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角川書店から刊行中の『夜のリフレーン』と対になる短編集。
並べて見るとうっとりする……。
『死化粧』『閉ざされた庭』が好きなのだが、『兎狩り』も捨て難い。ううむ。
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主に1980代に書かれた短編を収めた短編集。
「夜のリフレーン」と対になっているらしい。
昭和の香り高く、近年の著者の作風とはやや違い濃厚で湿り気が強く、「性」と「死」がモチーフとなっている。
最後に納められた一編は最近のもので、他の編との対比が面白い。
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76年から96年までに発表されてはいるものの、単行本未収録であった短篇を集めたものである。著者自身は原稿も掲載誌も残しておらず、編者が当時の掲載誌を捜し集めたという。初出は「小説宝石」をはじめとする小説誌で、今では廃刊になっているものもある。一昔前には駅前の書店などで発売日に平積みされており、その当時は大人が読む本だと思っていた。近頃では書店そのものを見かけないので、どうなっているのかしらないが、なんだか妙に懐かしい匂いのする小説集だ。
巻頭に置かれた表題作を読み、子どもの頃を思い出した。田舎のことで、サーカスは祭りの日くらいしか町に来なかった。鋼鉄製の球体の檻の中をオートバイがぐるぐると駆け回る演し物は記憶に焼きついている。「アポロン」は、そのバイク乗りの綽名である。本来はスピード・レーサーになりたかったが、それには途轍もない金がかかる。男が選んだのはどこまで行っても飛び出すことのできない鋼鉄の檻の中をいつまでも走り続けることだった。
華やかなボリショイなどとはちがう小屋掛けのサーカス。旅から旅への浮草暮らしの男と女が死を賭した恋の顛末。女は言う「サーカスは、古くさくて、うす汚くて、わびしいものほど、華やかで残酷で素晴らしいんです」。逆説である。皆川博子の描く世界は、陰と陽でいえば陰。内と外でいえば内。表と裏でいえば裏。どこまでいっても明るい外部に抜け出ることがない。逆に、内部は多彩だ。体や心の中に分け入るような物語世界は表からは見えない色や形と冷たいようでいて生温かい人肌を感じさせる。
書かれた時間の順に並べられている。掲載誌の求めに応じて書きぶりも変わっていったものと思われるが、個人的には初期のものに心引かれる。「冬虫夏草」は、主人公の家に寄生するように棲みついた女のことをいうのだろうか。腐れ縁めいた二人の中年女と若い男の奇妙な同居生活の歪さを通して、頼られることの喜びと煩わしさを被虐嗜虐の快楽にまで突き詰めた意欲作。戦時疎開の記憶が生々しく、ひりひりするような女二人の心理劇が痛い。
ヒッチコックの『めまい』を彷彿させる「致死量の夢」は、誰でも一度や二度は見た覚えのある「墜落する夢」が主題。人は耐えられないほど辛いことに出会うと記憶に蓋をする。迪子が繰り返し見る墜ちる夢には何が隠されているのか。秘された記憶に閉じ込められた罪が、当事者同士の偶然の再会により一気に噴き出す。小さな公営住宅に暮らす三人の女には自分も知らない過去の因縁があった。短い話の中で二転三転する謎解きの妙味。人の心の深淵に潜む悪意の奔出を描いて秀逸。
「天井から、肉塊が吊り下がっている。生肉は、かすかに腐臭を放ちはじめている」という穏やかでない書き出しではじまるのは「雪の下の殺意」。雪まつりで賑わう地方のスナックが舞台。開けたばかりの店に同業のミツ子が顔を出す。七年前の雪まつりの晩、ミツ子の姉のトシ子はかがり火に飛び込んで死んだ。云うなら今夜は七回忌。雪に降り込められる北の町ならではの鬱屈が二人の会話に漂う。
