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自分の人生について考えさせられる作品だった。
松方幸次郎さんのように熱い思いをもって生きていきたい。
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艦隊ではなく美術館を、戦争ではなく平和を。と、
戦前の日本でこれほど先進的な考えをもち行動をしていた人物がいたことに感動した。芸術は豊かな文化の象徴だと考え、美術館を設立してきた先人たちに感謝し、よくわからなかったとしても美術に触れ、感じていきたいと思った。
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およそ百年前
日本初の美術館を建てようと
フランスで絵画を買いあさった松方幸次郎氏のお話
そんな人が居たことを初めて知った
それは松方コレクションと呼ばれ
戦後、フランスより寄贈返還されて
国立近代美術館が建てられたられたという
中盤過ぎくらいまで
とくに何も起こらないので
退屈で10ページくらい読むと寝落ちする始末…
終盤になってポッと出てきた日置氏の登場で
話が引き締まり
ちょっとした感動と共に読み終えることができた
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世界観がその時代そのままなので、パリを旅しているように思える作品。昭和の、戦時下or関東大震災後or不況下、というとても不利な状況下で、たくさんの人たちが未来のため、国の発展のため、そして自らの情熱のために彼らが信じた方法で、絵画(タブロー)を守っていくお話。田代さん(本名矢代さん)と松方さんのやりとり(傑作の所以)に心が強く打たれた。そして、日置さんのつつましく愛情深い人生にも心を馳せた。
わたしたちが今当たり前に直接目にできる西洋美術があることは当たり前じゃない。一度敗戦国・日本から接収した松方コレクションを寄贈返還することに同意したフランス、そして日本の偉大なるコレクター松方さん、交渉人の田代さん、そして戦時中もずっとタブローを守り続けた日置さん、他にも絵や文化を愛する人々の心意気や支援があってこそ、のものなのだ。上野に程近くに住んでいるからこそ、より物語が近く感じられた。マハさんが小説化してくださらなかったら知る由もなかった物語だったと思う。すべてに感謝したくなる作品でした。
p.35 「あとになって、あの将軍は言っていたよ。『私は22,000人の兵卒を養わねばならん。その22,000人には、父と母と細君と子供たち、平均すれば1人につき5人がくっついておる。22,000 かけることの5…畢竟(ひつきよう)、11万人の口を糊してやらねばならん。それなのに、また負け戦をやってられるか』とな」
p.74 対日講話条約とは、第二次世界大戦における連合国諸国と日本の間の「戦争状態」を終結させるための条約である。日本は1945年、連合国諸国に対して「無条件降伏」をした。国際社会においてはあくまでもう日本は「敗戦国」であり、連合国の代表を任じるアメリカに占領されている状態、つまり未だ「戦争状態」なのである。この状態から脱却し、一国家としての主権を回復させるためには、連合国諸国との間に講話条約を成立させることが必須であった。日本が目指していたのは、あくまでも「全面講和」ーつまり、一国を漏らさず、すべての連合国が批准する講和条約の成立であった。
p.83 私たちの力及ばず、当方の言い分を全て封じられてしまいました。…あれは、「話し合い」ですらない。「申し渡し」でした。
吉田はなおも静かに西村のことを受け止めたが、やがて、ポツリとつぶやいた。
ー悔しいか。
西村の上にその一言が刺さった。熱いものがこみ上げるのをこらえて、西村は正直に答えた。
ーはい。…悔しいです。
吉田の目を正面に見て、言った。
ーそれが、敗北、と言うことだなのだよ。その気持ちを、決して忘れるな。
…敗北。その苦々しい重さは、吉田の胸にも等しくのしかかっていたはずだ。この切ない言葉は、日本人のものに指を流させ、頬に涙を伝わせた。しかし、どんなに悔しくても、それから目を逸してもならないと、吉田は言いたかったのだろう。それを起点にあるけど歩き出さなければ、日本に未来は無いのだと。
