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有名な古典なので敷居が高いと思われがちだが、純粋にエンターテインメント小説として楽しめる。そこそこ長いが、肩肘はらずに読んでほしい。
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この物語はハンス・カストルプの成長の物語と言われている。
名作と言われているが、私は途中読むのがつらくなってあきらめてしまった。なぜなら、話が平たんな部分(大きな盛り上がりがないので)が長かったからだ。
しかし、死、時間、音楽と時間、自然と人間の関係といった観念が、ハンス・カストルプが出会う不思議な人々とともにちりばめられている、壮大な物語だと思う。
またしばらく別の本をはさんでから呼んでみようと思う。
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生とは、死とは、愛とは、理性とは。思考の実験採択と病の誘惑に溺れ、魔の山の虜になったハンス・カストルプ。感心するほど“単純さ”を貫き通す彼の姿を、ユーモアとアイロニーをたっぷりこめた目線で描いたこの作品、素材の小難しさを超える文章の面白さが楽しめる。全二巻。
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ハンス・カストロプみたいな境遇にあった当時過剰に感情移入して夢中で読んだ。隠遁に近い生活の中で彼は何を見、何を知ったか。全てが非人間的なまでに高速処理される社会において一見何の役に立ちそうも無いこういった経験を、多角的に見つめなおす事ができる稀有な書。
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ドイツを代表する教養小説の超大作。平凡な青年ハンス・カストルプとその周囲の人々のおりなす人間模様が多彩。上下巻。
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実はこれもまだ読んでない。いっつもナフタ出てきて暫くしたあたりで止まっちゃうのは何でだろう。つーか新潮で買えば訳者高橋義孝だったんじゃないかそっちのがよかったな・・何でこれに限って私岩波の買ったんだろう。いつも紐しおりのついている新潮文庫をこよなく贔屓にしている私なのに。オオ。
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時々、こういう長い長い小説を読みたくなる。
主人公ハンスが山上のサナトリウムに到着し、そこでの慣習を笑い、自分はそうならないと言いつつ少しずつ慣れ、染まっていく上巻。
ハンスがショーシャ夫人のことをつい気になって見つめてしまう描写を、「不潔な関係」と表現する辺りが好き。不潔なプラトニックさってあるよね。
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山の上の世界と下の世界。
平凡に育った若者が隔離状態にある山の上で急進的な政治思想や哲学、覆った道徳・宗教、性、友情、死、自然に触れある種の光明を見出すまでの話。青春小説でありながら完璧な教養小説。政治・哲学・宗教についてはやや難解。社会全般に係る普遍的主題を全て盛り込んだ長大な小説は「実際的なファウスト」といった印象。
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フリーメイソン会員やイエスズ会の人が重要人物として登場しているが、その辺の西洋の背景知識を持たないわたしには読み解けなかった。前提がわからなくてもお話として楽しめたが、内容は理解していないので評価できないです。
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カラマーゾフ読んでたら、無性に魔の山を詠み返したくなったのでのっけてみた。でも再読してないので、詳しいことがさっぱり言えない(笑)
カラマーゾフ2巻読んでたら、コレは結局のところ人間群像が織り成すユーモア小説かいな?って感じがしてきて、ユーモア小説だったら、なんつっても魔の山だろー!!と思ったんで。カラはまだシリアスに話が展開するんだろうか?ってのが読めなくって、どうもその中に差し挟まれるキャラのお茶目ぶりの処理がよく分かってないんですけど、魔の山は全編渡って皮肉な笑いに満ち満ちてる。
隔絶されたサナトリウムに集う特権的なイっちゃった人たちが、ひたすらなんの特にもならない世間になんの寄与もしないアイロニーに満ち溢れた会話を延々繰り広げる話、だろうか。(てかだったっけ)
とりあえず主人公のハンスくんがもってもてで、色気おばはんショーシャ夫人とか、ホモおっさんとかに取り合われる話。だけど本命はいとこくん。って、そんな話だったかと・・・。
ショーシャ夫人とそうなるとこの描写がまたセクシーだった気が。
ラストは壮絶。デミアンは叙情に溢れてたなあ・・・。
とりあえず全編多少分かんないとこがあろうが、ユカイ小説として楽しく読める。
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学生から職場に勤務するようになる直前、ぼんやりと無気力に陥っているハンス・カストルプは、気晴らしと療養を兼ねて、従兄弟の居る山奥のサナトリウムに滞在することを勧められる。
魔の山では下界と違った時間が流れ、病人たちが日々独特の生活を送り、その大抵のものは長く留まりすぎて下界に帰るところをなくし、魔の山の住人となってしまう。
山を下りたがる者、山を出入りする者、山で死ぬ者、山で諭す者、あらゆる登場人物がそれぞれ教訓となっている。教養小説と言われてますが、正直難しかったです。大半は山で繰り広げられるドタバタコメディーだと思って軽く読めます。
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マンの超大作の前半部分。中心的な登場人物は、ハンス・カストルプ、ヨーアヒム・チームセン、セテムブリーニとマダム・ショーシャ。