同じ店の台所でマスターの妻、友江が坐り込んで肉塊を眺めている。なぜ友江は呆けたように吊り下げた肉塊を眺めているのか。意表を突く出だし、時と場所、話の筋を限る「三一致の法則」通り、舞台劇を見るようだ。人口三万の小さな町、ほとんどの人は顔見知りだ。封じ込められたような町では男と女の出会いもまた限られる。パイの奪い合いが狂気の賭けを生む。謎は解けても、雪解けは遠い。
公共図書館に所蔵がなく、故山村正夫氏の書庫から発見されたという曰く付きの「死化粧」。書生と人情本作者のコンビが旅役者の子役の死の謎を解く開化人情譚。『柳多留』からの引用や、湯屋の風情、河原者に対する差別意識、お上の威光を振りかざす巡査、と江戸から明治にかけての人情の移り変わりも視野に入れた謎解き小説だ。山田風太郎ばりの開化物は他の作品と比べると趣きが変わるが、余韻の残る幕切れなど、手馴れたものだ。
中井英夫に傾倒するミステリー作家が、和泉式部に因む暗号の謎を解くのが「ほたる式部秘抄」。初の長篇ミステリーでジャンルの登龍門であるポオ賞をとったものの、次作を書きあぐねている「わたし」は高校時代からの友人敦子に乗せられて取材で京都旅行中。貴船の宿に泊まった二人は、そこで一人の女の残した暗号を教えられる。急用で先に帰ることになった敦子に煽られ、慣れぬ暗号解読にはげむ「わたし」は、ついにその謎を解く。冒頭と結末部分が受賞後第一作の文章。間に挟まれているのが暗号解読ミステリーという凝った造り。
ミステリーのジャンルに当てはまるものを集めた『夜のアポロン』は幻想小説を集めた『夜のリフレーン』と対をなす皆川博子の単行本未収録短篇集である。編者の日下三蔵氏も解説で書いているように「クオリティの高さは驚異的」である。これが単行本未収録で、作家自身も原稿や掲載誌のコピーを残していないというのが信じられない。これくらいのものならいつでも書ける、という作家の自負かも知れないが、何とか本にしたいという編者の執念がなければ二度と日の目を見ることはなかったろう。編集者の存在を感じさせる一冊である。
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初期作品群が中心の未単行本化の短編を集めた第二弾。こちらはより「こういうのも書いておられたんだ」というまっすぐなミステリや官能色強めなものもあり、やはり作者の懐の広さを感じるものばかりでした。
表題作や「致死量の夢」、「魔笛」あたりが艶めいていて個人的にはとても好きです。幻想混じりというより、人間の業の深さをえぐった話が多いように思います。「死化粧」は謎解きとしての物語の面白さのほかに、飄々とした語り口が良い意味で「らしくなく」、凄く新鮮でした。
近作の技巧と知識と幻惑さが極まった長編作品はもちろん大好きですが、こういった過去作品があってそれらがあるのだと思うと、大袈裟のようですが確かな「歴史」を感じられたような気持ちにもなれました。
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1930年生まれの皆川センセ、どれだけお元気なの…って、初期作品集でした。単行本未収録作品。ミステリ評論家の日下三蔵氏が当時の収録雑誌を丹念に探したとか。有り難や〜。
端々のガジェットーファッション用語や言い回しや昭和しぐさといったーにこそ幾星霜の時代を感じるものの、芯のエグさや鮮やかさや激しさってのは、寧ろ一本通ってるのをまざまざと見せつけられた。
戦時下でも普遍的なエゴ剥き出しを引っ張り続ける中年女達(冬虫夏草)…雪祭りを背景に生肉を眺めるだけの嬰児殺しのママ(雪の下の殺意)…亡くした子の名を叫ぶ女に同情しつつ実は自分が元凶な迷惑女(致死量の夢)…人情モノの体裁だけど実は芝居者のメイクを利用した入れ替え殺人、更に動機は主人公のせいと来た(死化粧)…恋愛対象の枠がなさ過ぎて誰が誰に恋するか予測不能(魔笛/サマーキャンプ)…親子喰い(沼)に獣姦絡みの倒錯(アニマルパーティ)に。そうかと思えば、暗号解きの「ほたる式部秘抄」やら、薄っすらと赤江瀑な世界への予感を誘う「閉ざされた庭」に松本清張ばりの成り行きに息を飲むラストが斬新な「CFの女」。
