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紙の本
マグロ漁の1,770日間、または転職の論理のこと
2009/12/20 14:07
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:風紋 - この投稿者のレビュー一覧を見る
著者は、広告代理店勤務をへてフリーライターになった。不規則な生活が続き、仕事の行き詰まりから酒量が増えた。
生活を立て直すべく遠洋漁業の取材を志し、高知の安芸を訪問。しかし、漁労の経験がなくコネもない28歳の素人に室津船員斡旋所は難色を示す。食堂を手伝いつつ待つこと1年半、なじみになった甲板長のあっせんで、晴れてマグロ漁船、第16合栄丸に乗り組むことになった。
機関部員として採用された初航海が終わりに近づいたころ、急病のコック長を代理した。直前まで勤めていた食堂で調理を覚えた経験が活きた。その後二度、コック長として海へ出た。
本書は、主として最後の航海をつづる。新造の第36合栄丸(299トン)とともに過ごした1,770日間である。
マグロ漁業について何もしらない者には、その実情が興味深い。
たとえば延縄(はえなわ)と呼ばれる漁法、あるいは年々ますマグロ漁業の頽勢。
後者は、200カイリ問題、資源の枯渇、漁獲制限、輸入マグロの増加、魚価の低迷が経営を圧迫している。日かつ連(日本鰹鮪漁業協同組合連合会)は自主リストラの措置(減船)で対処しているが、国外に売却した中古船が国際条約に加盟していない国に船籍を移されて(便宜置籍船)密漁に走り、密漁されたマグロがわが国に輸入されて魚価をさらに下げる、という悪循環をもたらしている。
こうした鳥瞰的視点も入っているものの、本書がつたえるのは、あくまで著者の目で見た船員たちの生活と行動である。
たとえばひとたび漁となれば15時間ぶっとおしの激務が待ち受けている。少々の体調悪化はおして働かねばならない。その根性がなければ、同僚たちから浮きあがってしまう。
あるいは身近にある数々の危険。指の骨折や切断があり、刺傷もある。大波やローリングによる転落は、他船の場合だが、本書にも度々出てくる。著者もまた摂氏5度の野菜庫(内側からは開かない)に閉じこめられた。
他方、魚群を求めて移動する間、空いた時間を船員は気ままに過ごす。狭い船内だが、陸とは違った自由がある。ビデオを撮影して家族に送る者、家族を語る者。のど自慢大会も開かれる。
第36合栄丸は、漁労長の統率力ゆえに人間関係に恵まれていた、と著者はいう。幾つかのエピソードがその述懐を保証する。
その第36合栄丸でさえ、漁労長が倒れたとき、長期間の航海からくるストレスや不漁の苛立ちが噴き出て「派閥」が生じ、一触即発の状態になった。小集団が長期間、狭い空間で行動をともにすると、やはり無理がくるのだ。著者の船は、新しい漁労長が就任して、気分が一新されたのだけれど。
劇的な場面はあるが、日々は概して単調だ。
だから、船員の関心は食べる物に向かう。限られた食材で船員の要求に応えるため、コック長は知恵をしぼり工夫をこらさねばならない。手をかければ反応は良好だし、手抜きすれば反応は冷たい。
このあたりの機微に目覚めた著者は、陸にあがって居酒屋を営むことにした。またしても転職・・・・しかし、このたびの転職には内在的要請がある。少なくとも、フリーライター時代の不規則な生活と縁が切れたことは確かだ。
第7回小学館ノンフィクション大賞受賞作品。
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