ヨアヒムの付き添いで結核療養所に入院したハンスの「成長」の物語。結核療養所という特異な空間において、セテムブリーニとショーシャとの関係がハンスに複雑な「成長」を遂げさせる。セテムブリーニはハンスを理性的に成長させる。だが同時に、ショーシャとの神秘的な関係を通じて、ハンスは理性的には解決できない自己のありかたに直面する。
ハンスとマダム・ショーシャの神秘的な関係に心底魅了された。
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大学時代に購入して、何度も何度も挫折しながら読み進めた本。スイス高原にあるサナトリュウムでの奇妙な療養生活を描く。時間感覚や死の神聖化など哲学的な内容を多く含む。一生かけて付き合って行きたいと思う本。
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山頂のサナトリウムで、共に暮らす知人が次々に結核に倒れていく中で、議論し恋愛する現実離れした登場人物たち。
衣食の心配なくこんなところで人生論ぶちかましているなんて、いいご身分とも思ってしまう。
ハンス・カストルプがあっという間にスキーが上達したのに驚いた。雪の中の単独行のシーンは幻想的だった。
ヨアヒムが亡くなったのも悲しかったけど、幽霊が出てきたシーンはもっとぐっときた。
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アカデミック。
時間概念や、形式論に関する会話はとても楽しめた。
内容もきわめて哲学的で、
人生の書と文句に違わない。
「彼らには三週間ぐらいは一日と同じさ。ここにいると概念が変わってくるからね」
「祖父のその絵画的な姿を祖父のほんとうの姿と感じ、日常の祖父はいわばかりの姿の祖父、間に合わせに不完全にこの世へしばらく適合させられた祖父であるように感じられた。日常の祖父の姿で特異な奇妙なところは、明らかにそういう不完全な、たぶん、いくぶん不手際な適合の結果であって純真で真正な姿のかくしきれないなごりであり、暗示であった。」
「私たち人間は、だれも個人としての個人生活を営むだけでなく、意識するとしないとにかかわらず、その時代のその時代に生きる人々の生活を生きるのである」
「私たちのすべての努力と活動の究極的な超個人的な絶対的な意味についての問いに対して、時代がうつろな沈黙をつづけているだけだとしたら、そういう事態による麻痺的な影響は、ことに問いをしている人間がまじめな人間である場合には、ほとんど避けられないであろう。」
「なんのために という問いに対して、時代から腑に落ちるだけの答えを与えられないのに、初めから提供されているものの域をこえた仕事をする考えになるには、世にまれな、そして英雄的な倫理的孤独と自主性、もしくは、頑健無比な生活力のいずれかを必要とした。」
「タバコをのまないのは、人生のエッセンス、人生のきわめてすぐれた喜びを棄権してしまうこと」
「病気と死とは、本当は厳粛なものではなくて、むしろ、一種の遊山みたいなもので、厳粛なことなどは、厳密に言うと下の生活だけにあるんじゃあるまいかね」
「時間と言う奴は見張っているとおそろしくゆっくりとしたものだね」
「肉体が自主的に、魂とつながりなく生きて、のさぼりはじめると、君が悪いし、不安だということなんだよ。ボクのこの原因のない動悸のようにね。ほんとうにそれに結びつく原因、興奮、うれしいとか不安だとかいう感情、いわば、その動悸を説明してくれる感情を探さずにはいられなくなるね」
「愚かな人間は健康で平凡でなくてはならないし、病気は人間を洗練し、賢くし、特殊にするはずだと考えられています」
「習慣とは時間感覚が眠り込むことであり、すくなくとも鈍くなること」
「私たちは生活へ新しい違った習慣をはさむことが、生命をつづかせ、時間間隔を新鮮にし、時間感得をわかがえらせ、強め、ゆっくりとさせ、それによって生活感情そのものを若返らせるただ一つの手段であることを知っている」
「名前をつけるというのは、批評をしないまでも、限定することであって、つまり、既知のなれっこになった経験へ組み込んでしまうことであって、そういう精神的財宝は、そのように限定したり、組み入れたりすることからきびしき守らなくてはならないと、無意識であったが確信していたのであった」
「ヨーロッパは反抗、批評、革命的行動の地、アジアは停滞、無為の安静」
「人間の良心という��は、自分をごまかすのがなんと巧妙なことだろう。」
「人間は義務の命令からも情熱におぼれる許可をききとる名人である」
「こんなにあわただしく過ぎてしまうのは、全身の年少作用が昂進するためであろうか」
「最初は批評や最もな憤慨からはじまったことでも、やがて批評などとはすこしも関係のない全然違ったものがあ入り込んできて、そうなったらもう道徳的な厳しさはどこかへ吹っ飛んでしまう。」
「人間の残忍性をとがめることに慣れてしまうと、人生から、生まれついた生活様式から、離脱しがち
旅人が旅先の民族の風習や基準を笑うのは、自分の無教養を広告するようなもので、どんな民族にも他民族に勝る長所がなにかとあるものである」
「分析は啓蒙と文明の手段としては喜ばしいものであって、頑迷な迷信を打破し、自然な偏見を解消させ、権威をくつがえす場合にはよろこぶべきものである。しかし分析が行動を阻害し、生命形成の能力を欠き、かえって生命の根源を損傷するのは悪」
「待つとはさきまわりすることを意味し、時間と現在とを貴重なものと感じないで、邪魔者と感じ、時間と現在そのものの価値を認めず、無視し、心の中でそれを飛び越えてしまうものである」
「なれないことに慣れる」
「若い人たちの過度な順応性、若い人たちはいけないことにばかり順応しようとする」
「整理と分類こそ克服の第一歩、真に恐ろしいのは正体の明らかでない敵」
「自然は暴力。そして甘受し、屈服するのは奴隷的行為」
「人間的という言葉でどんな放縦も軟弱もカモフラージュできる」
「言葉などなぜ必要だろう」