どんだけ引き出しがあるんですか⁈
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「沼」、「致死量の夢」、「雪の下の殺意」が心ひかれました。女、だけじゃないけど、人が隠してたのに、持て余して、どうにもならなくなった感情が染み出てくる瞬間とか、壊れてく瞬間ってこんなんかなと、一般論として怖くもあり、納得してしまう自分に怖くもあり。装幀と表題がロマンチックです。
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単行本未収録の短篇ばかりだそうだが、これらのどこが「不出来な習作」(著者によるあとがきでの言)なのか。いやまったくすばらしい。編者の日下三蔵氏の言うとおり、驚異的なクォリティの高さに圧倒された。
著者ならではの濃密な世界にクラクラする。背徳の香りが立ちこめているのに、まったく卑しさがなく上品だ。そして、いつも思うのだが、幻想味の強い小説というのはしばしば読みにくいのだけど、こと皆川作品に限ってはそれがない。実に読みやすく、読者に対して広く開かれている感じがする。
どれもこれもいいのだけど、特に気に入ったのは、「夜のアポロン」「冬虫夏草」「死化粧」あたりかな。表題作は、子どもの頃見たサーカスの情景を思い出させる。かつてのサーカスは、ちょっといかがわしいような寂しいような、子供心にも単純に楽しいだけのものではなかったように思う。読んでいる間中、頭の中に、鋼鉄の大きな球の中を走り回るバイクの爆音が響いていた。
「冬虫夏草」は「私生活を作品に投影することは避けている」という著者には珍しく、疎開生活の体験が色濃く落ちているそうだ。戦時中の話をこういう風に書けるとは驚きである。「死化粧」は時代もの。血や汚れまでもが鮮やかで美しく、切れ味の鋭さは随一か。
あとがきに、「死の泉」上梓以降は「好きな世界をたのしく書くことができました」とある。自分が皆川作品を読むようになったのは、まさに「死の泉」からで、なるほどなるほどと納得。ここに収められたような短篇群は、その土台であり「泥道ですけど、経てこなくてはならない歳月でした」ともあって、長く書き続けてきたことの重みが伝わってきた。
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一つ一つ短い話だが、内容は重たく濃厚な余韻を残す。
まさにこれが皆川博子の世界観。
生々しくも残酷で、それでいて美しい旋律のよう。人によっては後味の悪さを感じるかもしれないが、これが人生というのも一つの真理なのかもしれない。
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単行本未収録の16編の短編集で、『夜のリフレイン』と対をなす。
なので初出は1976年〜1996年の「小説宝石」をはじめとする諸誌。
年代順に並べられているが、嫉妬からサーカスのオートバイ乗りと一緒に事故死で心中しようとする表題作が一番鮮烈。前半は嫉妬がテーマになっている作品が多い。
少女ための私立更生施設の寮監からみた収容生の話「魔笛」は、不条理と憎しみをもっと深めて長編になりそうな物語。
終わりに近づくにつれミステリーの傾向が強まっていくが、皆川博子はミステリーより不条理、不可思議の物語が好き。
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短編集16編
忘れられていた原稿がみごとに蘇って読むことができた幸い.どれも素晴らしく皆川ワールドである.特に表題作,兎狩り,死化粧が好きだった.ほたる式部秘抄は軽妙でシャレっ気があって結末が明るくこういうのもいい.
