紙の本
オーストラリア的大胆さとネーデルランド絵画世界の融合
2019/02/28 04:07
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投稿者:かしこん - この投稿者のレビュー一覧を見る
17世紀のオランダ絵画にまつわる物語。
なんかもうそれだけで「いい!」と言いたくなる。
そしてこの本の著者もまたオーストラリア出身。 『古書の来歴』とかケイト・モートンとか、最近はオーストラリアが<そういうもの>を生み出す土壌になっているの? 編集者さんたちが「似たようなやつ」を探した結果?
私の北欧ミステリブームはまだまだ続いていますが、オーストラリアブームも地道に来ている気がします。
原題は<The Last Painting of Sara de Vos:『サラ・デ・フォスの最後の作品』>
よくあるタイトルではあるが、『贋作』のほうがこの物語の本質に似つかわしい。
本物に限りなく似せて描かれた絵、自分の望んだ人生を進んでいたはずなのに贋作づくりに手を染めたために人生の方向を変えざるを得なくなった画学生、真作の持ち主ながら絵そのものよりもこれを描いた人に惹かれてしまった弁護士。 それぞれの人生もまた、一部が贋作のようになっているという。
物語は大きく3つの時代にわけられる。
・1635年~49年:オランダ/画家ギルドに加盟していた数少ない女性画家サラ・デ・フォスの日々。
・1957年~58年:ニューヨーク/サラ・デ・フォスの代表作とされる『森のはずれにて』を先祖代々所有している弁護士のマーティ・デ・グルートが、ある夜寝室の壁に掛けられている『森のはずれにて』がいつも家にあるものではないと気づく。 探偵を雇って調べさせたら、17世紀オランダ絵画、それも女性絵画を専門にしている画学生で絵画修復士のエリー(エレノア・シプリー)の存在が浮かぶ。 マーティはジョセフ・アルパートという偽名を使い、エリーに近づく。
・2000年:オーストラリア/サラ・デ・フォスの専門家として学者の地位を確立したエリーに、美術館の企画でサラ・デ・フォスの未発表の新作とされるものが届く。 そこには『森のはずれにて』も。 そしてニューヨークから年老いたマーティが自宅にある『森のはずれにて』を持ってくるという。 これで『森のはずれにて』のどちらかが贋作だとわかってしまう・・・。
冒頭は時間が行ったり来たりするし、主要人物がなかなか揃わないので「むむっ」となるけれど、メインキャストが揃ってしまえば一気読み。1950年代の「学者としての地位を女性がつかむことは難しい」こととか、上流階級に生まれて職業も生き方も疑念を抱いてこなかった男が階級外の意外に女性に興味を覚えてしまうこととか、絵画の謎をめぐるミステリ要素もありながら、ビルディングロマンスでもあり。
でもその続きをいきなり約40年後に設定してしまうところが、大雑把なオーストラリアっぽいかも。
とはいえ描かれている量は少ないけど、サラ・デ・フォスのパートがすごくいい! 彼女は架空の人物だそうですが、その時代にレンブラントの絵を見ていたりと他に出てくる画家や絵画は史実通りだそうな。ネーデルランド絵画好きとしてしびれます。
芸術に身を捧げる人生、一歩間違えば身を滅ぼす人生。
それはほんとうに表裏一体。
エピローグは1649年冬/2000年夏の同時進行で、美しく幕を閉じる。 いちばん多く文章が費やされているのは実は恋愛で。いろいろあっても、穏やかな読後感でしめくくられるのがうれしい。 そのへんもまた、オーストラリア的。
紙の本
悔恨の情に苛まれる男女の物語
2018/10/13 13:21
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投稿者:なお - この投稿者のレビュー一覧を見る
