紙の本
漫画家矢口高雄さんの最後のメッセージ
2021/05/26 06:55
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「釣りキチ三平」や「マタギ」、「おらが村」などで多くのファンを持つ漫画家矢口高雄さんが81歳で亡くなったのは2020年11月20日のことでした。
その矢口さんの「外伝」とつけられたこの本が出版されたのは翌月12月のことです。
矢口さんが亡くなるとは著者の藤澤志穂子さんは思いもしなかったでしょう。
ただ出版が大詰めになる頃は矢口さんの体調は思わしくなかったそうですから、矢口さんの生前に読んでもらえなかったことを藤澤さんはどんなに悔しかったことかと思います。
なので、この本の「あとがき」は「追悼にかえて」という文章になっています。
藤澤さんは東京出身の大手新聞社の経済記者でした。
取り立てて矢口漫画のファンではなかった彼女が何故矢口さんの本を書くようになったか。
きっかけは藤澤さんが新聞社の異動で秋田支局に赴任いたことでした。
そこで、矢口さんが故郷の横手市増田にある「まんが美術館」に尽力されていることを知ります。
矢口さんはかつて漫画が「悪書」として迫害されていた時代のことを知っています。
漫画は未来に残すべき遺産になる運動をすることで、「悪書」とする時代が二度と来ないようにしたい。それが漫画に対する恩返しだという思いです。
そして、矢口さんが描く漫画が自然の良さ厳しさを教えるものであること、などが藤澤さんが地方で暮らすことで得た知恵になっていきます。
この本は矢口さんの評伝ではありませんが、矢口さんとの30回以上に及ぶインタビューで生まれたものです。
まさに矢口高雄さんの、最後のメッセージといえる一冊です。
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矢口高雄氏逝去後すぐにタイムリーに刊行されたジャーナリストによるドキュメンタリーだが、取材期間は5年以上と長く付け焼刃的な内容ではなく濃くしっかりとした評伝だった。
もともと私は「マタギ」のファンで1970年代に購入してからずっと大切に今も愛読書として持っている。
矢口氏逝去後、「僕の蛍雪時代」「奥の細道」ほか「ボクの先生は山と川」など自伝エッセイや自伝漫画をいくつか読ませてもらった。
時代と境遇と自分の人生にまっすぐに向き合った人だったという印象。子供時代は貧しい農家で自然と農業と向き合い、学生生活は遠路を通学しながらクラブ活動に勉学にいそしみ、銀行員になってからは行員として一生懸命働き、転じてからも漫画家として精進しつづけ、漫画文化の保存発展にも最後まで尽くした。ひとつひとつの人生を一生懸命に丁寧に生きてきたひとだからこそ次の人生の転機にステップアップできたのだと思う。一本筋の通った人生を歩まれた方。
自分の人生と照らしてみて、自分はその時その時を真剣に生きてきただろうかと反芻すると矢口氏ほど真剣に生きてはこなかった気がする。自分の人生はあきらめることが多すぎた気が。
どの漫画家さんに言わせても「自然描写が素晴らしい」。
私も同感だ。秋田の田舎で自然と対峙しながら生きてきたひとでなければ描けない自然がそこにあり都会生まれ都会育ちの私ではとうてい描けない世界が矢口高雄作品の魅力の源泉だと思う。
ガロの長井さんに「絵がヘタ」と言われたのは意外。基本的に絵がうまい人だと思うのだが?
気づいたときは少年マガジンで「釣りキチ三平」を描かれていたのでガロ出身の漫画家さんとは知らず。でも「マタギ」は確かにガロ的かも。
この方の人生のキーマンとしてお母様(アバ)と奥様の存在が大きい。奥様の語る矢口高雄伝も読みたいものだ。どこかの出版社さん企画してくれないかな?
満足度★★★★
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最近再評価されるマンガ家。秋田県の山村に生まれ地方銀行員から上京しマンガ家に。故郷への思いとマンガの地位向上や原画の保管に捧げた人生。
リアルタイムで存在は知っていたマンガ家であるが、最近初めて読み始めた作家。ヤマケイ文庫で再販され売上げも好調なようだ。
代表作「釣りキチ三平」で知られるように、自然と人との戦いや共存を主に主題とした数々の作品。
自分は完全に都会育ち、だが両親は田舎からの上京組。田舎暮らしの経験がなくとも矢口高雄作品にはどこかノスタルジックなものを感じる。縄文の時代から日本人の遺伝子に組み込まれた何かが私の中にも存在しているのかもしれない。
本評伝は何年にもわたり、本人に取材を重ねている。残念ながらギリギリ間に合わず出版直前に本人は亡くなる。だが関係者への取材も含め本書のようなカタチで一人のマンガ家の生涯が残ったことは素晴らしいことであろう。
本書を機に他の矢口高雄作品にもっともっと触れてみたいと思う。
地道な取材を重ねた末の質の高い評伝でした。
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矢口先生のインタビュー本。
前半は先生に聞いた話などもあるが、後半以降矢口先生の著書紹介や、関係者の名前の羅列で終わることが多く、昭和三部作を読んでいればあまり真新しいことはないなと感じた。
唯一の例外が、増田まんが美術館についてで、自分の名前を冠すると没後に廃れる、漫画は海外に通じる美術品に相当する、原画保存のための電子化、など先生の思いが強く出ていて、ページが結構割かれていた。
安定した人生を捨ててまんが家になった人なので、目標や論点がハッキリしているが、先生自身の著書がかなりわかりやすいので、それらを読み終わってからでよかったかなーと思った。
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矢口高雄先生は漫画家の中で一番僕に影響を与えたと言っても過言ではありません。「六三四の剣」の村上もとか先生からも多大な影響を受けましたが、なんと言っても「釣りキチ三平」からの影響は本当に甚大です。
そしてこの本は矢口先生ではなく第三者が書いているので、その方の主観と自分語りが有ってちょっとそこ要らない。という部分が沢山ありました。もっと矢口ワールドにどっぷり漬かりたかったですが、それは漫画を読めって感じですよね。