紙の本
考えたことはたくさんありました
2019/05/30 16:18
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
この本は2014年7月に出版された『太陽がもったいない』を改題したもので、もっとさかのぼると2013年3月から翌年1月までWebちくまに連載されていたとなる。
さらにこの本で書かれているベランダ園芸のことは特にその期間の話と限らず、例えば「緑のカーテン」という章で書かれていることのきっかけは2011年の東日本大震災後の電力逼塞の時だし、そもそもが山崎ナオコーラさんがベランダ園芸にはまっていくのは住み始めたマンションとの相性がよかったということだろう。
書かれていることは園芸好きな読者であれば、そうそうと思わず頷きたくなるお話が多い。
例えば、「コンパニオンプランツとは」という章では「コンパニオンプランツ」を「恋占い」を想起させるといった記述など、そうか誰でも根拠も知らずについやってしまうものだとあらためて自覚させられたりする。
あるいは「残酷な間引き」の章では、「間引きは理不尽で残酷なもの」と歯切れよく言い切ってくれる。
そして、ここからがこのエッセイの特長なのだが、これは決して園芸エッセイに特化したものではなく、ベランダ園芸を仲立ちにし て、文学や自身のことを考えることになる。
先ほどの間引きであれば、あの文章のあとで「この残酷な世界に対峙して、新たな価値観をどう作っていけるか探るのが、作家の仕事なのかもしれない」となる。
それにしても、この連載があった当時、山崎ナオコーラさんは決して絶好調だった訳ではなく、さまざまなバッシングにあっていたようで、そのことに関しての嘆き吐息諦め、さらには逆襲、そう思えばやはり野菜や花は心を癒すのでもある。
紙の本
植物の力
2019/10/17 11:57
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ら君 - この投稿者のレビュー一覧を見る
育てる人の心の状態に関わらず、植物は正しく手をかけると育ちます。そして、育てる人の気持ちを和ませてくれます。
育てる人が深くいろいろと考るならば、植物は、思考の題材を与えてくれます。
ベランダでも、いろいろなものが栽培できるのだなあと知りました。
投稿元:
レビューを見る
小説を読んだことはないけど、おおむね淡々とした筆致の中に垣間見える信念や、この人なりの情熱の表し方がいいなぁと思った。
植物を鉢に植え、水をやり、花や果実に一喜一憂する。趣味としての園芸というのは言ってみればその繰り返しで、相手から自分に対するアクションというのはないわけだ。完成というゴール地点もない。
しかし一連の作業をしながらあれこれと、関係あることないこと考えだしたりするのはなんか、分かる。作業を書き連ねていくだけの中にふと、自分の好き嫌いを発見したり、なんで自分がこれをしているのか考察してみたり。園芸の時間はとても長い代わりにたくさんの余白を持っているんだなと思う。
「ゴミから伸びるもの」や変化朝顔から容姿の話に跳ぶ「奇形を愛でる」の話がおもしろかった。
投稿元:
レビューを見る
一度でも植物を育てた方なら、読んでて共感を覚えると思います。間引きに対する何とも言えない嫌な感じや発芽した時の喜び、突然理由も分からずに枯れてしまい悲しい思いをしたり、ホント色々有ります。
投稿元:
レビューを見る
前半は園芸の話が中心でよかった。ベランダで育てるので身近に感じられ、やり方も具体的に書いてあり、イメージしやすかった。スーパーで買ってきた野菜からバラまで、手広くやっているのも面白い。また、正しいやり方だけでなく、うまく育てられなかった話まで赤裸々なのがリアルでよかった。失敗談がのっている方がハードルが下がって、始めようとする気持ちが起こりやすい。読んでいくうちに、どれ、ネギでも育ててみるか、という気持ちになれた。しかし終盤にかけてが、少し頂けなかった。ベランダ園芸に関係のない、著者の愚痴のような自慢のような、考察の欠片もない垂れ流しの文章で、それまでのよさが消えてしまっていた。園芸をしようという気持ちも、なんかそがれてしまった。それがもったいない。
園芸の本と思って読むと、終わりにかけて著者が邪魔な構成になっていた。私が作家になりたいと思っていたのでそう感じたのかもしれない。この本を読んで作家になりたいと思えなくなった。正直にいうと、ネットの批評みたいな文章が、作家というだけでよく出版されているな、と思ってしまうところもあった。文章力や文脈の問題ではなく、そもそも不要なことや園芸からはずれたことを書きすぎているのでは。あとは仕事で一発当てて楽したい、という考えが自分には合わなかった。
作家だから何でも許されるわけではない。作家とは仕事であり、仕事はその人の本質ではない。作家である前にどういう人であるか、その部分が合わない人だったな、ということで、それも含めて勉強になった。
投稿元:
