紙の本
責任なき国家機関
2022/07/16 09:16
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:かずさん - この投稿者のレビュー一覧を見る
明治憲法下でベールに包まれていた枢密院。その成立ちから廃庁までを歴史的事実を踏まえて論じている。立法・行政・司法の他に天皇の最高諮問機関としての枢密院。
設立者の伊藤博文はこの機関を軽視。山縣有朋は官僚組織を守るため利用。明治憲法起草者は「憲法の番人」を自負し、時の内閣と対立。昭和戦時下体制へは最も批判的国家機関であったが政府案を否決することなく改革されることなく戦後廃庁。
議事録は一切公表されず、審議は今まで不明だった。明治からの歴史を考えるとき、この機関を詳細に書いたのは意義があると思う。
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明治憲法下で天皇の最高諮問機関だった枢密院の創設から廃庁までの軌跡をたどり、その全体像を検証する。
枢密院という観点から日本近代政治史を振り返ることで、その理解が深まった。
牽制均衡の機関として政治に慎重を加えるという発案者の伊藤博文の意図は理解できるが、枢密院はやはり中途半端で矛盾を孕んだ機関だったと言わざるを得ない。
ただ、戦時中の枢密院の審議では当時の衆議院以上に批判や懸念の意見が出され、戦時体制と戦争の遂行に最も批判的な国家機関だったというのは、ちょっと意外であり、政治から一定切り離された専門家から成る独立機関の可能性も感じた。
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枢密院。帝国憲法下にそんな名前の組織があることは聞いたことくらいはあるが、衆議院・貴族院、内閣・各省、裁判所といった現在に連なる三権の機関ではないために、何のためにどのような役割を果たした機関なのか、という点がイマイチピンとこない組織だった。
本書は、枢密院の成り立ちから閉庁までのおよそ60年間の歴史を扱う。
まず、成り立ちとして、伊藤博文の思いつきに端を発しているが、新たに国会を開設するにあたり、議会と政府の衝突を裁定する天皇の諮詢機関にしようというのがオリジナルのアイデアだったが、井上毅が両者の対立を最上裁判所が判定を下す(陛下の責任問題にもなる)のでは無く、可能な限り両者は協調すべしとの反論を行う。
結果として、枢密院は設置されるが、行政部内において、内閣を牽制する組織となる。すなわち、政府が(機関としての)天皇に上奏した重要事項(法律案、条約案、緊急勅令、各省官制など)について、天皇からの諮詢を受けて奉答し、それを受けて天皇から政府に対し、上層に対する裁可・不裁可が伝えられるという仕組み。法案であればそこから国会提出となる。
これを現在の制度では、行政権の範囲なら各省が独自に、或いは閣議決定して実行するか、立法が必要なら国会に内閣提出法律案として提出して審議が開始される。つまり、枢密院制度は、現在と比べても重厚な制度であった。現在も政府内の憲法や法律の番人として内閣法制局があるが、当時も内閣法制局は存在しており、それに加えて枢密院があった。
枢密院に居たのは誰かといえば、伊藤博文や山縣有朋はじめとした維新の元勲や、それが無くなっても大政治家や重臣、大物官僚OBなどが居た。もちろん、天皇任用なので、民主主義の基盤は無い。
これによる効果は政府に対するチェックアンドバランスというよりは、政策の停滞である。枢密院による激詰め、内閣総辞職、国会解散などが積み重なって完結しないまま議案が流れることもあった。
政府の対策として、特に条約案などでは、秘密交渉や迅速性の観点から、諮詢回避といった対抗策も取られている。
特に、大正や昭和初期は、閉会中の緊急経済対策のための勅令が憲法の緊急性の要件に合わないとか、第一次大戦後の国際連盟の設立が、帝国外交の自由度を束縛するとか時代錯誤の議論連発で、老害の印象強し。メディアにも枢密院廃止の議論はかなりあった。
一方で、そうした保守性は、今度は戦争に向かって坂を転げ落ちていく政府に対し、対米協調主義や戦時需給の見積など重要な論点を政府に突きつけている。但し、結局は大勢に流され、ここで内閣潰してよ、ここで徹底抵抗してよ!というところで政府の施策をしぶしぶ追認している。
結果として、平時にはストッパーとして政策を停滞させ、有事にこそ期待される牽制の役には立たなかった。
そして、選挙という民主制度にも基盤がない枢密院は、GHQの意向もあったようだが、当然のように、日本国憲法の成立とともに消え去っていった。
本書を通じて見えるのは、チェック&バランスと言えば聞こえはいいが、やり過ぎると単なる停滞に陥ってしまうこと。逆にある組織を有名無実化したければ、中に枢密院を作ってしまえばよい。また、有事において、国民的基盤・世論の支持のない組織の限界ということも露呈している。
本書は枢密院の歴史や論点を題材として丁寧に解説しつつ、そうしたことを考えさせる良書である。