p.186 あの玄関をくぐれば、さぁ見るぞと胸が躍る。じっくりと美術品に向き合った後は、豊かな気分で玄関から出てくる。何も名画と対峙するからといって、襟を正してしゃちほこばる必要は無い。心を開いて向き合えば、笑の中から声が聞こえてくる記載する。時を越えて画家と対話することだってできる。美術館とはそういう場所なのだ。
「だから、そんな場所が日本にもあったらいいんじゃないかと、素人なりに考えたのだよ。大人も子供ワクワクする。君たちも、もちろんわしも、ワクワクする。…どうだい?面白いアイディアだと思わんかね?」
松方の言葉が胸に気持ちよく響き、田代は思わず笑みをこぼした。研究者たる自分は、俺に対して、この政策年はどういう時代背景だったとか、誰々の影響を受けているとか、構図がどうのとか、とかく頭で考えがちである。本物の上に触れたことがないにもかかわらずーいや、この目で見たことがないからこそ、時代や様式にとらわれて頭でっかちになってしまいがちなのだ。それに比べて、松方のおおらかさはどうだろう。
p.213 美術史と言う歴史学の1部分を専門とする田代は、いつの世にも歴史を塗り替える大人物が登場する「偶然=必然」を理解しているつもりである。ある歴史上の人物が出てくるのは、その時点では単なる「偶然」でしかない。しかし、後世のある地点に立脚して、歴史の中でその「偶然」を見つめたとき、それがいかに「必然」であったかがよくわかる。
例えば、レオナルドダビンチと言う稀代なの天才が出現したのは、たまたまそうなったわけではなく、何百年もの間の歴史の積み重なりの中で、少しずつ、少しずつ、準備されていき、その結果1人の天才が生まれたと言う必然であったのだと言える。つまり、様々な職人たちーその頃はまだ芸術家と言う呼称はなかったーが試行錯誤しながら何十年何百年もかけて発展させてきた絵画様式や技術が下積みとなって、レオナルドダビンチと言う1人の天才の出現を支えたとみなすことができるのではないだろうか。
自分が松方とともに、今、こうしてパリにいること。それは予想もしなかった偶然である。しかし、いつか…何十年が経った後に、あの偶然は必然だったのだと思い返す日が来るような気がする。
p.277 1枚の優れた言えば、時に幾千10,000の言葉に匹敵するほど人心を動かし、前へと進ませる力がある。あるいは立ち止まさせ、考えさせる機会を与えてくれる。自分のようなずぶの素人ですら、心底感動した絵があるのだ。
日本の青少年の多くは本物の西洋顔見たことがない。彼らのために一流の作品を詰めた美術館を日本に作ったら良いではないか。こっちから向こうへ笑を見に行くことが叶わないのならば、向こうからこっちへとへに来てもらえば良いのだ。
p.293 松方の言葉の端々に、日本人が持つ「島国根性」を叩き直したいと言う気持ちが汲み取れた。
世界は広いのだ。井の中の蛙となって大海を知らずに過ごすのではなく、社会の中の日本の立ち位置をいつも認識する努力を怠らない。我々日本人はそうあるべきだ。
そしてそのためにも、1日は美術はよき鏡になるはずだ。文化・芸術をいかに国民が享受しているかと言う事は、その国の発展のバロメーターになる。優れた美術館はその国の安定と豊かさを示してもいる。もっと言えば、国民の「幸福度」のようなものを表す指標にもなるのではないか。
自伝に続いて、自らの「美術館哲学」を連綿と語りながら、最後に松方は、こんな風に結んだ。
ー素晴らしい美術館を持つ国は、無敵艦隊を所有する国よりも、ずっと気品がある。それだけで勝っているような気がするよ。
そういったから、いや、無論、その姿勢では無敵艦隊の方が必要だがな…とすぐに前言を探した。しかしいた代は、松方は本を聞かせてくれたのだと感じた。川崎造船所の社長である以上、国にとって艦隊醤油よりも美術館開設の方がためになるとは口が裂けても言えないはずだ。
けれど、美術に触れ、次第にその世界にのめりこみつつある待つ方には、彼にしか到達できない地平が見えつつあるのではないか。つまり、決して他人には見えない真実が見えているのではないだろうか。
