紙の本
室生犀星が家族を大切にするのには訳がある
2019/01/27 18:43
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投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
主人公の作家、平四郎が伊豆に娘(杏っ子)とその友達たちと連れ立って旅行した件に出てくる「平四郎は雑誌を読みながら印刷紙のうえに、娘達の笑い声がころがり込む気がした」という表現や娘達のお弁当を食べるしぐさを白い蝶に例える表現にはやっぱり室生犀星だと驚嘆した。この時の杏っ子の病弱な友達とのやりとりと彼女が平四郎だけに見せた詩の件は天寿を全うできなかった彼女のことを思うと胸を打つ。また、芥川龍之介がひょっこりと登場して、芸者と花札に興じていたり、菊池寛が家を探していたりといったように著名な作家が実名で登場するのも楽しい。それにしても、この本の冒頭にある生い立ちがほぼ実話であるということであれば、彼が家族を大切にしていたということが納得できる
紙の本
「娘を持つ父親という生き物」はときに悩ましくも、確かに神に祝福された存在。
2011/10/20 10:49
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:辰巳屋カルダモン - この投稿者のレビュー一覧を見る
作家の平四郎と妻・りえ子、長女・杏子、長男・平之助の家族のものがたり。
著者の自伝的な小説である。ほぼ、事実にそった内容のようだ。
読んでいて疑問符が渦巻く、かなり特殊な家庭である。
妻が病に臥せっていることもあり、父子の密度は非常に濃い。
それは、子供たち、そしてその友人までもが「平四郎さん」時には「平四郎」と父親を名前で呼ぶ点に集約される。
夏目漱石を「漱石」と呼ぶ感覚だ、というのだが。
年頃になり、姉弟とも「結婚せねばならぬ」ことになる。
本人たちは他人事のようで、父親まかせ。頼みの平四郎の判断基準もかなり甘い。
少しでも顔見知りの男の方がいい、とにかく美人でなくては、など。
相手の人柄や経済状態は、たいして問題にしない。
結果、すぐに破綻がきて、ふたりそろって結婚に失敗する。
たいした騒ぎもなく、誰が反省することもない。すべてが淡々と進んで行く。
親子で交わされる会話の不思議な面白さが、この小説の読みどころだろう。
名前で呼び合うこの家庭には、お互いを一個の女、男として尊重する習慣が根付いている。
世間体や親子の縛りから放たれた、自由な雰囲気は独特なものだ。
そこに本来の肉親の遠慮のなさが加わり、ずけずけと踏み込んだ、それなのに生臭さのないドライな会話が展開する。
特に、終盤の父娘のやりとりには妙な凄みがある。
作家志望の杏子の夫は、プライドの高さは一人前以上だが、稼ぎのないダメ男。
自らへの暴言や貧乏生活には耐えた杏子だが、父親を侮辱する夫の行為は決して許さない。
禅問答のような、父娘だけのことばで話し合い、通じ合うふたり。
最終的に夫を捨て、父親を選ぶ形で実家に戻る。喜んで迎える平四郎。ハッピーエンド?
嫁いだ娘を完全に支配しコントロールした、父親としては完全勝利の形だ。
「娘を持つ父親という生き物」の夢が、これ以上ない形で表現されている。
これは、世のすべての父親に贈られたファンタジー小説かも、と思い至ったが、どうだろう。
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長編だけど、気軽に読めるお話。はっと(ほっと?)する様な描写に、作家と娘、その周囲で起こる日常生活。お気に入りです。
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これ読んで室生犀星の文章に嵌りました。こんな父娘関係かっちょいいです。「父親にとって娘とは最後の女である」。深い…。
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古本屋で何か惹かれるモノを感じて数年前に読みました。
とても長い作品なのですが、飽きません!
古さを感じさせず、読みやすかった記憶があります。
今度、再読しようっと。
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浦野所有。
◆以下、ネタバレ注意◆
作者の室生犀星が詩人であるという先入観のためか、全体的に詩的な雰囲気のただよう作品でした。詩というにはあまりにも長い、父娘ふたりの数十年の歩みをつづっているわけですけど、ほとんど直観的に筆を走らせ切ったのではないか? と思ってしまうほどストレートで、よどみなく、流麗な筆致でした。
また、抽象的な心理描写が多いことも特徴といえるでしょう。父と娘の会話も、核心のところまでは言葉に表さないですし、会話以外の部分(全体は三人称形式なのですが)でも、あまりにも細かすぎる心理描写はでてきません。それゆえ、父――平山平四郎――や、娘――杏子――ら、登場人物の表情や息づかいが、読者の頭のなかで容易に思い描くことができるのです。現代小説にありがちな、あまりにも細かすぎる、ありがた迷惑的な描写はありません。実に快く読み進められる作品でした。
ところでストーリーに関していえば、この作品は悲劇なのでしょうか。
平四郎は杏子を日本一の娘に育てあげようとしながらも、結局は平平凡凡な女にしかならず、その杏子も結婚後の生活は泥沼で、たった4年で離婚してしまいます。物語の前半から中盤にかけて、杏子の存在は、平四郎にとっての宇宙のすべてであるかのように語られます。ところが物語の後半になると、今度は平四郎が、杏子にとっての全宇宙になっているのです。
好意的にみるとこの父娘は、互いによき理解者であり、幸福そうに思えます。けれども冷静に見れば、お互い、自分の存在価値を認めてくれる肉親がいることに安心しきってしまい、自分の世界にひきこもっているだけといえなくもないような気がします。
人の一生など、思いどおりに行かないものです。夢も希望も、いつの間にか現実の前に消えてなくなり、いまの暮らしに妥協するともなく、漫然と毎日が過ぎてゆく……。まさにいまの私がそういった状況であるので、『杏っ子』の作品世界には共感できると同時に、社会を生きることの虚しささえも感じてしまうのです。
物語は全部で600ページ以上。実に起伏に富み、平四郎の出生にはじまり、苦悩に満ちた少年時代、結婚、杏子の誕生、東京大森の新居住まい、軽井沢での疎開生活、杏子の結婚と、核となる出来事が見事に連ねられています。杏子の夫・亮吉のくすぶりっぷりはあまりにも惨めですが、そもそもこの話は実話なのでしょうか?
