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15歳で家を出て自給自足の生活を始めた北町貫多。憬れだった築地市場での仕事を得るも、たった一日でそれを失うことになった顛末を描く「寿司乞食」
齢23、24。すべてに無気力で受動的だった貫多を、やや向日的な世界へ引き戻したのは、梁木野佳穂という女性だった「夜更けの川に落葉は流れて」
長いこと後ろ髪を引かれる思いでいた“あの店”。貫多と店主の20数年にも及ぶ蟠りは、ある深夜不穏な最高潮を迎える「青痰麺」
【再読了】2023年2月7日
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クリスマスイブの華やかな店内。見渡せばほとんどが若いカップル。その只中、四人掛けのテーブルに揃いの作業着姿の男が6人。女に一切縁がなくテーブルには一様にミックスグリルとライスの大盛り。皆一様に押し黙り、ただひらすらに箸やフォークをカチャカチャ動かしている。その座のそれぞれが虚しさと寂寥を漂わせている。短気さえ起こしていなければこんな場所にいなくてもよかった。加えて意想外な方向からワリカンと知らされる。自分で払うのなら吉野家で良かった。悔恨の波が次から次へと押し寄せる。
普段はえらく大人しく小心者が、何かを契機にスイッチが入ってしまうと、人が変わり暴言が暴力に発展し破滅へとまっしぐらに落ちてゆく。水戸黄門ばりのワンパターンだが、物語は初から終わりまで引き締まっており一寸の隙もない。終始唸らされながら読まされた。二度読み三度読みしてよい傑作。凄すぎる。
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西村賢太お得意の私小説、北町貫多シリーズ。3作品が収録されている。
気が弱いくせに相変わらずの愚行を繰り返し、着実に破滅に向かう寛多の生き様は、寛多ファンにとっては清々しい。心の底では平穏を望んでいるのに、どうやっても破滅に向かってしまう寛多の運命を傍観するのが、ファン心理だ。悪代官が水戸黄門の印籠にひれ伏すのを待つようなものだ。
そんな主人公の破滅への道は3作品それぞれ。新たな職場の初日の歓迎会で飲みつぶれ、翌日から無断欠勤。恋人を殴りつけて、その父親に土下座謝り。店主の態度が気に入らず、出されたラーメンにゴミを打ち込んで店から逃走。これぞ、北町貫多で、何者でもなかった若き著者。
と、過去の何者でもない著者の話ばかりだと思っていたら、小説家として大成した著者は今でも変わることなく、破滅に向かう。そんな衝撃的なラストが展開される。
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いつもの北町貫多である。身勝手で怠け者、アルコールが入るまでは小心者なのに、酒の力を借りて、暴言を吐く。『夜更けの川に落葉は流れて』の貫多に至っては、一滴も飲んでいないのに、交際相手に罵詈雑言を浴びせ、暴力までふるってしまう。
私小説は日本独特のものだ。古くは田山花袋、佐藤春夫、太宰治といった著名な作家に、主人公北町貫多が古本屋で出会って、傾倒していく田中英光、後に歿後弟子を名乗る藤澤清造もこのカテゴリーに入る。その私小説作家として芥川賞を受賞したのが作者西村賢太である。作家になっても、昔の因縁を忘れられず、夜な夜なラーメン屋にタクシーで乗りつけて狼藉をする『青痰麺』。いつも、つまらない凡庸な人間であると自覚している僕だが、もうこの歳で、破滅型の人生もきつい。己の人生の凡庸さと、ささやかではあるが納税者である自分に少し安堵しつつ、この本を読み終えた。
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この人の小説を読むと非常に憂鬱な気分になる。読後の胸糞悪さは計り知れない。主人公貫多の病的な性格はまるでコント。あまりの不憫さに笑けてくるほど。まあいつものこと。
でも何故か、不思議とこの作者の作品を読むのはこれで11作目。読後のあの胸糞悪さを求めて、作品にまた手を伸ばしている。そんな私はもはや西村賢太作品の中毒者なのかもしれない。
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私のブログ
