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こういうことを男性が書いたことに価値があると思う。女性がいつも怒り我慢していることを取り上げてくれた。しかし、ちょっと説明がまわりくどい。
編集者Kさんの太い文字を読むだけでgood!
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「夜にゴミ出しに行くのが怖い」
友達に言った時に失笑されたのが嫌だった。
その友達はわたしのビビり方にあまりにも大袈裟すぎるという意味で笑ったと解釈したから流したけどそもそも、夜出歩くことになんでこんなにビビらなきゃいけなくなってるのか。
「医者をつくるのには1億もかかるんだから人生に休止期間が多い女性がその機会が剥奪されるのは正当だ」みたいな、は?と思考停止せざるを得ない「普通」がまかり通っているのか。穴埋めができない社会システムが問題だと思わないのか。
どうしてみんな平気で生きていられるのか、どうしても「笑っている女」にはなれなくてずっと耐えられなくてひとりで怒っていて、ああでもわたしも笑わなくちゃいけない?と悩んでいたときにやっぱりこんなクソみたいな世の中怒ってキレて生き延びて当たり前だよなと思った。
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日本において起きているマチズモを読み解いていく本。
満員電車や夜道など全体的に公の空間が男性が圧倒的な力を持っている。
体育会系部活と仕事の繋がりや不動産屋の仕事、トイレの便座など幅広い場面の話が盛りだくさん。
女性が痴漢の話をしていると「でも冤罪あるじゃん?」と反論する男性がいるのはやはり女性側の問題を問題視していない、真剣に取り合ってくれていないんだなと改めて感じた。いつもモヤモヤした気持ちになっていたが、砂鉄さんの文章を読んで少しスッキリした。
初めて武田砂鉄さんの本を読んだが、言い方が激しめでキツい口調で逆に面白かった。やはり男性目線からマチズモや男性特権について語られているのがポイント大きいのかなと思った。
星が3つなのはあくまでもそうなのか!という新しい発見がなかっただけで、中身はとても素晴らしかった。
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やっぱり砂鉄さん、着眼点が素敵過ぎ。まず、何だかんだ言って男性優位の社会、ってのは大いに納得。そんな中、自覚的にせよ無自覚的にせよ、自身の内に巣食ったマチズモを抉り出し、まずはそれと向き合うためにも本書は必読。この中でもちょくちょく顔を出す、”何がいけないのかわからない”という、凝り固まった旧態依然を、少しずつでも解きほぐす作業を怠ってはならない。
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マチズモとは男性優位主義のことで、今や男女平等とかは当然の前提であって、そんなに露骨に男女で差別をすることは少なくなっているように感じる。
だが、そう思っているのは男性の側だけで、まだまだ日本社会には当然の前提であるものが男性が優位であったり、そういうことになっていると言って見直されてこなかったものが多い。
この本では、そんな事例を雑誌「すばる」の担当編集者であるKさんからの手紙による指摘という形でいくつも紐解いていく。
こんなことにもマチズモが潜んでいたのかと気付かされる。
世の中には行き過ぎたフェミニズムという表現でそれを毛嫌いする層が一定数いる。
だが、その前に現在当たり前になっている構図、例えば本書によれば、オジさんが若い女子に教えてあげるという構図があるが、それこそがマチズモの典型だという。
言われてみれば、確かにそうだ。
若い女性には知識がなく、年を取った男性が教える側になっているという形がありがたがられる世の中の形。
「そういうことになっている」で片付けられる様々な事柄。
世間にあふれるそのようなものに疑問を次々と投げかける本だ。
実に興味深い視点で面白かった。
自分も常に疑問を持っていきたい。
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身近に潜む男性優位主義を、編集者がお題を出し筆者が考察していくというスタイルで暴く。賃金、家事や育児や介護という定番でなく、ふだん気づきにいが言われてみれば確かにおかしいな、と思う視点からの切り口が面白かった。特に、不動産の内覧、女に会話に口を挟ませない、寿司屋やバーで繰り広げられる人間関係、人事権で行使される差別などは、これまでほとんど考えたこともなかった。ごく単純にいえば、女性は身体面と社会制度上で「弱者」扱いされている。男性優位主義者の主張の多くが「これまでこうだったのだからこうなのだ」という強弁に集約されるのは、強者=既得権益受給者、多数派、体制側が主に男であって、マチズモが改まらないのは本当は根拠もない強者である人たちの地位が脅かされることにあるのだという主張に賛同する。フェミニズムの意見をすると、別にその人の批判でもないのに「男を批判された」と、自分が男の代表のように怒り出す人がいる、とあとがきにあったが、これなどは、先述の自分の地位が脅かされる恐怖心の裏返しなのだろうと思う。
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すごーく読み進めるのに時間がかかかる。なぜなら、書いてあることひとつひとつの事例に都度あなたはどう考える?と投げかけられているような感覚があり、立ち止まるから。
こんなに時間がかかる本はないけど、読むと自分の想像力を鍛えられる。
まだまだ手にとって考えていこう。
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男社会への反撃のノロシとまではいかないが、男らしさなどに象徴されるそこかしらにある印、空気を壊そうとしている。とてもよくわかり共感できるが、たいていの男にはわからないだろう。
こういう本が増えていることは嬉しいが、こういう本が出ているようではまだまだだ。
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“二歩下がらずに歩く。 ぶつかってきた男を許さない。 ベビーカーの利用を他のお客さまに配慮したくない。一人前ちゃんと食べたい。好き勝手歩きたい。歩かせろ。”
“男はどこでも歩ける。ぶつかっても、他者が理由を与えてくれる。 上司に怒られて大変だったんだろ、だってさ。 女だってぶつかってくるヤツいるもんな、だってさ。いつもケアしている女がケアを外した言動を見せるだけで、男は動揺する。”(p.31)