まあ、その辺のことはさておき、これほど読みごたえがある作品は久しぶりでした。「10年前に読んでおけばよかった」と思うと同時に、「何年後かに読みなおせば、きっと違った感想をもてるに違いない」と確信できる、貴重で崇高な作品だと思います。
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「菜穂子・楡の家」と共に軽井沢にちなんだ本として紹介されていたので読みましたが、
文章時代が読みにくく、また内容的にも惹かれなかった為、途中放棄。
普通に読んだら良かったのかもしれませんが、
「軽井沢」という好きな土地のことが書かれていると思っていたので残念感がたっぷり。
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「あんずっこ」こと主人公の娘、杏子が非常に魅力的。
家族から向けられる父親への視線が注目される点。
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室生犀星の自伝的長編小説。
文庫で600ページ超という長さだし、50年以上前に書かれた小説。
正直、途中で挫折しても仕方がないと思っていたが、読んでみたらするする読める。知らない言葉もたまに出てくるが(重畳、●●輩など)、勉強になるので良かった。
作家平山平四郎が生まれるところから物語は始まり、金沢で不遇の少年時代を過ごす。大人になった平四郎は東京で作家として生計をたてるようになり、やがて娘の杏子(きょうこ)が生まれる。
杏子の成長を軸として、戦時中の暮らしなどが綴られ、何気ない日常の一コマでも当時の人々の息遣いが感じられるようで興味深い。
平四郎は杏子を自分の好みの美しい女性としてつくりあげようとしていた。これはまだわかるとしても、杏子の少女時代の友達である、美しいりさ子の足を意識して見ていたりする。とにかく「美しい女性」という存在を礼賛している。醜いよりも美しいほうがいいのは当然だけど、平四郎の女性観は少し歪んでいる気がした。
そして平四郎好みに育てられた杏子は、美しいかどうかはよくわからないが、嫁にいくことになる。物語の後半は、杏子の夫の亮吉のクズっぷりについてばかり。どうなってしまうのと思っていたら、杏子が出戻ったところであっさり終わってしまった。
ストーリーと言えばこれだけなのだが、読後の満腹感はすごい。
「作家はその晩年に及んで書いた物語や自分自身の生涯の作品を、どのように整理してゆく者であるか、あらためて自分がどのように生きてきたかを、つねにはるかにしらべ上げる必要に迫られている者である」
「私という一個の生き方に終りの句読点をも打ちたかった」
とあとがきにあるように、これは室生犀星の人生を詰め込んだ叙事詩だ。
きっと何度読んでも、読む度に違う感想が得られるだろう。
平四郎が杏子に向けるあたたかい愛情、思いやり、信頼、そして自分で決めさせようという突き放した厳しさ。自分の父親も、自分に対してこんなふうに思っているのだろうかと思って少し涙ぐんだ。
間違いなく心に残る一冊。
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じぶんのなかで室生犀星についての勘違いをしていたに違いない。ある日突然、このお金が全部なくなってしまうにちがいないというように何となく絶望を感じながらページをめくったけどそんなことはなかった。
かわいいものをめでてだけいるというのと親になるということは違うのだなあ。今は親になるということがしみじみと身にしみる。
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平四朗が娘(杏子)の交際相手の親から、もう付き合わないように娘に言ってほしい、と言われ、激高してある行動とるのが一番印象に残った。親ゆえの業であろうか。結局娘も息子も結婚に失敗してしまう。自らも私生児であったのも因果なのだろうか。興味深かったのがこの時代、男が無職で女が仕事していて結婚できたことである。
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こういう父娘もいるんだなと思った。父の幼少期の悲惨な感じに比べると、娘と息子が甘やかされてる感じもした。娘婿のモラハラぶりは読んでてもとても嫌だったが、この婿のひがみもまあ致し方ないような。ちょっとあまりに父親にべったり甘え過ぎ。息子も無職のように描かれてて、これも、え?なんで?って感じでした
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題名からは、少女の成長を想像したが、相反して特に後半は、夫婦の愛憎劇。とても子供向けの小説ではない。父親の傍観を装いながらも愛情もって娘を見守る姿が痛々しくも幸せそうである。2020.10.27
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結婚生活において女性に使役を課すことを当然と考える男たちと、それに抵抗し続ける女達。後半の、犀星自身がモデルである父親の超然ぶりが面白かったです。
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表題の語感とはかけ離れた重厚な内容。
600p弱のボリュームだが、非常に細かく区切られていて当時にしては読み疲れのしづらい構造になっている。
作者とその娘をモデルとし、娘の人生の荒波に浮き沈みし流転する日々が克明に描かれる。
現代とはかけ離れた価値観と家族への愛情を持つ作者の特異性を存分に感じれる必読の一冊。