http://blog.livedoor.jp/funky_intelligence/archives/1994903.html
から転載しています。
西村賢太作品の時系列はこちらをご覧ください。
http://blog.livedoor.jp/funky_intelligence/archives/1998219.html
ほんっとに、西村賢太作品は面白い。何故今まで出逢わなかったんだろうっていうくらい。出逢わせてくれた後輩のFantasmaくんには感謝しきれない。そう言えば、そのFantasmaくんは先週の人事異動発表で隣県へ栄転することになったとの情報。西村賢太を紹介してくれたお礼も兼ねて盛大にお祝いしてやろう。
さて、本書は短編3作品から構成されており、全て初見。どれも甲乙つけ難いほどの面白さ。
「寿司乞食」
念願の築地市場で働くことになる21歳の貫多。初日の勤務後に開かれた歓迎会で酒に溺れて翌日無断欠勤する、というダメダメな話。人間の本質そのものを描いており味わい深い。
「夜更けの川に落葉は流れて」
警備会社で短期アルバイトに勤しむ24歳の貫多の恋の話。地味な性格良さげな簗木野佳穂と付き合うも、またぞろ倦怠期を迎え、貫多の暴言と暴力により破局を迎える。面白かったのが、佳穂の変貌。貫多の暴言がエスカレートしていくと、それに伴って人が変わったように佳穂も信じられないほどの罵倒となる。こういうのが人間の本質なんだな。私も過去に体験済みなのだが。
「青痰麺」
お気に入りのラーメン屋さんで席を変わらざるを得なかったことに腹を立て、出されたラーメン
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中卒、免許なし、北町貫多の20歳過ぎから50歳位までの人生、アルバイトでの飲酒での失敗、彼女との別れ、食事の際の性癖を描いた連作3話です。寿司乞食、夜更けの川に落葉は流れ、青痰麺。西村賢太「夜更けの川に落葉は流れ」、2018.1発行。食事中、我慢できないことの性癖を鮮やかに?描ききった第3話、青痰麺に大拍手です!
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781
139P
西村賢太も吐き気がゲップで解消するって言ってた
なんで西村賢太が好きかって言ったら、自分にどうしようもなく決定的なコンプレックスがあったとしても、それで世間を恨んで、無差別に刃物振り回したり、大統領暗殺とかにそのエネルギーを向かわせずにそのコンプレックスを純粋芸術に自分の力で押し上げたって所なんだよね。そこがたまらなくかっこいい。こんな事出来る人中々居ないなと思うよ。
北町貫多の生まれ育ち東京だし、出てくる場所は常に東京だけど、地方民が思う東京=勝ち組でお金持ちでオシャレみたいなイメージを覆してくれると思う。そうじゃない東京っていうのがあるよっていう。
西村 賢太(にしむら けんた)
一九六七年七月一二日、東京都江戸川区生まれ。中卒。二〇〇七年、『暗渠の宿』で第二九回野間文芸新人賞を、二〇一一年、「苦役列車」で第一四四回芥川龍之介賞を受賞。著書に『どうで死ぬ身の一踊り』『二度は行けぬ町の地図』『小銭をかぞえる』『廃疾かかえて』『随筆集 一私小説書きの弁』『人もいない春』『寒灯・腐泥の果実』『西村賢太対話集』『一私小説書きの日乗』『棺に跨がる』『歪んだ忌日』『けがれなき酒のへど 西村賢太自選短篇集』『一私小説書きの日乗 憤怒の章』『薄明鬼語 西村賢太対談集』『随筆集 一私小説書きの独語』『やまいだれの歌』『下手に居丈高』『一私小説書きの日乗 野性の章』『無銭横町』『痴者の食卓』などがある。
夜更けの川に落葉は流れて
by 西村賢太
根が廃人レベルのナマケモノにできてるとは云え、一方の根は、これで随分と江戸っ子意識が強くもできてる貫多には、本来の自分は何もあんな薄暗い工場で、くだらぬ小説の文庫本なぞを、延々とパレットに積むような男ではないとの自信があった。 同じ水産物を運ぶにしても、あんな埠頭の 艀 で作業をするよりも、築地市場のイナセな雰囲気の中で従事した方が、はるかにキビキビ立ち働けるとの、確固たる自信もふとこっていた。
