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彼の著書の中でも、特に読みやすい。
専門用語は使われていないし、語りかける口調だし。
正直内容は、彼の他の本と重なるところが多いなぁ、と感じた(・ω・;)(;・ω・)
ただやっぱり自分の言動で、他人に迷惑かけたかな?って気にしすぎても仕方ないな、とは思った。
他人の気持ちなんて『わかる』んじゃなくて、意味付けしかできない。
あと人間は迷惑をかけずに生きることは不可能っていうのも納得。
親にとって『いい子』であることについての話が興味深かった!いわゆるアダルトチルドレンか?
『いい子』なのかは知らんが、実は私には反抗期っていうのがなくて。喧嘩はするけど(笑)
『反抗期』と呼ばれる時期に、祖父母と対立していたおかげで、母親とは仲良くなっちゃった(笑)
…のはいいかもしれないけど。
面倒くさくていちいち反抗する気になれないっていうのもあるよね。
なんつーかこれはよくないね。
反抗期っていう成長に必要なプロセスをふんでいないままきちゃって、未熟な気がする。
そんなわけで、ちょっぴり自分と重ねちゃったf(^ー^;
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「いい子」から逃れられない苦しみ。「理解」してくれた鈍感な偽善者への復讐。「他人」を(精神的)に殺す方法。怒る、迷惑をかける、自己中心的になる、期待に背く、幸福を諦める、など。T君にあてた手紙として記述。
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極端な視点から書かれていると思う。が、誰しも自分の心の深くまでたどると、程度の差はあっても理解できるところはあると思う。
著者が悩ましい苦しみから得たことがこの本に凝縮されていると思う。だからこそ哲学者の道が開けたような、、、。一風変わった本として読むなら面白いと思う。
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いい子から抜け出せなくてもがき苦しんでいた自分を変えてくれた大事な一冊。
自分のことを言われているようだったのと、読んでいて作者が作者自身の言葉で話しているので入ってきやすかった。
この本を読んでも救われないとあったけど、私はカインを読んでから息をするのが楽になったという意味で救われたのかもしれない。
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この世の中は自分に正直であればある程生き辛い。思っている本当のことを口にすれば、周囲の人間や世間からパージされる恐怖に怯えなければならない。この世にはびこるのは常識、モラル、欺瞞、偽善。それらは本当はウソであるにも拘らず、善良な顔をして私達をがんじがらめに拘束しているのである。誰もが本当は「心の叫び」を上げたいはずだ。「心の叫び」が飽和点に達した時、自らの命を絶つ人が本当にいるのかもしれない。それだけ人間は弱い生き物なのである。では弱い私達はどう生きればよいのか? そのヒントがこの本に記されている。この本は弱い私達を慰めてくれるような優しいものではない。しかし、それでもあえて推薦するのは、この本には「ほんとうのこと」しか書かれていないからだ。人間の「心の叫び」に耳の奥まで傾け、きれいごとを一切排した真摯な言葉が、悩める者達の心の奥まで突き刺さるに違いない。
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本書は、著者である中島義道氏が、その繊細さ故に人生に悩み苦しみ死にたいとさえ思ったT君という若者に向けて語られる手紙のような内容である。内容を読んで自分自身のことを言われているようで心が痛くなった。半分うつっぽくなった。中島義道という中毒にかかったような感じがした。この本から汲み取れたことは次の二つ。一つ目は自分自身について。一度きりの人生なんだから、自分に正直に、自分らしく生きたいと思った。世間はそれを認めないだろうけど、自分のやりたいことを我慢して、自分を殺して人生を過ごすなんて、なんのために生きてるのかわからないじゃないか。二つ目は他人について。普段から無駄に粗野、粗暴にふるまって他人に迷惑とか嫌な思いをさせてる人は、実は自分の弱さを否定したくて、それであの不自然な体裁をとっているのかなと思ったりする。他人の心はわからない。この本を読んではっきりわかった。世界でわかるこころは自分のこころだけ。だから、他人の常日頃からの振る舞いがそのままその人の性格だとかこころだと決めつけてしまわないようにしたい。
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06095
若い頃の苦悩や挫折を解決できないまま、けして幸福ではないまま生きてきてしまったが、そういう半生を半面受け入れ肯定できる心境にもあるのかもしれない。
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自分のことを言われているようで、読んでいて動悸が激しくなる場面が多くあった。
共感ができる部分はかなりある。
でも、カインにはなれない。