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日下三蔵氏の執念が生んだ短編集、とでも言うべきか、版元を超えてタッグが組まれ、「夜のリフレーン」と対を成す一冊。
いわゆる幻想小説にカテゴライズされる作品が主だった「夜のリフレーン」と異なり、少しヴォリュームがあるミステリーを中心に収められている。
とは言いつつ幻想的なテイストが横溢するものがあったり、古典芸能の裏側を描いた作品があったりと、中世~近代欧州を舞台とする長編群とはまた趣を異にしながら、実に皆川博子氏らしい物語が並んでいる。
個人的には、小粋なタッチで遊び心が満載の「ほたる式部秘抄」が秀逸で、強く印象に残った。
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またしても、40年以上前に書かれたという驚異のミステリ短編集。
表題作「夜のアポロン」きっと誰しもが絶望している。自分に、他人に、世界に、愛する人に。
「兎狩り」この淡々とした残忍さが・・・皆川節だよなあ・・・。
「冬虫夏草」良い意味で女臭さが際立つ。
「沼」誰だって見たいものだけを見て、見えないものしか見ることができないのだ。
「致死量の夢」愛しい名前をただ叫ぶ女。その絶叫をただ聞くともなく聞く女。
「雪の下の殺意」人知れず行われた駆け引き、身を裂く愛。
「死化粧」収録作で一番好きです。おさない殺意とひそやかな片恋と、つれないあなた。
「ガラス玉遊戯」どんなに近くにいても、逆に離れていても、誰しもが自分の寂しさを埋められない。
「魔笛」百合心中オチ・・・だと・・・。
「サマー・キャンプ」毒の海で泳いでいるような気色の悪さ。
「アニマル・パーティ」自分だけは正常だなんて、とんだ思い上がり。
「CFの女」皆川先生にしてはストレートなミステリ。
「はっぴい・えんど」・・・な訳ないだろ!!!!!!!!皆川博子作品だぞ!!!!!!????????
「ほたる式部秘抄」なあんだ、珍しくほのぼのした皆川ミステリ・・・と思わせておいて、ラストのラストで突き落とされます。
「閉ざされた庭」鬱屈を抱えた少女がそのまま大人になり、誰しもがそのことに気が付かない。気が付いてあげられない。
「塩の娘」今回の「猫舌男爵」枠。そんなイメージ。皆川先生のこういうノリ、もっと読みたい。
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幻想的な短編集。一応ミステリ、とされているので。ミステリとして読めるものが多いけれど。一概にくくれるものじゃないですね。しかし幻想にしろミステリにしろ、どの作品も素敵なのは確か。
お気に入りは「致死量の夢」「死化粧」。おそらく収録された作品の中でも一番ミステリとして読める作品かな。だけど物語を取り巻くあまりに危うい美しさに呑み込まれて、酔いしれたまま結末まで一気に運ばれた印象。
「はっぴい・えんど」もいいなあ。ある意味最高に素敵なハッピーエンド……?
そしてラストの「塩の娘」がなんともユーモラスで印象的でした。ちょっとした遊び心も見えて、これが最後というのはなんだかすっきりするかも。
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「夜のリフレーン」と対を成す単行本未収録短篇集。76年から96年の16作。
改めて言うが単行本未収録でここまでのクオリティ。全然書き散らしていないのだ。
「小説の女王」と呼ばれる所以もここで、小説への愛が小説を書かせているのだ。
一作ごとに語りの形式を工夫し、作者の好みや興味を突き詰めることで熟成される、短編小説の粋、まさにここにあり。
ある時代のある女性が感じていた感情のフレイバーが、数十年後のおっさんに、ここまでびんびん響くとは。
少女的な厭世観に浸されたいという願望が、あるんだ。それを皆川博子が、満たしてくれるんだ。
しかし皆川博子は甘美な少女時代に読者を封じ込めない。「かつて少女だった成人女性」の視点も忘れないのだ(「閉ざされた庭」)。
そしてまた、「兎狩り」に描かれた、青年をこじらせたおじさんの恐ろしさよ。中高生のころに「兎狩り」を読んでいたらヤバかっただろう。中上健次レベルの毒。
それなのにインタビューを読むと、大変チャーミングな御方なのだ。恋しちゃうよ。
夜のアポロン 兎狩り★ 冬虫夏草★ 沼 致死量の夢★ 雪の下の殺意 死化粧★ ガラス玉遊戯 魔笛★ サマー・キャンプ アニマル・パーティ★ CFの女 はっぴい・えんど ほたる式武秘抄 閉ざされた庭★ 塩の娘
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いつ読んでも新しく思えるのだけど、かなり前に書かれたものなのかな。
世界観に浸れる貴重な作家さん。
まだまだ作品を送り出して欲しい。