貫多はこの日に起こった一連の、かような幸運につぐ幸運の流れが、俄かに信じられぬ思いであったと云うのである。 あれ程に、 今日 まで出会わすことのなかった週払いによるその種の仕事に、こうも易々とありつけようとは予想だにしなかったのである。 それもこれも、この日の朝に目を覚ました直後に疼いた、持ち前の怠け心が良かったのだ。もし、これが頭を 擡げることなく人足仕事に出かけてしまっていたら、到底この展開には巡り合えなかったのである。それを思えば人生は、まったく何がどう幸いするか分かったものではない。
かつ、給料が週払いときてるから、これは尚のことに、仕事のあとは有意義な時間を持ち得ることになりそうである。 日雇いに出ていた際でさえ、帰途に日参していた神保町や早稲田の古書店街へのパトロールも、今までと違ってゆっくりと行なえるようになるし、好きな作家である田中英光の資料類も、向後は多少の余裕をもって買えるようになるであろう。 その日の口開けである風俗嬢を常時指名できるようになるのも、根がヘンに潔癖にできてるだけにまことに喜ばしいことだし、���インランドリーにせよ一杯飲み屋にせよ、何もわざわざ夜の混んだ時間帯に合わせるようにして行かなくとも、もっと早いうちから悠々と利用することができるようになるのである。
ゲエッと激しくえずいたが、胃の内容物は逆流してこなかった。しかしこれによって、腹の中のガスが少しは抜けた感じとなり、僅かながらも心身がラクになる。 なのでこの状態のときに一刻も早く虚室に帰るべく、改札口への階段をヨロヨロと降りていったのだ。 だが、それは最初のここでもって、無理にも吐き戻しておいた方がよかったのである。 有楽町線に乗り込んだ途端、次の激烈なる吐き気の波がやってきた。子供の頃にも一度として乗り物酔いの経験をしたことがない彼には、この場所でのそれは目の前が真っ暗になるような絶望感を伴い、襲いかかってきたのである。
貫多が中学を出た昭和五十八年と云えば、学歴偏重の風潮がピークに達していた時期との観もあったが、確かに通っていた中学校でも、その年度に高校へ進学しなかった者は、僅かに彼一人だけだったようである。 どんなバカでも最低ランクの私立校にもぐり込んでいると云うのに、それよりか少しは読み書きもできた貫多が〝中卒〟と云う、その一点で社会からの脱落者の烙印を押されたも同然の無学野郎となったことは、これはすべて自業自得の結果によるものだとは云い条、低能のくせしてプライドだけは異常に高くできてる彼には甚だ腑に落ちぬ流れのようにも思われた。
どうでこの先、何を人並みのことを目指し、奮起をしてみたところで、所詮はどうにもならないのである。まともな就職をすることが叶わぬのは云うに及ばず、彼の場合は人数倍の気短かさと粗暴な性根に加えて、その父親と云うのは性犯罪で服役し、一家を解体させた男でもある。 よくよく考えてみるまでもなく、そんな人格面でも経歴面でも血筋の面でもあらゆる点で不備だらけの、恐ろしくお粗末な素性の貫多には、それだけでもう、普通の女からの普通の好意は寄せられるはずがない。そんなもの、父親のことを知られた時点で一発アウトである。だからこの先に、家庭なぞ持つことも到底できはしまい。────
いったいに友人と呼べるような者の存在は久しく皆無の状態でもあったが、最早それも何んら苦にもならず、人足仕事で知り合い、小休憩時に一服つける際にはそれなりの会話を交わす同年代の者とも、それ以上の交遊を持とうと云う気は全く起こらなくなっていた。 数年前までは、かような場で仲が良くなった相手に連日のように帰途の飲酒を誘い、小銭を借りて小金も無心し、果ては暴言を吐いて疎遠になると云う事態をしばしば引き起こした、まるで愛情乞食的な面のあった野暮天の貫多も、その頃は埠頭の作業場では誰も相手にせず、また誰からも相手にされず、昼休みには真っすぐに岸壁沿いの一隅に向かってゆき、三、四年程前から傾倒するようになっていた田中英光の全集から、作品ごとにコピーしたものを黙々と復読することを唯一の楽しみとしていた。
また、こうなると現金なもので、貫多は初手にマイナスポイントとして捉えた佳穂の歯茎も、忽ちのうちにアバタもエクボのそれとなり、ノロマ気な立居振舞いの方も、浮わついたところのない落ち着き��云うか、一種の気品の所作として好意的に眺められるようになって、それが三回目の逢瀬で共にラブホテルに入った頃には、その元より好みではあった細身の肢体の、これはちょっと不気味な感じのする肋骨の浮き具合と、それに反比例した腹部の異様な凹み加減さえも、恰もビーナスの裸身を抱きしめる錯覚のもとに随喜の涙を流さんばかりにして顔を埋め、狂的な頰ずりを変質者的に繰り返してしまったものである。