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著者本人が述べていますように、この本は著者自身へと書かれたものでしょう。したがって当然彼と同じ「カイン」という資質を持った人間以外にはまったく理解不可能な本だと思います。しかし、もしも「カイン」であってなおかつ若く悩み多い人であったならば、その「未来」である中島氏からの言葉はおそろしくためになるものであるはずです。
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テーマについて言えば、村上春樹の『海辺のカフカ』と全く同じ。そして、結論的に不幸そのものを受容する決断を下して生きる選択をする点も共通している。ディテールが全く異なるのは当然だが、内容的な差異を指摘するなら、村上春樹が究極的に不幸を受容していくカフカ少年をわざと僅かながらの希望をもたせる様な描写をし、奇妙というより姑息というべきレトリックを用いた(僕自身はこういう書き方をしたところに春樹の人間に対する諦念が表れていると思うが、多くの読者に誤解をされかねない)のに対し、中島義道は飽くまで不幸というものに誠実に向き合ったという点に尽きると思う。ここまで誠実に不幸を直視し、それをわかりやすい言葉で、余計な修辞を用いずに描いた作品はないと思う。
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「何故生きる」それを知るために。
安心したがる。納得したがる。マジョリティーの側にいることの不気味な強さ、自分の中にある、善意というものの醜悪さを知る。
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身につまされすぎて、スラスラ読み進められない。少し読んでは、自分の中で言葉を落ち着けるために、本を閉じ、時間をおかなくてはいけなくなる。
自分の中でくすぶっていた悩みを、綺麗に言語化してくれる本です。
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著者自身が自らの経験のなかで掴み取った生き方
親の立場として読むと、親の願望で雁字搦めしていただろうことに心が痛くなる
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メモ
・カインであれ、という定言命法ではない。カインであるならば、という仮言命法で読みたい
・そして自分はカインなのか? 絶対的不幸は知らない、というか絶対的不幸は確信できない。絶対的不幸の中にいる、と認めたくはない。身にしみて認めていないし、そのために悪に走る度胸がない。
・親・教師・反抗についての論点はこの上なくしっくりきたが…。復讐はしたい。してやりたい。そして自分を変えるためにどこかへ身を投げ込みたく、それは留学という形しか思い浮かばない。
・結局ウィーンに行くということをしないと変わることができないのか。手紙はあくまで体であって、それで生き様としては一般化されたかは怪しい。小さな悪からというのも、あまり説得力がないのかもしれないとも思う。
・僕はまだ自己中心主義を極める覚悟がない。(他者を経由することによってのみ得られるところの)幸福があきらめきれていないし、他者を抹殺した果てにある幸福-不幸の彼岸に耐えられない。
感情をまだまだ知りたいと思う。そんな好奇心を持ってしまうくらいには無垢である。
・孤独城について、考える余地あり。
・「食っていかねばならない」にどう抗するか。
・僕は健康への執着がある。病は強いのか? 鈍感な方が強いのではないか? 世間は「世間」としてそんな一緒くたに語れるものなのか? ただし、これらの問いに対してどちらが正しいなどという答えは言うまでもなく立てられない、というのも「正しい」ことが正しいことを保証する審級を立てようがないから。それも自分で立ち上げ自分で守っていく必要があるから。
・頼れる他人がいても良いのではないかというのは思うものの、しかしそれはある程度強くないとすぐ自分を縛り付ける枷にはなってしまうな。
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ここ数年に流行したアニメに描かれている主題は、ガンダムしかり、エヴァンゲリオンしかり、攻殻機動隊しかり、「お互いのコミュニケーション不全が問題の原因だということだ。だから「心が分かり合えることが理想なんだ」という流れにいきつく。
エヴァンゲリオンでは全人類が1つになることで他人を無くし、傷つくことのない世の中を理想とした。しかし主人公はやはり他人が居る世界を望むことになる。それはこの厳しい現実の世界で生きていくということだ。
しかし、この本は言ってしまえば他人のいない世界をあえて望んでいる。他人がいるから気を遣うのだ、期待して傷つくのだ、他人の評価に踊らされるのだ、いい子でいようとして窮屈になるのだ。自分の殻にこもれ!他人を拒絶しろ!世の中に迷惑をかけろ!
言いたいことは本当に良くわかる。善人がいかに利己的な都合で自分を縛ろうとするのか、そんな利己的な評価を受けようといい子にしようとする自分はなんて不自由なのか。
この本に書かれている指針のように行動しようと、しまいと、「誰かのため」や「愛」や「善行」は自分の中に潜むいったいどんな動機に駆り立てられての行動かを考えるきっかけになる1冊である。