17世紀のオランダの女流画家の作品を軽い気持ちから模写をたのまれた大学院生エリーとその真作と贋作を入れ違いされて盗られてしまった弁護士マーティを中心に話は展開されると同時にその女流画家サラのその絵に関するサイドストーリーもとても重要になってくる。17世紀当時のオランダの時代背景もあり女流画家はほとんどいなくて、そんな中サラは夫とともに絵を描くことにより生計をたてていた。その夫婦の娘を病気によって亡くすことによって生活もだんだん荒んでいくことになり、夫は最終的にどこかへいってしまうことになる。サラは画家としては作品を多数残した訳ではないが、エリーが博士論文の題材に選ぶほど彼女の過去に興味をいだく。その作品を盗まれたマーティは誰がやったのかを私立探偵に依頼し、エリーにぶちあたる。直接犯罪に関与していないことはわかってくるが苦しめてやりたい気持ちが湧いてくるのと同時にだんだん会ううちに恋愛の情も出てくることになり、彼女と会うことが楽しくなってくる。最終的に40年も会わない時をこえて再会することになるところがクライマックスとなってくる。その絵にまつわる過去と現在が交錯してとても読み応えがあった。
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一枚の絵がある。十七世紀初頭のオランダ絵画だが、フェルメールでもレンブラントでもない。画家の名前はサラ・デ・フォス。当時としてはめずらしい女性の画家である。個人蔵で持ち主はマーティ・デ・グルート。アッパー・イーストに建つ十四階建てのビルの最上階を占有する資産家の弁護士だ。絵はニューヨークがまだニュー・アムステルダムと呼ばれていた頃オランダから渡った先祖が蒐集したコレクションの一つで夫婦の寝室に飾られていた。
それが、パーティーの最中に盗難にあう。しばらく盗まれたことに気づかなかったのは、本物そっくりの贋作と入れ替わっていたからだ。マーティは私立探偵を雇い、犯人を見つけようとする。変人ながら腕のいい探偵は、どうやら贋作者を見つけ出す。しかし、本物はどこにあるかが分からないのでうかつに手は出せない。マーティは偽名を名乗り、贋作者と会う手はずを整える。
贋作者はシドニー生まれの若い女性でコロンビア大学の院生。芸術史を学びながら、アルバイトで古い絵画の修復を手がけている。初めは贋作を描いている気はなかった。模写だと言われたからだ。しかし、話の様子から依頼者が絵のすり替えを企んでいることを知っても手を引くことはしなかった。エリーは女であることで、修復家としても教授職を得ることも難しくなることに腹を立てていた。精巧な模写の完成は、そんな世間を見返すことになる。
その絵を描いたサラは夫とともにオランダの聖ルカ組合というギルドに所属していたが、夫のしでかした不始末のためギルドを追われ、貧しい暮らしを強いられていた。おまけに娘はペストに侵されて死んでしまう。『森のはずれにて』という、その絵の中の白樺に手を添えスケートをする人々を見ている少女の横顔には早くに逝った娘の印象が重ねられている。
ドミニク・スミスは、十七世紀初頭のオランダの女性画家の苦闘の物語と、二十世紀半ばのニュー・ヨークの絵画盗難事件の所有者と贋作者の出会い、そして、二〇〇〇年、大学と美術館に籍を置く美術史研究者となったエリーとマーティのシドニーでの再会を、章が代わるたびに時代と場所と人物を交替させながら描くことで、一枚の絵に操られるように生きることになる三者三様の人生を三つ編みに編んだ髪のように纏め上げる。
マーティは莫大な遺産を相続していることが仇となって事務所での出世は遅かった。四十代になり、子どもができないこともあり、妻は鬱気味でいつも酒の匂いをさせている。妻を愛してはいたが、自分の人生が思ったようなものになっていないことをどこかで不満に感じていた。そんな時、エリーと出会う。はじめは罰を与えるつもりだったが、何度か食事をしたり飲んだりするうちにエリーの絵に向ける情熱に惹かれている自分に気づく。それはトランペットに夢中だったかつての自分を思い出させるのだ。
エリーは自分を認めない男性社会に腹を立てていて、男との付き合いはあまりなかった。資産家で如才がなく、金払いのいい美術愛好家の誘いを何度も受けるうち、エリーもまた悪い気はしなくなっていた。ジェイクと名乗る男との一泊旅行を承諾するくらいに。オルバニーのホテルで二人は初めて結ばれるが、その夜ジェイクは荷物も持たずに車で帰ってしまう。荷物の中身にある署名から、エリーはジェイクの本名を知る。
半世紀後、シドニーの大学で教鞭をとるエリーは美術館から『十七世紀オランダ女性絵画展』のキュレーターを依頼される。驚いたことに、ライデンの美術館は『森のはずれにて』のほかにもう一点サラの作品を持っているという。そこへ館長のマックスから電話がかかる。なんとアメリカのマーティがもう一枚の『森のはずれにて』を自ら持参してシドニーを訪れるというのだ。
