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最近精神科に関連するニュースを見て、精神科の入院について考えてみたくて手に取ったのが本書(40年入院した男性、神出病院での虐待事件など)。
著者は浦河赤十字病院の精神科で、入院患者を次々と退院させていた。病床は空き、精神科は採算が取れなくなる。経営コンサルタントが「ベッドを埋めるか、やめるか」だ、と言うのを転機に、「ひがし町診療所」を中心とする、独自の支援体制を作りあげる。
診療所に通う人たちは、病気をそのまま受け入れつつ、日常生活を送っている。幻聴があっても、日常生活を過ごせるように、患者とスタッフはもちろん、患者同士などさまざまなネットワークを作って、社会的にサポートしている。
著者、病気は結果であって原因ではない、と言う。精神病では、病気が悪化して、日常生活が過ごせなくなって、入院する、と考えられてきたのだけども、実は日常生活が立ち行かなくなって、病気が悪化し、負の連鎖に陥ることが多い。だから、病気を治して日常生活を送れるようにするのではなくて、まず日常生活を送れるように、医療も含めてサポートしてゆくというアプローチが、私には真新しいものだった。
そもそも精神科でも適正な処方によって、ありていに言えば「薬漬け」をやめよう、という話は日本でもあると思うのだが、患者にために住居を用意したり、ひとつの街を作ろうとする著者らの試みは、既存の医療ではとらえられないし、医師の仕事を明らかに超えている。これがまあ読んでいて面白いし、著者らもワクワクしてやったことが成功の一因だろう。
やはり医療という枠だけではできない部分が間違いなくあるし、生活全般におけるエンパワーメントの方法として、街を作ってしまうのは、究極的には理想なのではないか。それを実現してしまうのが驚くべきことだ。
精神科患者の自立という点では、イタリアのバザリア法も思い出すけれど、本書でも言及されていた。バザリアの思想と、期せずして通じる部分もあるようだ。だがイタリアのバザリア法は1978年に施行されていて、やはり日本の精神科医療では「精神科医療はどうあるべきか」という根本的な議論が随分未成熟だったのではないかと感じざるを得ない。
バザリア法については、「人生、ここにあり (Si Puo fare : やればできるさ)」という映画も、精神障害者たちが現実に葛藤してゆく物語で面白いのでお薦めしておきたい。
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タイトルのインパクトが強いけど、医療者が薬でコントロールして押さえつけることではない、ということが言いたいのかなと、思った。心に残る考え方がたくさんつまっていた。
意思決定支援の視点も多かった。周りが良かれと決めちゃう、それは誰にとって良いこと?なりがちだし、意思決定能力の有無の判断についても、もっとよく考えなくちゃ。
支えてる側だって、人は1人で生きてないし、正解はひとつじゃない。いろんな人のいろんな意見や立場や個性で支え合って生きてる。
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何が普通で 何がそうでないのか
何が健常で 何がそうでないのか
斉藤道雄さんの本を読むたびに
深く考えさせられる
「べてるの家」に関する著作の時にも
たっぷり考えさせてもらいましたが、
今回は そのより発展した形での
「今」ということで
より思考をほぐしてもらえた気がします
「治したくない」
よくも 名付けたり
見事な 書名ですね
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「べてるの家」について書いてきた著者であるが、これまでは当事者と彼らを支える向谷地さんの話が主であった。今回は、浦河日赤精神科がなくなり、「ひがし町診療所」が立ち上がり、そこでの経緯ややり取りを通じて、川村医師の人となりを伝え、精神障害者が地域でいかに生きているかを述べられた本である。今回は川村医師と彼を取り巻く当事者とスタッフのやり取りが中心であるが、当事者と援助者だけでの関係ではなく、ヒトとヒトがいかに関わっていくかを考えていくのにたくさんのヒントが詰まった本である。そのヒントの文として、「『しっかりしてない』たくさんの人たちがかかわるという援助のあり方は、じつは地域を作る上での核となる考え方ではないだろうか」「考えながら問題を引き受け、その時々に右往左往しつつさらに考え悩むとき、私達は自分自身の苦労を担い、自分自身の生き方を取り戻すことになるからだ」「なぜ失敗し、なぜ自分にはできないのかと悩みなげくとき、そしてまたその悩みを仲間とともに語るとき、そこには再生の契機がある」など。最後の章は、「出会い」。オープンダイアログ(OD)との共通性も感じるし、現在、当事者研究はODとも共同している。
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おもに医療やコミュニティのお話なのだけど、哲学や芸術のこととしても読むことができる。「社会/個人」などといった二項対立の間にある「/」についてもっと考えていこうぜっていう提言。とても良い本。
ただ、これはこれとして非常に存在意義のある本なのだけれど、ひがし町診療所の取り組みをもう少し簡便に伝えるような本もあればなおよいかと。
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読む前の書名からのイメージ。治ったら診療所を出ていくからそうしたくない。
読んだら違った。
治すことを目標にしなくなった、と書いたら誤解だろうか。
先生やスタッフの方の具体的な対応も学べるが、方向性や心の持ちようが印象に残った。
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「くらしと教育をつなぐ We」2022年12・1月号の「日々、手話、楽し。」という明晴学園の事務職員で手話通訳者で学園の写真を撮っている清水愛さんのインタビューを読んだ→この学園の校長だった斉藤道雄さんというジャーナリストを知った→著作を読みたいなと思った
北海道の浦河というところで、日赤病院の精神科医だった川村敏明先生が開いた小さな診療所の記録。
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北海道の浦河でひがし町診療所を運営する川村敏明先生が、精神科の患者にどのように対応しているかを克明に記述した本だが、出てくるエピソードが全てユニークで非常に考えさせられた.所謂、統合失調症の患者が入院しないで普通の生活を営めるように支援することを実践しているのだが、医者とスタッフの連携が素晴らしく、余裕を持って対応して環境を維持しているのが特筆ものだ.様々な症状が出る患者を薬で抑えるのではなく、人間として対応することで自尊心を復活させるものだと理解した.大変なことだが、それを続けていることは敬服に値すると思う.
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みすず書房
斉藤道雄 「治したくない」
総合失調症患者を 薬やベットから解放し、医療から生活ケアに 治療の重点を置いた「ひがし町診療所」のドキュメンタリー
「診療所の日々のありようは〜答えはない けれど 意味はある」という言葉から、治らない病気に向き合う無力感、そんな中で自分が何を求められているのか問い続ける探究心が 伝わってくる
当事者研究(患者が自分の病気を見直そうとする試み)としての様々なミーティングは 、解決を求めるのでなく、語る場を設け、たっぷりムダな話をしながら、まわり道と脱線を重ねて、少しずつ改善していく様子が読みとれる