それは、ひょっとするとー。艦隊ではなく、美術館を。戦争ではなく、平和を。そういうことなのではないか。それがもしも誰にも打ち明けることもできない、彼の親の思いであったなら。自分は、松方の思いに賛同する。そしてそれを心に固く留めて、一生涯口外すまいー。
p.318 ジヴェルニーを流れているセーヌ川の主流、江藤側には土手が作られておらず、草木が生い茂る地面ギリギリのところまで水が迫っている。滴る緑と夏空を移す水門は燦々と輝き、川はただ悠々と行く。
実に気持ちの良いところだ。ベネディットが教えてくれたのだが、モネは売れない時代にセーヌ川支流の小村を転々として、川辺の風景を描き続けたのだと言う。今ではフランスの国民的画家となったモネにも赤貧の時代があったと言う事実は、田代の胸を打った。貧しさのどん底にあっても、モネは風景を描き続けることを決して止めなかった。彼の絵が認められる時代がやがて来ることを、彼は当然知らなかった。その時代は永遠に来ないかもしれなかった。それでも彼はあきらめなかったのだ。モネの絵が優しく美しいだけではなく、少し恋の強靭さを持っているのは、画家の信念が込められているからこそなのかもしれない。
p.331 「でも、わかったかい、田代くん?あの絵は、傑作だ。色がどうとか、理屈じゃない。萌音が、あの大画家が、もうよく見えんのに、必死に絵札を動かしている様子を見ると、星はなんだか、わけもなく泣けてくる。そうやって、画家が己の全部をぶつけて描いた絵を、傑作と言うんじゃないのか?」
その時、田代は初めて耳にした。何かの思いを込めて松方が「傑作」の1号を口にしたの。そして、知らされた。自分が心ではなく頭でタブローを見ていたことを。
ーすごいものになる。
明るい予感が夕映えのように田代の胸に広がった。この人が作る美術館は、きっと素晴らしいものになる。そのために、力を尽くそう。自分もタブローを心で見よう。この人と、共に楽しもうー。
p.448 あの時、松方が語りだす前に、田代は自らの半生について打ち明けた。知人に頭を下げて資金を募り、妻と離縁してまで海外留学を決めた田代に、松方は問うた。君をそこまで駆り立てたものは、一体何なのだ?と。
田代はたった一言で答えた。タブローです、と。
松方幸次郎と田代雄一。生い立ちも、年齢も、財力も、社会的立場も、何もかも違う2人に共通していたたったひとつのもの。それこそが、タブローにかけた情熱だった。それがなくても生きていける。それがなければ何かが変わってしまうと言うわけじゃない。けれど、それがあれば人生は豊かになる。それがあれば進みゆく道に一条の光が差す。それがあれば日々励まされ、生きる力がもたらされる。そう。松方にとって、田代にとって、それがタブローだったのだ。そして日置にとっても。アボンダンから松方コレクションをパリに戻そうと決めたと言うところで、日置は一旦話を結んだ。
〈解説〉
p.482 吉田茂のような大政治家であろうが、松方幸次郎のような大富豪であろうが、また矢代幸雄のような大美術史家であろうが、彼らは等しく「愚か者」であると言う点で、みすぼらしい老人である日置釘三郎と同等である。つまり今日風に言うと、不要不急そのものであるタブローなんかのために必死に命を懸けてしまった、と言う点で、世の人に愚か者と笑われても仕方ない、そういう存在なのである。そこで描写された日は、最も愚か者であったかもしれない。海軍のエリートとして造船や口腔術を学び、ゆくゆくは日本の軍事を背負う人材としてパリに渡ったのに、ひょんなことから松方コレクションの番人になってしまった。輝かしい未来を捨ててて、パリと愛する女性とタブローを選んだ日置は、「愚か者」として第二次世界大戦を生き延び、日本からも忘れ去られて戦後は厄介者扱いされた。太平洋戦争で日本は敗れ、日置も軍人であったなら戦闘で命を落としたであろう。
原田マハは日置がこの選択をしたときに、妻となるジェルメンヌにこう言わせている。
「ーなんて美しいの。戦闘機じゃなくて、タブローを。戦争じゃなくて、平和を。美しいわ。…素晴らしいわ。」
ロシアがウクライナに進行して、戦争の悲惨さを聞かない日のない現在、このジェルメンヌの言葉が等を重く響く。
松方幸次郎、矢代幸雄、吉田茂、そして美術作品を守ることに後半生をかけた日置釘三郎がいなければ、私たちの「松方コレクション」も国立西洋美術館も存在し得なかったのだ。