真贋二作が同時に同じところに揃えば、徹底的に調べられ、贋作を描いたエリーの罪が暴かれる。さらに、一六三六年以来絵を描いた形跡のないサラに一六三七年のサインが入った作品が何故描けたのか。エリーとマーティの再開はエリーの研究者としての経歴にとどめを刺すのか。大学と美術館に宛てた二通の辞表をバッグに入れ、エリーは会場に向かう。
旅先のホテルに女を残して一人ニューヨークに帰ってしまったマーティの真意がどこにあったのか、読者は最後にそれを知ることになる。そして、もう一作が描かれることになったその後のサラの人生も。二十世紀後半の新大陸の話に十七世紀初頭のオランダの物語を挿むことで、軽いミステリ・タッチの話に小説としての厚みが加わり、音楽その他による三つの時代の書き分けが興を添える。マーティは大のジャズファンなのだ。
オランダ絵画の蘊蓄、絵画修復の技術や贋作のテクニックと読みどころが満載されている。サラがギルドに飾られているレンブラントの『テュルプ博士の解剖学講義』を批評するところがある。解剖のために開かれた左腕と左手が他の部位に比べ大きすぎるというのだ。二〇〇三年の『大レンブラント展』の図録で確かめるとたしかに大きく見える。十七世紀の女性は長時間外に出て風景画など描くことはできなかったという。妻の描いた絵が夫の名前で売られてもいたようだ。自分たちの進出を阻む有名な男の画家に、憎まれ口の一つもたたきたくなるのは当然かもしれない。
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1957年、ニューヨーク。親から相続した絵「森のはずれにて」が贋作にすり替えられてしまった弁護士はマーティ。探偵に調べさせると贋作を描いたらしき女性の住居が分かった。コロンビア大の院生のエリー。オーストラリアから英国で絵画の修復をしていたが女性には肝心な仕事が任せてもらえず、美術史へ専攻を変えて、アメリカへとやって来て、贋作もしていた・・・1635年、オランダ。ギルドがプロの絵描きを牛耳っていた時代。自分の絵画を自由に売れなかった。サラ・デ・フォスは苦労しながら絵を描いていた・・・盗まれたサラの絵を取り戻そうとする過程で、マーティはエリーに出会い、恋してしまう・・・そして2000年。エリーはシドニー大で教授をしている。ここの美術館に、「森のはずれにて」が二枚やって来ることになった!まずい!自分の描いた贋作が・・・
うおー!小説を求めるものが全部詰まっていた大好物だった。
時間軸を大きく行ったり来たりする。そして16世紀オランダ絵画あり、贋作あり、恋愛あり。
何の小説かと問われるとちと困る。一見美術小説っぽいけれど、7割は恋愛小説ではないだろうか。
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フィクションではあるけど実在の画家が出てきて、とてもリアルに感じる。平行して二人の女性の生が語られるけれど、ラストには深い感動が残る。サラの晩年が幸せに包まれたものでありますように、と願わずにはいられない。
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面白かった!
何の知識もなくジャケ買いならぬジャケ借りで当たりを引いた気分。
図書館の神様ありがとうございます(笑)
ドミニク・スミスさんというオーストラリア・シドニー出身の作家
結構評判になったようだが全く知らず…(恥)
フェルメールやレンブラントと同じ17世紀のオランダを生きた歴史の闇に消えていった女性画家が1枚だけ残した絵と、その贋作をめぐるミステリーでもあり、ヒューマンドラマでもあり、ラブストーリーでもあり…
物語は
1630年代オランダ
1957年ニューヨーク
2000年シドニー
を行き来する
物語のメインとなる1枚の作品を手掛けたのは、オランダの女性画家サラ
恵まれた才能があるにも関わらず、当時の女性差別や夫の借金から思うように画家としての活動はできない
そんな中、不幸にも一人娘をペストで亡くし、借金に嫌気を差した夫は失踪する(なんて男だ!)