「ねえ、誰を待ってんの? オラと出産を前提としたセックスしてみない?」
「は? 言い負かした気分って、なんのこと? なに勝手に的外れなこと言ってんの? 全然、かすってもないんですけど」 「うるせえ、ブス。さっきから、は? ってのが耳ざわりだし、そのツラも目ざわりなんだよ! だったらもういいからよ、今、全部払え。これまでにぼくが立て替えてあげてた分を、全部返せよ!」
何が、わたしみたいな読書家は、だ。読書家気取りの女ほど、なぜか馬鹿に見えるってぐらいのことはよ、てめえも二十歳を過ぎてんだったら、いい加減に気が付いたらどうなんだ。本当に小説や書物を吸収してる奴はよ、そんなのは容易く表には出したりしねえものなんだ」 「…………」 「読書家をウリにし、殊更にひけらかしてる奴にロクなのはいねえもんだが、さしずめ、てめえもその一人だ」
「ほら、立て!」 佳穂の父親は、貫多の胸倉から手を離すと、今度は左の二の腕辺をガシッと摑んで引き起こそうとしてきた。 「立つんだよ、警察行くぞ」 重ねて告げて、腕に一層の力を込めてくる。 これに貫多は恰も駄々っ子の如く、身を激しくよじってそれを振りほどくと、 「ごめんなさい、許して下さい!」 勢いよく 床 に額をこすりつけ、泣き声を振り絞って哀願した。
「何してんだ、立て!」 「立ちません!」 「今さら、そんな土下座なんかしたってなんになるんだ。ほら、立つんだよ!」 「嫌です! ごめんなさい! 何んでもしますから、どうか警察沙汰だけは勘弁して下さい!」 「こいつ、ふざけんな!」 「ふざけてません! ぼく、佳穂さん……梁木野さんには本当に申し訳ないことをしてしまったと、後悔しています」 「後悔は、留置場の中でしろ!」 「駄目ですっ、もし、ぼくがそんなところに入れられたら、病気がちの母は道徳潔癖症でもあるので、絶対に自殺してしまいます!」
「──まあ、いいってことよ。あんな糞みたいな、ダサくてノロマ気な蛞蝓女なんか、どうで、そう長く必要とする存在でもなかったしな。もう穴も何回も使用して、あの腐った磯臭さにはかなりの飽きがきてた頃だしね」 やがて、ポツリと口に出して 嘯いてみせた貫多は、これを此度のすべての結論のようにして、勢いよく身を起こした。 そして今一度、これは心中でもって、 (構やしねえ。次の女はまたすぐと得られるに違げえねえんだ。あのブスよりも、はるかに可愛い子の方に、身も心も乗り換えをするだけのことだわな)
己が胸に言い聞かせると、床上の煙草の袋を取り上げる。 ──まさかに、この佳穂に対する悪行が天の采配によって裁かれたものの如く、それから十年余に亘り素人女性との縁に一切見放されて長き女旱 りの憂き目に遭い、かつ翌年には別の暴力沙汰で現行犯逮捕される破目にも陥ろうとは、このときの貫多はチラと予想することもなかったのである。
が、すでに尻に火がついている状況の貫多は、まずは一応の心構えをもって、この初見となる引越し会社に出かけてみたのだが、やはり、と云うか、それは甚だ胡散臭い感じの漂う、殆どモグリに近いような業者ではあった。 貫多が言うのも何んだが、とにかく作業が杜撰なのである。
何しろ、故意に節約してるのかどうか知らぬが、彼の見た限りでは養生の資材一本用意するでもなく、一軒家だろうがマンションだろうが、通路もエレベーターもそのまま台車をガタガタ押して進み、室内の壁面に段ボール函の角が擦っても、まるで平然としているのである。一応、社員だと云う運転手が現場の責任者役になってはいるものの、これがいずれも吊り上げ一つ手慣れておらず、てんでその作業全般の要領と云うか、ノウハウを身につけてはいないのだ。