原田マハはこのような愚か者たちに最上級の賛辞を込めて「美しき」という形容詞を与えている。
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「暗幕のゲルニカ」「楽園のカンヴァス」など
原田マハさんの美術を主題とした作品がすごく好きなのですが、本作は美術に対する興味が薄い私にとっては難しく感じました。また数年後読み返し、その時こそはこの本の魅力を語ることのできるような人になりたいです。
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原田マハさんのことを知ったのは、実は本ではなく、朝のNHKの番組である。古美術商をしていたお父様の影響で、幼い時から本や映画、芸術に囲まれた生活をしていたそう。今は小説を書きながら悠々自適に過ごされているように見えて、こんな女性になりたいなと思ったのが小説を読み始めたきっかけだ。
もちろん、悠々自適に見えたのも、その番組からの一瞬からであり、様々な書物に触れると、この方の知識と教養には圧巻する。大学も二つ卒業し、一つは早稲田大学の西洋美術史が専攻だ。どの本もかなりの数の参考文献が記載されている。
また、本書及び、「本日はお日柄もよく」では、政治や歴史にも精通されているとわかる。「本日は…」の方では日本語の美しさや言葉の力についても強く考えさせられた。この方の本を拝読するたびに、私にはまだまだ勉強して、知るべきことがある、と思うようになった。
タブローとは絵画のこと。絵画を描く人の話かと思いながら読み始めたが、戦後の絵画の返還に焦点を置く。これは、映画の「アデーレ 名画の帰還」の話と似ているなと思いながら読み進めた。本書は日本の戦後や、吉田茂氏の外交、人柄も描かれており、日本人の私にとってより深く感銘を受けるものがあった。
他の方の感想にもあるように、私も途中から本作がフィクションであることを忘れていた。松方幸次郎の人柄は一体どのような方だったのだろう。日本の若者のために、日本のために美術館をと言うのは本当だろうか。それとも、お金を握ってタブローを買い漁ることで身分を誇示した方だったのだろうか。Wikipedia等検索すると、日本のスパイであり、タブローにも国税が使われていたと言う内容も散見された。
私はこれ以上のことを細かく調べるつもりはないが、本作との出会いは、松方コレクションとの出会いであったことは間違いなく、これから機会があれば見に行きたいと思っている。
「戦闘機じゃなくて、タブローを。
戦争じゃなくて、平和を。
美しいわ。すばらしいわ。」
本作は松方幸次郎の生涯の他に、タブローを守り続けた数名の人の人生が描かれている。
美しき、愚かものたち。
戦時下にタブローを守り切った愚か者たち。
自分の生活を二の次にしてもタブローを守ることを選んだ。
愚かなのはタブローを守った者たちではなく、何度となく行われた戦争そのものだ。
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胸が熱くなった。
どの時代にも愚か者がいたから、今、自分は豊かに暮らせているんだなと思う。
生でタブローをみて、改めてその気持ちを感じたい。
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「たゆたえども沈まず」のような儚さを伴った美しい物語。
マハさんの美術関連の小説はミステリー・エンタメ系(楽園のカンヴァス、暗幕のゲルニカなど)と叙述的なヒューマンドラマ系(たゆたえども沈まずなど)に大別されるように思うが後者は描写が秀逸でしみわたるような読了感がたまらない。
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文庫版の原田マハ氏『美しき愚かものたちのタブロー』を拝読。
原田氏の作品には、お気軽モノと美術ガチモノの二種類がある。
本作は美術ガチものでございます。
タブローとはフランス語で絵画。
絵画とは、文化とは、社会において、また人生においてどんな役割を果たすのか。それが描かれている。
パンや野菜と違って、絵画といった文化は、人間の細胞を生かすうえで、必要不可欠ではない。けれど、人として生きていくためには必要なものではないか、という問いかけが含まれている。