一方、ニューヨークでは画家修復家として優れた技量のある大学院生エリーが、ひょんなことから贋作の依頼を受ける
エリーも父親との確執、才能があるのに女性差別を受けた世間に対する怒りのようなものから、贋作に手を染めることになるのだ
またサラの真作を保有しているのは資産家弁護士のマーティ
こちらも夫婦仲に陰を落とす事があり、資産家ゆえの引け目と仕事に対する情熱の足りなさなどコンプレックスみたいなものを抱えている
この資産家弁護士マーティの寝室に飾ってあったサラの真作がエリーの贋作と何者かによってすり替えられる
マーティは探偵を雇い贋作作者のエリーに近づくことに成功する(ここからの展開は最高にスリリング)
最後2000年シドニーでとうとう贋作の存在が明らかに…
そして40年の時を経て資産家弁護士マーティと贋作作者エリーは再会する
興味深き設定や時間を行き来する展開のわりに派手さがなく静かに割と淡々と進んでいくのでとても好みだ
(もう派手な展開とか畳みかけられるような内容は疲れるのだ)
登場人物もまた魅力的なのだ
各人コンプレックスや不幸を抱えているがそこを内に秘めてぶちまけないところも好みである
資産家弁護士なんて肩書は明らかに嫌なイメージしかない が、マーティの素朴さと弱さみたいなものが好感度を上げている
本人が思っている以上に優しさがある
贋作を手がけるエリーは恐らく化粧っけもなく、部屋が汚く、性格がややひねくれていて、かなりの引きこもりの世間知らずである
女性としての魅力は恐らく皆無だろう
にもかかわらず絵画における知識や鑑賞力、修復技量等素晴らしくとても魅力が溢れる人物だ
サラは恐らく控えめで男性をたてる昔の日本女性のような人物だ
不運な持ち主であるが、他人の心にそっと寄り添える素敵な女性だ
きっと晩年は幸せだったはず!と信じたい
後悔の念を持って、辛い時間を過ごすのだが、最後はみんな少しだけ救われる
ホッとする
フェルメールやレンブラントの作品は登場するが、メインの作品はノンフィクションなのも好��が持てる
実在する作品からノンフィクションの話がじゃんじゃん展開するのは、どうしても入り込めないので…(原田マハさんごめんなさい)
フェルメールやレンブラントと作品説明もあるので、そこも楽しい!
知らない作品説明が出てくるとネットで見て楽しんだ♪
絵の修復の技巧や、美術作品の搬入方法、オークション等々
なかなか普段の生活で知ることのできない世界も覗き見できて興味深い
人の感情の表現や洞察力の鋭さも素晴らしい、見えない絵が浮かび上がるような描写、絵を修復するときの材料の立ち込める匂い…とても想像力がかき立てられた
とても楽しめたので他の作品も読んでみたいのだが、日本語訳されたものは無さそう…(泣)
今後に期待
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美術を愛する人にもってこいの儚いお話でした。時代を往復しながらひとつの贋作巡って、関わる人間たちの後悔や愛情が紐解かれる、そのような物語でした。このような話をエモいというのでは無いでしょうか。
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1950年代、オーストラリアから来た貧しい画学生エリーは、絵画の修復をしながら大学院の論文を書いていた。エリーの修復の腕を見込まれ、17世紀オランダの女性画家の絵画の複製を依頼される。しかし、それは本物を盗むための贋作作製だった。知らずに窃盗に手を貸してしまったエリー。絵をすり替えられた持ち主の弁護士は、探偵を雇ってエリーの存在を知る。
2000年、シドニー大学でオランダ絵画を教えるエリーの元に、かつて自分が描いた贋作と本物と両方の絵が絵画展のためにシドニーへやってくる事を知る。そして本物は持ち主が直々に持参するという。エリーの心は揺れ動く。
50年代アメリカと、17世紀のオランダ、2000年のシドニを交互に描きながら、絵画に魅せられた二人の女性の苦難な愛を物語る。
ミステリーというよりも、ラブストーリーだと思う。良かった。