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紙の本
解析学に偏らない解析入門
2019/07/06 18:37
4人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:類太郎 - この投稿者のレビュー一覧を見る
上巻を読み終えたか,「入門微分積分学15章」などで1変数の微分積分を学び終えた方が, 多変数関数の微分積分を学ぶためには, 杉浦の解析入門にかなり近いほど厳密に記述する準備をしてから始める本格派である. 集合論の初歩・距離空間の位相・連続関数環の章を経てから, 多変数関数の微分に入る. 上巻と同様, 全体が理論的に強固な印象がある. 予備知識を仮定せず厳密性と完備性を追求する形の本で本書ほど読みやすい本はないだろう. 少なくとも理論的にはわかりやすい.
長い目で見れば現代数学の多分野を学ぶ際に必要になる集合と位相の理論を, 予備知識を仮定せずに, また後の章や環論・関数解析とつながる形で前もって述べているのは著者なりの工夫であろう. 図説もあるが, 自分なりに図を描いたり調べたりして読み進めることをおすすめしたい. いきなり多変数関数の微分積分に入りたい方はラングの「続 解析入門」を読むのが良いであろう.
ちなみにclopenという単語が載っている日本語の本としては唯一ではないかと思う.
実2変数実数値関数のグラフは曲面になると図も用いて説明しているが, なぜ曲面になるのか, 実際に高校生に教えていた時に疑問を持たれたので念のため言うと,
{x^2+y^2≦r^2}
で定義された実2変数実数値関数
z=√(r^2−(x^2+y^2))
のグラフは球面
{x^2+y^2+z^2=r^2}
の上半分であることから納得がいくと思う. 実例のグラフによる図説は本書にはなかった.
また多変数関数の極値問題を, ヘッセ行列が定める二次形式の性質により説明しているが, その幾何学的な意味は説明されていない. 関数z=f(x, y)が(x, y)=(a, b)で極小であるときz=f(x, y)のグラフは点(a, b, f(a, b))の近傍で下に凸の楕円放物面
z=α(x−a)^2+β(y−b)^2+f(a, b)
で近似できる. ここでα,β>0はfのヘッセ行列の固有値である. 極大となるときは(a, b, f(a, b))の近傍で上に凸の楕円放物面
z=α(x−a)^2+β(y−b)^2+f(a, b)
で近似できる. ここではα,β<0でありやはりヘッセ行列の固有値である. (a, b)が鞍点, すなわち極大でも極小でもないときはfのグラフは(a, b, f(a, b))の近傍で双曲放物面
z=α(x−a)^2+β(y−b)^2+f(a, b)
で近似できる. ただしαβ<0である. 背景には多様体論のモースの定理がある. ちなみに2変数の場合は良く知られた平方完成による説明も併記している.
陰関数定理や二次形式を述べるために線型写像や行列式および対角化の章も設けてある. 行列式の章は初学者でも読めるであろうほどていねいに書いてあるが, やはり線型代数は既知のほうが読みやすいと思う. 行列式についてはあいまいな理解でも問題ないだろう.
難点も挙げてきたが, 陰関数定理に関連して階数定理という定理を挙げて証明し多変数関数のグラフが曲面になることを証明している. また陰関数定理それ自体2変数の場合にはわかりやすい古典的な証明を先に提示している. 1変数実数値関数の凸性についての定理を多変数に一般化して多変数関数のグラフについて凸性の幾何学的な意味を明らかにしているのは良いであろう.
また多重積分は下巻で扱われているが, 反復積分および広義の反復積分の順序変更可能性が紹介されているのも良いであろう. この節では, 連続関数環の位相的性質が使われている. また, この節に微分方程式も例にあるのはおもしろい.
フーリエ級数の章があるのは, 位相・解析学・線型代数とのつながりを提示するためかもしれないが,「解析概論」や「続 解析入門」に倣ったのかもしれない. しかしどのみち理工学では重要だし, 線型代数の理解も深まる良い話題であろう.
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