レビューを見る
太陽がもったいない、を改題していたんですね。ナオコーラさんのあとがきを読むと山崎ナオコーラさん自身の時代のうつろいを一気に感じました。2人目のお子さんを出産予定との事ですので、なによりです。
投稿元:
レビューを見る
題名に引かれて読んでみた。私も園芸を少しやっているので実用的な知識も得られて得した感じ。非常に凝る人なので中々参考になった。作家として人間として非常に誠実 正直な人なので読んでいてスカッとする。「東日本大震災の後、私は生活することが恥ずかしくなってしまった」自分を納得させたくてグリーンカーテンを始めた、という気持ちよくわかる。
投稿元:
レビューを見る
ベランダ園芸を始めたので読んでみた。
私は今まで花の苗を買ってきて植えたことしかなかったが、この本では種から育てることの面白さや深さを、どうしてそう感じるのかということが掘り下げて書かれていた。
普段ぼんやりと感じていることが明文化され、なるほどと腑に落ちることだらけで、これはもう種を撒くしかないと思った。
投稿元:
レビューを見る
ベランダ園芸私もしてるので、どんなふうにベランダ園芸してたのかなあ、と思って買いました。解説にもあるのですが「生きていく」といく気概を感じるというか、植物を通して自分のいのちを見るような一冊でした。あと、「いつか一軒家に住みたい」「庭がほしい」って、思っていいんだ、という許しみたいなものがありました。
投稿元:
レビューを見る
幼い頃、花とか、花火とか、天邪鬼であまり好きではなかった。すぐ消えるし。(まあ花束にはいつも憧れてはいたか)
でも大人になった今ではすぐ消えるものの方が良いな、と思う節がある。
儚さ云々ではなく、単にものが増えることに少し躊躇いが出てきた。
恋人には、毎年記念日に観葉植物をプレゼントする。いつか気付いた時にジャングルみたいになっていたら面白いなと思う。
今年は苗だけで鉢植えは一緒に買いに行くことにした。自分でもほんの少し植物を育てたり、月に1回か2回生け花をするようになり、切り花も美しく、何となく気持ちが晴れやかになって良いな、と思うようになった。
そんなタイミングでたまたまこの本に出会って心が躍った。
とにかくナオコーラさんの文章が好きで、ナオコーラさんが書いたものを読みたくて、書店で検索するとたまたまこの本が並んでいた。
私はあれこれ考え続けることがすごく好きで、自分を好きになるために、自分を幸せにするために生きようと思っている。
いや、普段はあまりそんなこと考えていない。
だけどこの本を読みながらそんなことを思った。
筆者が賃貸マンションのベランダで家庭菜園をして、それを通して気がついたことや考えたことを書き留めているようなエッセイたちなんだけど、気がついたら読みながら人生のことを考えてしまって笑ってしまう。
解説の藤野可織さんも「生きいく」という気概というテーマで解説を書いていて、さらに笑ってしまう。
なんだかナオコーラさんの文章は、私はこんなふうに生きるぞ、という自分の軸のようなものを考えさせられる。本人はあまり意図していないんだろうけど。
バジルはいつか育てたいと思っていたけど、とりあえずディルも育ててみたいな。
春が待ち遠しくなりました。
投稿元:
レビューを見る
この本はとても読みやすい導入で、初日に一気に半分まで読んでしまった。植物との出会い、育て方、組み合わせ方、間引き方、それに対する想いなどエッセイとして追体験と、教えてもらえるような感じがした。
中文、ナオコーラさんは世間の声や見え方を気にされるのだな、という文章が所々に見られたが、それでも、振り絞るように本音を書き残してくれていて、代弁してくれているような気持ちと、本を読むからには出会いたかった本音が少し見えたのがよかった。
個人的には、「ゴミ」という言葉が好きということ(没案が出来ても肯定が出来るし)、「借景」で引用されている百合子さんの文章が心に残る。
最後の章に向かうにつれ、美しくも悲しく、悲しくも美しい園芸との距離感が描かれていく。人生の、機を選んでくれない感じが、描かれている本の世界の幅を広げているように思う。自分も、近所に川があり散歩をするのが好きだ。また、長野に行った時、山が雄大と聳え立つことに安心をする。自分以外の時の流れがある、ということに安心する。この人もそう思っていたのだ、自分と同じことを感じて生きている先輩がいるのだ、ということが知られて心が広くなる感じがした。
園芸の話から、生きることに緩やかにつながっていく魅力があった。
投稿元:
レビューを見る
山崎ナオコーラさんが園芸を通じて考えたことのエッセイ。
著者も書いているように高齢化社会に於いて趣味はますます重要になると思う。
どの趣味がいいかと悪いとかはなく、園芸でも登山でも楽器でも趣味を通してテクニックだけを学ぶ人と新たなアイデアや死生観を得たりする人までいて、結局は感性なんだろうな。
「ともかくも、私はこの先の人生を、読書をし、執筆し、草花を育て、畑を耕し、散歩をして生きていく。」P204