その中にあって、隣り合った四人掛けのテーブル二つに揃いの作業着姿の男ばかり六人──それも、いずれも少なくともこの日は女に縁のない六人が、疲れきった雁首を並べた上で、ポソポソとミックスグリルを食べている図には、これは貫多ばかりではなく、その座のそれぞれが虚しさと寂寥をひそかに感じている風情であった。 それが証拠に、このテーブル上では一切の会話と云ったものが交わされなかったのである。 皆一様に押し黙ったまま、ただひたすらに箸やフォークをカチャカチャ動かすのみなのであった。 そしてこの一座の中での貫多は、久方ぶりに佳穂のことを思いだしていた。 すでに忘却の彼方に消えかかっていた佳穂とは、そう云えばこの夜にはもっと長い時間を一緒に過ごし、またプレゼントを交換し合う約束をしていた記憶が、何やらひょいと蘇えってきた為である。 もし、あの出来事がなかったら──イヤ、自分があんな短気を起こしていなかったなら、何も今、こんな連中とこんな場所にいなくてもよかったのである。 或いはファミレスにいたとしても、それは佳穂と二人きりでの話であったはずなのだ。
そしてもし、そうなっていたならば、大昔からある月並みなやつだが、是非とも互いの好きな小説の文庫本一冊を、クリスマスプレゼントとして交換し合いたかった。 もう腹立ち紛れで処分してしまったが、折角にくれたあの『テス』についても、上巻だけの感想をこと細かに伝えてあげたかった。 冴えない虫ケラカップルでもいい。彼女がいてくれることが大事だったのだ。あの短かかった期間は、やはり彼にはこの上なく気持ちが充たされていた、得難き日々だったのである。
思えば、心根は優しいところのある、ありがたい女性だった。あのとき彼女が吐いた暴言は、決して本心からのものではなく、つられるままに無理をして、自らの心をズタズタに引き裂きながら発していたものではなかったか。 本当に、つくづく申し訳のないことをしてしまった。 ──そんな…
彼女だか同僚だか知らぬが、そんなにそのブスと並んで座って食べたければ、こんな、他人に犠牲を強いるようなことはせずに、自然とその状況が整うまでを、店の外にでも出て待っていれば良いのだ。せいぜいがあと十分かそこいらを待てば��一気に空席もできて、いくらでもブスと肩を並べられる状態になるであろう。
電車の座席に仲良く並んで腰かけながら、女はふと思いだしたように、 「あたし、ラーメンとか食べるの、いつ以来か覚えてないぐらいだよ。あなたはどこでお金を工面してくるかしらないけど、しょっちゅう外で、一人でおいしいものを食べてるでしょ。でも、あたしなんか外食自体、この前はいつそんなことをしたか、もうさっぱり思いだせなくなってるよ」
はな、今度こそ凡庸な女、子供にウケそうな、その辺によくある、どうでもいい絵空事を書くべく大いに意気込んでいたのに、イザ始めてみれば、作中主人公のまたぞろ女性を物としてしか眺めぬような人格の成長のなさと、相も変わらず買淫にいそしむチンポの進歩のなさでは、すでにしてその種の読み手からの丸無視は決定的になっているし、 結句、書き手の本人がいつまで経っても、或る意味、精神的には女に飢え続けているような進化のない有様では、それは叙す内容だって、多分に惨めで薄みっともないものにもならざるを得ない。この自縄自縛な感じが、自分でも何んとも慊いのである。
件の女が他に男を作って消えてから、まださほどの年月しか 経 てていない頃の話である。 従って、書けば書く程に往時の怒りと虚脱感が記憶の底から這いのぼり、口惜しいも口惜しいが、それと同時に、女体を日常の中で横付けにでき得る環境と云うのが、いかに有難いことであったかをしみじみと思わされてしまい、そんな普通人がごく当たり前に、日常茶飯時に得ている機会が、すべては自業自得とは云い条、自分にはその後なかなかに得られなかった不甲斐なさが、重ねて慊かった。
ガラリと引き戸を開けると、カウンター内から首だけを捩じ曲げて、「いらっしゃい」との低い声を放ってきた男は、やはり鮟鱇そっくりな顔付きをしていた。が、前に見たときよりもだいぶ瘦せ、そしてだいぶ老けこんでいる。 店主は貫多の姿を見ても何んら表情も変えず、 此度 はそれ以上は何を言うこともなく、また背を向けて手元の作業に復した様子。
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「寿司乞食」の二十代前半から「青痰麺」での五十ヅラを下げるようになった北町貫多まで相変わらずなのがいい。いいと言ってもかっこいいだとか憧れるだとかそういうことではなく、まったく関わりのない赤の他人を読みものとして知る対象としていい。そしてまた自分の中のいる北町貫多を発見させられる。