投稿元:![ブクログ](//image.honto.jp/library/img/pc/logo_booklog.png)
レビューを見る
★一つは少々辛いとは思うが、著者の今後に期待して敢えて苦言を呈したい。ちなみに評者は骨の髄まで保守的な人間である。近代保守思想の祖バークに遡って理性の濫用を戒め設計主義への懐疑を説くのはいい。だがそうした態度はあくまで保守の「心構え」である。それが「原理」となり「主義」となっては保守は「頽落」する。
保守は理性を過信せず歴史の風雪に耐えた知恵や慣習を重んじるが、決して改革自体を否定しない。それが復古との違いであり、バークは自らを漸進主義者と呼ぶ。だが漸進主義は保守の真髄であると同時に躓きの石でもある。漸進と急進を分ける基準など何処にもないからだ。バークの思想を最も洗練された形で理論化したハイエクもその基準を示せなかった。つまり伝統を大切にしつつも、最後は自分の頭と感性で判断するしかないのだ。だが「リベラル保守」とやらは何の屈託もなく取り敢えず中間を選ぶ。中庸と言えば聞こえはいいが要するに思考停止だ。それが「主義」に堕した保守というものだ。確かに多くの場合中間で事足りる。歴史が巡航速度で進行する平時にはそれで大過ない。だが歴史は時に過去が参照基準となり得ない地殻変動を伴う。そこではもはや漸進も急進もない。あらん限り目を見開き、知性と経験と直観をフルに動員して、現実との格闘の中で解を見出し行動するしかない。おそらく中島氏にはそんな経験はないと見える。
国体概念を弄び急進的な改革を叫んだかつての青年将校と、観念としての平和を奉じる戦後の進歩的文化人が同根だという中島氏の指摘に半分は同意する。だが先の戦争を観念論の虜になった青年将校の暴走だけに帰するとすれば、それ自体が空疎な観念論だ。国全体が一部の軍人の思想に染まることなどあり得ない。彼らの挫折の後にそれでもなお戦争にのめり込んでいったのではなかったか。それを聖戦とみるかどうかは保守や革新とは関係ない。いろんな見方があるというに過ぎない。確かなことは、勝てない戦さと知っていた指導者はもとより、軍人を嫌悪した知識人も大衆も結局は流されたのだ。それが山本七平の言う「空気」だ。山本が批判したのは観念論自体ではなく、本気で信じてもいない観念論に不作為の同意を与える付和雷同と責任感の欠如だ。国の危機に当たって寛容だの中庸だの何ら指針たり得ない御託を並べるのは、体を張って「空気」に抵抗することを回避した知識人の自己欺瞞に過ぎない。中島氏にそれと全く同じメンタリティを感じる。
最後にもう一点。世代論を持ち出すことに必ずしも反対はしない。身をもって戦争を体験した世代の意見に耳を傾けることは大切だ。だが歴史のただ中にいる人間には見えないこともある。当事者には歪んで見えることもあるだろう。軍人への嫌悪や自らが被った理不尽な仕打ちから、その罪悪を過大視してはいまいか。戦争を直接経験しない一歩引いた世代だからこそ見えることもある。それは忘れるべきでない。