コロナ禍で、行動制限がなされたとき、文化面の存在意義を問われていた。音楽ライブ活動、演劇、舞台、絵画展示、小説しかりである。
本作を拝読して、文化とは、細胞を生かすうえでは不可欠ではないけれど、生活必需品だと、あらためて胸を張る気持ちになったのだ。
(原田氏はさらに「若者に本物の美術品を見せる、というのは日本に価値のある美術品を所有させるという意味合いだけでなく、フランス絵画を日本へ置くことによってフランス文化を日本人へ知らせることになる。これ以上の外交効果があるだろうか」というようなことをつづっている)
フランス政府との田代たち日本政府関係者との切迫したやり取りとか、絵画との出会いとか、画家たちのエピソードが、時系列をいったりきたりしながらつづられた本作。
実にわくわくして、最後の一行を読み終えた。胸アツであった。
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国立西洋美術館ができるまでの松方氏とその周りの人々の尽力を描いた小説。松方氏の決断力や行動力のあり方や人についていこうと思わせる人柄が清々しく描かれている。モネやゴッホなど、印象派好きにはたまらない絵画のラインナップが登場してそれも楽しい。
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どこからがフィクションなのか知らない方がいいのではないかと思うくらいかなりの傑作であることは間違い無いかもしれない。
この本を読んで胸が熱くなると同時に、自分の人生についてすごく考えさせられる。
熱い想いを持っている人が本当に素晴らしく、素敵に思える。そんな作品でした。
また新しい傑作に出会えたことに感謝。
原田マハさんありがとう。
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美しくて愚か。共存することがなさそうな言葉が並んでいることに、不思議な魅力がある。
タブローなんて生きていく上では必要ではないと思う方がおそらく大多数であろうし、そんな価値観があってもいいと思う。でも、タブローには人生が良くも悪くも変化するだけの力があることも間違えではない。
この物語は、松方、田代の二人による、絵画収集に主軸を置いている作品かと思ったが、読み終えた今、日置の人生そのものなんじゃないかと思った。彼は美しく愚かであった。後世に大きく語られることもなく、今もひっそりアルルの寝室をジェルメンヌと一緒にフランスの空で眺めているのだろう。
まさか原田マハさんの作品で吉田茂に会えるとは想像していなかった。初っ端からテンションが上がってしまった。絵画と戦争、そして政治。この本を読むまではそこに繋がりがあるなんて知らなかった。自分の無学を悲しんだが、ここで知ることができた喜びの方が大きかった。
興味は特にないけど、せっかくだから行ってみようかな。国立西洋美術館。これも縁だからきっと。
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泣きました。。感動。。
「日本に本物の美術館を創りたい」
そんな松方幸次郎さんの想いが、今は形になっている。
そこには、松方さん本人をはじめ、たくさんの人達の苦労や想いがあって、タブローを守り抜いてきたからこそ実現できたものなんだなと。
史実に基づいてるのでとても勉強になったし、改めて国立西洋美術館に行きたい。
「戦闘機でなくタブローを。戦争ではなく平和を。」
シンプルだけど、美しい言葉。
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国立西洋美術館ができるまでの経緯、そして松方コレクションがどうやって集められたか、また戦争の最中どうやってそのコレクションを守り取り戻したか。いろんなドラマがあり、人生をかけたストーリーに感動した
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絵は心で見るもの。今まで自分は頭で見ていた。
って言葉が響きました、、、
国立西洋美術館行かねば!!って調べたら、3月中旬まで休館してた( ; ; )
次の企画展、楽しみですねえ。