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対策が必要な病気というと何を思い浮かべるだろう。三大成人病と言われる、がん・脳卒中・心臓病だろうか。エイズや新型インフルエンザなどウイルスによるものだろうか。院内感染を引き起こす耐性菌だろうか。先進国に住み、気になる病と言うと、多くは「死に至る病」だろう。こうした病気に対しては国や製薬会社の関心も高い。
一方で、必ずしも死を招くわけではないが、実は影響力が大きい病というのがある。発展途上国における感染症だ。比較的注目されているエイズやマラリアの陰となる形で、綿々と受け継がれている古くからの病気があるのだ。それを本書では「顧みられない熱帯病(neglected tropical diseases: NTDs)」と呼んでいる。爆発的に感染が広がったり、死者の山を築いたりするわけではない。しかし、最貧層に根強く居座り、患者の心身をむしばみ、偏見にさらし、貧困を助長する。そうした意味では決して侮れない病気である。
本書では、回虫症・鞭虫症・鉤虫症・住血吸虫症・リンパ系フィラリア症・トラコーマ・オンコセルカ症などを上げている。各論により各病気の特徴を述べ、参考文献を上げる。
全体に共通しているのは、先進国では対策が取られ、根絶とは言えないまでもそれほど大問題にはならない疾患であることだ。栄養状態や衛生状態が良ければ症状が軽快する疾患とも言える。
多くは人畜共通感染症で、不衛生な土地で発生している。フィラリア症(象皮症)やハンセン病など外見が変化する疾患では、患者は偏見にさらされて社会的生活が営めない場合もある。回虫症などの場合、心身の成長が妨げられたり、学習能力が発達しないこともある。トラコーマは重症の場合、失明する。いずれも、就労等が困難になり、貧困を助長する結果となる。
障害調整生存年数(DALYS: disability-adjusted life years)という指標がある。これは疾患による早期死亡や障害によって失われた健康な生存年数を考慮する数値だ。これによると、NTDsはマラリアや結核を抜き、エイズに迫るという試算もある。
こうした疾患では多重感染も多く、複数のNTDsに罹患している人もいるし、さらにはマラリアやエイズに罹りやすくなる傾向もある。
死に至らなければ対策が不要なわけではないのだ。
著者は長年、こうした疾患と闘ってきている。
ヒト以外の宿主がいて循環する病原体の場合、ヒトで疾患を叩いても、衛生状態が改善されなければまた水や土壌から感染することもあり、根本的な解決はなかなか難しい。
抗生剤のような薬は一時的に功を奏しても、耐性菌の恐れは常にある。しかし、今、目の前で困っている人々に、当座は効くとわかっている薬を投与しないのも問題がある。
疾患に対する戦略自体が大変というよりも、どのような薬を、どのようなルートで、どの地域に届けるのかといった、全体のプラットフォームを整えることの重要さが目立つ。また同時に、衛生状態を改善し、人々に感染症に関する知識を与えるといったことも大切になるだろう。
困難を抱えつつも、こうした疾患に対する注目は徐々に高まってきている。さまざまな団体がイニシアチブを取り、問題解決に乗り出しつつある。
連携を取り、実��に即した対策が取られることが大切であるようである。
忘れられがちな熱帯病に関する入門書としては格好な1冊である。