“この社会に充満しているのは、「そういうことになっているから、そういうことにしておけ」である。 とにかく、現状維持を欲する。保身がそうさせる。実は、とっても不安なのだ。 裏に回ると、その背中は怯えて震えているのだ。怯えているのに、居丈高なのだ。自分たちが割を食わないように目を光らせている。社会や組織が自分を守り続けてくれることを願っている。 そこで潰されてきたのは間違いなく女性である。”(p.302)
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「就活でポニーテールにして面接に臨むと清楚に見えて面接官のウケが良い」というエピソードを読んで思い出したことがあった。
私が就活していた頃は「女子はどんなに寒くてもパンツスーツは着ない方がいい。スーツは必ずスカートで。」と言われていた。
タイツもNGとされていたので寒い中スカートにストッキングで就活していたのを覚えている。
おかしいと思っていたが、落とされたら困るからだ。
では、なぜパンツスーツはNGなのか。
「生意気に見えるから」だそうだ。
「生意気だから」ではない。
「生意気に見える」から。
本当に本当に意味がわからないのだが、ポニーテール問題と根っこは同じで、女子学生は面接官=男に承認されなければいけないのだ。
(ただ、最近の就活生を見ているとパンツスーツの女子学生をよく見かけるようになった。
まじでどっちでもいいと思っているので、女子学生には好きな方を履いてほしいと思う。)
「会話に参加させない」というのもハッとした。
意図的に仲間に入れず、「女であるお前は自己主張するな」という空気を感じたことはあるが、違和感を覚える程度でこれはどういうことなんだとつきつめて考えていなかったので、言語化されて理解できてスッキリした。
寿司の章はもやもやしてしまった。
『ザ・ノンフィクション』の上京物語も観ていたので、男性が先輩から可愛がられているのに対して女性がなかなか会話に入れないシーンを思い出してぶんぶんうなずきながら読んだ。
「いやいや、お前北大路魯山人かよ!」というツッコミ、今度から使おうと思います。
そして、編集者のKさんが本当に素晴らしい。
私ももっと怒らなくては、というポジティブな気持ちにさせられた。
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編集Kさんの檄文を受けての砂鉄さんの軽快なリズムのある文章。
一気に読んでしまった。
息を着く間を与えないツッコミ、とてもいい。
おわりに、に書いてあったように、一気にマチズモがなくなることはないから、日々、少しずつ削っていくしかない。
ひっかかることがあったら、それは何で?と言ってみる。まずはそこから。
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うーん、この人の言うことはわからないではないんだけど、で、この人はライターだからこういう手段での世の中に問題提起をしているわけだが、もっとご自身でこれこれこうしてみたけど、というような実力行使はされないのだろうか。
自分も男性だし、この本でいうマチズモな場面はよく目にしてきたし、むしろ自分がやってきたことも多いだろう。でも、正当化と言わば言え、今更変えられないよ、というのが正直なところだなあ。そもそもこのジェンダーレスの時代に、男性優位って、どこまでそう思っているのかな、当の女性の皆さんは…
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20ページ程で読むのをやめてしまった。
女性の生きづらさ、男性優位な社会、という現実は理解しているが、ここまで強い主張を見ると疲れてしまう。
『それでも立って尿をするのか」という章があったが、これは途轍もなく論点がズレている。
男女平等論を考えるときにいつも思うのは、「そもそも身体的な差異がある絶対条件のもと、何をもって平等とするのかが曖昧」ということだ。
人間と犬猫を平等に、とするぐらい難しい問いだと思う。
大事なのは、平等にすることではなく、相互に理解を深め、慮れる社会を作ることではないだろうか。
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あまりに頷けることばっかりで、頷き過ぎて首がちぎれそう。
フェミニズムは男性を貶めるものだと思い込み、やたらフェミニズムに憎しみを抱く人がいて、そういう人はフェミニストは女性かトランスジェンダーの人しかいないと思ってるけど(この本にも取り上げられた作家とかね)、アディーチェも言ってるように男も女もみんなフェミニストじゃなきゃね。
この本が良かったことの一つは、著者が男性だということ。現代日本で権力を持っている男性に是非とも読んで欲しい。
立って放尿するなら、掃除もしろよ。ほんと。
この本は結構売れているようで、ということは男性読者もいるのだと思う。それも嬉しい。
しかし、#MeToo運動を支援した男性議員に対して「もしかして枝○にケツでも掘られたか?はたまた福○に舐められたか?ならMeTooの資格ありや。」とツィートした作家の本の方がずっと売れている。
買ってる人たちはこんなおぞましいほど下劣な作家を支持していると胸を張って言えるのか。
インテリを自認する男のいやらしさ、男のプライドをくすぐり持ち上げるだけの「会話美人」(めちゃくちゃモテる)。
ほんと、たくさん見たわ。
引用しだすと止まらないからやめておくけど、ここだけは。
「オレがこう思っているんだからこうだろ、に対して、別にそっちがそう思っているからって、そう決まっているわけではないでしょ、と切り返していく。」(p180)
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本書のタイトル「マチズモ」とはスペイン語のマッチョ(男らしい男)が変化した言葉で、「男性優位主義」の事です。男性優位主義を削り取れ、男性側からの問題提起を行います。社会や生活のあらゆる場面でのマチズモが縦横に語られる。スポーツの場面では「男をみせろ」「男泣き」などマチズモが溢れ、一方で女性アスリートには性の商品化、ルッキズムが優先する不条理。今、男性が、男性であるという理由だけで獲得してきた権威がようやくグラつきつつあるなかで、男性同士の契りで動かしてきた護送船団社会に、もうそういった社会ではないと投げかける。男女問わず手に取って、マチズモの不条理への理解を深めるべきではないか。