ラスボスもその思惑も二転三転するもんだから物凄い興奮しました。
「鹿の王」というタイトルが一体何なのか分からないまま4巻まで連れて来られるんだけど、序盤でそのフレーズの持つ意味が分かり、終盤でなぜこの言葉をタイトルにしたのかが明かされたときの感動が忘れられません。含みを持たせたラストってあんまり好きじゃないんだけど、ヴァンの温かい未来を自由に想像できるから、これはこれで良いエンディングだったのかも。死に対する考え方もちょっとシンプルになれる気がします。
ブクログでもう何度も呟いてる気がするけど、本屋大賞って本当にハズレなし。上橋菜穂子作品、大満足。医療に従事している方なのかと思ったら、全く違うそうで驚愕でした。別の作品もぜひぜひ読みたいと思います。
投稿元:
レビューを見る
4巻まとめて。
個々の登場人物たちが魅力的で、それぞれの過去を、未来を知りたくなる。
そして、やはり生態系、世界観の設定が架空のものとは思えないほど
リアルに感じられることが魅力的。
個人的には、この登場人物たちでもっと派手な飛んだり跳ねたりの展開を期待しましたが、
そういうお話ではないのしょうね。
投稿元:
レビューを見る
<内容紹介より>
岩塩鉱を生き残った男・ヴァンと、ついに対面したホッサル。人はなぜ病み、なぜ治る者と治らぬ者がいるのか――投げかけられた問いに答えようとする中で、ホッサルは黒狼熱の秘密に気づく。その頃仲間を失った<火馬の民>のオーファンは、故郷をとり戻すべく最後の勝負を仕掛けていた。病む者の哀しみを見過ごせなかったヴァンが、愛する者たちが生きる世界のために下した決断とは――⁉上橋菜穂子の傑作長編、堂々完結!
――――
人の中には無数の生命(細胞やら細菌やら)が存在していて、「心(=意識)」とは別に動いている、ということを認識している「オタワル」の医者とそれを「邪教の汚れた教え」として拒絶しようとする東乎瑠帝国の支配者層。
旧アカファ王国に住まう小部族たちの故郷をめぐる帝国への反感とともに、物語の世界に根深く残る、対立軸でもあります。
発達したオタワルの医療でさえ「万能」ではなく、黒狼熱の流行を完全に防ぐことができるかどうかは未知数。
そしてその恐ろしい「病」を武器とした反乱(?)に対して、医術師ホッサルやヴァンが立ち向かいます。
医療小説として、YAの小説として、ファンタジー作品として、冒険小説として、それぞれの読み方で楽しむことができる作品だと思いますが、物語後半の展開が個人的には……、という感じです。
もちろん、エンディングも悪くないと思いますし、こういう終わり方も嫌いではないのですが、ファンタジー作品として、YAのエンタメ小説として、という読み方をしていたので少し期待とは違った形でありました。
読後も、いろいろと考えさせられます。
病気をしている人が身近にいる人はより一層身につまされる部分があるでしょうし。ただ、結局「英雄的な自己犠牲」を主人公が決断したように思えてしまい(「その選択ができる/しなければならない者」であったということなのでしょうが)、そこはもう少し掘り下げてほしかったかな、という印象でもあります。
投稿元:
レビューを見る
上橋さんの書く物語は、どうしてこんなに奥深く、面白いのだろう。
最終巻になって、題名の「鹿の王」の意味が明かされる。
それは、群れが危機に陥ったとき、己の命を張って群れを逃がす、盛りを過ぎた飛鹿のこと。
そして、それをなすのは、なせるだけの器量を持った者のみであって、その資格を持つ者の命の哀しさが描かれ、さらにヴァンの父親の言葉を通じて、その行為を礼賛することの危うさにも触れられる。
他にも、不条理の中、支配を受けながらその技術で生き抜く者たちの姿や、一族の舵取りをする者の非情な決断なども描かれるが、私にとって、とりわけ印象的だったのは医療のあり方を問いかけてくる側面。もうひとりの主人公のホッサルの医術には、いわゆる西洋医学に近いものを感じたが、命や生き方を問うと、もうひとつの医術のあり方も同時に浮かび上がってくる。
そしてなにより、ひとりの人として、ヴァンのあとを追うユナとサエの姿がなによりもまぶしく、心あたたまるものだった。
投稿元:
レビューを見る
上橋ワールドから抜け出したくなくて、解説、あとがきすらチマチマユックリユックリ読んだ。
やっぱりそうかぁ、ヴァンさんそうするよねぇ…と納得しつつも小さい人間の私は「もういいっしょ。あったかく生きて行こうよ。」と思ってしまった。
その可能性もしっかり残しておいて下さった上橋先生ですが、またまたそこで「えっ⁈ユナちゃん大丈夫?若者たちよあんた達のかぁちゃんいいの?」などと普通のおばちゃん反応をしてしまうσ(^_^;)
サエさんのみ「そうね、そうしたいよね」と共感。
平穏な日々をヴァンさん達には送ってもらいたいけど、もう一回活躍をお披露目してくれないかなぁ…
投稿元:
レビューを見る
人は、自分の内なることほど分からない。それはメンタルもだし、身体的にもそうだ。
体内で戦いと共生を繰り広げる細菌や病原体に社会との相似を見い出した医療ファンタジー小説も、ついに完結。本屋大賞受賞も納得の、骨太でこれまでにない物語だった。
医師と戦士、一見相反する2人の主人公と、これまでの登場人物たちが集まった最終巻。だが単に力を合わせるのでは無く、それぞれの背景と能力故に離合集散し、物語は複合的に進んでいく。
ここに、冒頭に記した人の体内と社会の相似を、本当に見出せたのは不思議。哀しくも暖かい結末に心打たれる。