紙の本
量子時代の恐怖とは
2018/08/01 23:25
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
第一次世界大戦中、ロンドンの奇術師トレントは爆撃機のカモフラージュ方法を考えるという任務のために召集され、同じ境遇のH.G.ウェルズと出会う。第二次大戦中の飛行機整備士トーランスは基地でポーランド出身の女性飛行士に出会う。そしてヨーロッパに移民が満ちて、グレートブリテンはイスラム国家になり、ロンドンは未知のテロ兵器で廃墟と化しているが、カメラマンのタラントはトルコで謎のテロ兵器により妻を失う。
これらのストーリーは、様々な異文化が交錯して揺らぎながら重なっているようでもあるが、そうなのだろうか。一方で量子力学テクノロジーがどんどん一般化されていって、現実世界に与える影響を指摘されて、政府は禁止しようとしている。規制の目を逃れて量子力学カメラを持って帰国した男に起きる奇妙なズレは、量子力学的効果なのだろうか。ズレはどんどん大きくなり、ブリテン島とは思えない謎の島国で、奇術師は公演中に失敗し、女性飛行士は最新型スピットファイアに乗り込んで故郷を目指し、ズレというには時間も空間も遠い場所に物語はどんどんジャンプしていく。そうして救いを得る魂もあるが、その逆も当然あることだろう。
理屈はどうあれ、誰の力であれ、崩れてはまた希望に向かっていく一人の男の姿には引き込まれていく。戦争による死者、テロの犠牲者たちがうず高く積まれ、時にはよみがえりする中で、間隙をぬうように生き延びているのだとしても、そこには物語というものの力が作用しているのだろう。死と生の様々な瞬間を目撃し、自身も翻弄されていく、惨禍と動揺の描写が、そこを世界の中心線にしてしまう。
変貌していってるのは世界なのか、人間の精神なのかも、もはやわからない。だが近い将来には、こういう世界が訪れるのかもしれず、それが起きる時には、誰も気づかないうちにそうなっているのだ。
そんなあやふやな予言をされても困るのである。いや、すでに世界には所詮あやふやなことや意味のわからないことが溢れているわけで、今さらもう一つ付け加えられても驚かないとも言える。素粒子レベルで世界像がひっくり返されること、戦争とテロの恐怖、そのどちらが脅威であるか比較してしまうこと自体が、我々の本当の悲しみではないだろうか。
でも、いいなあ、スピットファイア。
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プリーストの最新作。
巻末の訳者あとがきにある通り、プリーストの集大成的な作品に仕上がっている。これでもかというほど『プリーストっぽさ』をてんこ盛りにして、破綻無く面白いというのは流石。こういう現実の歪ませ方は好きだなぁ。
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SF的な事象で人が消えるところから始まる。本作品は8部構成になっており、それぞれ関連してはいるが異なる舞台で物語が展開される。“関連している”ところが肝要で、本書のタイトルのように“隣接”している。第二部以降しばらくは、「これってSFなのかなあ」と訝しいが、後半から隣接度が高くなると、どんどん面白くなる。平行世界なのかタイムスリップなのか、謎は謎であるが、ジグソーパズルのピースが上手くはまらない感じが読んでいて楽しい。何度か読み直すと、新しい発見がありそうな作品だ。
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カメラマンのティボー・タラントはトルコで野戦病院で業務に従事する看護師の妻を反政府ゲリラの攻撃で失い、海外救援局によって英国に連れもどされる。しかもその英国はわれわれの知る英国ではない、グレート・ブリテン・イスラム共和国なのだ。ロンドンを通るが、救援局は何かを隠している。それは正三角形にすべてが消失している敵の攻撃のあとであり、彼の妻もその兵器にやられたのだ。そしてその兵器は隣接にかかわっているらしい。タラントは現実なのか何なのかわからないカフカ的世界に引き込まれていく。
そしてそのタラントの物語に別の物語が挿入される。第一次大戦中、敵を欺いて飛行機を見えなくする作戦に駆り出された手品師は道中の列車の中でH・G・ウェルズと知り合う。隣接を発見した晩年のリートフェルト博士に取材に行く記者、同道するカメラマンは若き日のタラントだ。第二次大戦中、いわくありげなポーランド出身の女性パイロットに恋した整備兵の話。いやそれはその女性パイロットの来歴の物語でもある。そして夢幻諸島のブラチュウスで一旗揚げようとする奇術師の巻き込まれる事故、それにかかわる女性の視点からの別の現実。プリーストの多くのモティーフが放り込まれているのだが、こうした物語が隣接なのだ。
全体を覆う戦争の影、そして航空機への愛。いや、「限りなき夏」のプリーストが帰ってくるのだ。
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未読の他の作品も読んどかなきゃ!中断していたのを読了。色んな世界が混じってくるのを追いかけるのは難儀だけれど、やめられない面白さがある。
他の作品読んでなくても楽しめると思うけど、知っていた方がより楽しめると思った。歴史も。
『奇跡の石塚』ってのが読みたい!
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起承転結がわからないまま、伏線は回収されないまま終わったという感じ。
各短編は、相互に関係あるようなないような・・・・
一応 主軸はタラントみたいだが、プラチョウスの話も読みごたえあり。
パラレルワールドが どのように出入りしているのか全体像がつかめぬまま読了。
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最初はとっつきにくいのだけれど、途中から読みやすくなったのは、理解するのを諦めたためかもしれない。軸になるのはトルコで妻を亡くしたカメラマンが英国に帰ってくる話なのだが、似たような名前の奇術師や飛行士が出てきて、時代も第一次と第二次の世界大戦、近未来とバラバラで、パラレルワールドを見ているようで、全体を把握することは諦めて、目の前の物語を楽しむことにした。プリーストの作品を読むのは初めてだったのだが、過去の作品を読んだことのある人には、別の楽しみもあるらしい。
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プリーストならではの夢幻のたゆたい感。どこに運ばれるかわからないけど、ずーっと浮かんでいたかった。ネタバレしてはいけないやつなので、何も書かないけど、今のところ今年1番じゃなかろうか。早川書房さんは立派だなあ、こんな本を次々と!
特定できない誰かが恋しく、その不在を痛く感じるのは、隣接界の私の記憶なのかも。
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何とか読み終えました。それぞれのエピソードは興味深く読めましたが前作「夢幻諸島から」は途中で挫折したのでこれも大丈夫かと思いながら読みました。過去作品の集大成とのことですがそれについてはよくわかりませんでした。ページ数の割には、というのが正直なところ。
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この先どうなるの?というハラハラと、モヤッとした”歪み、ズレ、不整合”へのドキドキ、イライラ。終わりよければ全てよし、かーい!と突っ込んでしまった「夢幻諸島から」しか読んだことないクリストファー・プリーストの「隣接界」。不思議な読書体験でした。