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快楽と苦痛は同じシーソーの両端であり、どちらかに傾けばホメオスタシスの働きによりバランスを取るべく脳内のドーパミンレベルが反対側に寄せられる。すなわち快楽が強くて長いほど、その後の苦痛も強くて長くなる。だからその苦痛を取り除くためにまた強い快楽を欲する。これが中毒の仕組み。これほど的確かつ簡潔でイメージしやすい例えもない。
昨今、医療用大麻の合法化についての議論が活発だが、本書にはそんな合法大麻や合法医療薬でジャンキーになってしまったアメリカ人が複数出てくる。
「大麻には使用耐性がないのでタバコよりも安全」という医療用大麻推進派の主張が詭弁でしかないのが本書を読むとよく分かる。
ドーパミン中毒になるのに耐性は関係ない。問題なのは快楽の度合いなのだ。だから食べ物、SNS、アルコール、ギャンブル、基本的に快楽が強い物は全部、快楽と苦痛のシーソーを動かすので危ないのだと著者は言う。完全同意でしかない。
昔海外旅行中、とある人物と話す機会があった。自称大麻を日常的に使用している日本人男性。いかにも自慢げなので好奇心にまかせて質問してみたら、イライラ顔で言い訳を繰り返されて面食らってしまった。罪悪感や羞恥心が強いようだった。依存症患者そのものだ。やはり大麻は危ないんだなと思った。
医療用大麻を使ったアメリカの料理番組などを見ても、「たまに嗜んでいる人たち」のつどいとはとても思えなかった。なので、常々安全性を疑っていたのもあり、本書を読んでますます、なにが“医療用”だよと思った。医療用大麻を使う自由。ここでもやはり得をするのは商売人だけといういつもの新自由主義のパターンだ。
各種薬物のドーパミンレベルを記した箇所は怖かった。例えば覚醒剤。なんと1000%だそうだ。性行為の10倍。そりゃ一度でも使用したら「一生」忘れられないだろう。これは入り口の経験としては快楽でも、脳みそに生涯残る致命的な傷をつけるようなものではないか。一度でも使用したらダメな理由もこの数字だけで分かる。
ホメオスタシスがもたらす苦痛を和らげるためにまた狂ったレベルの劇薬をやるしかなくなる。おかげで他の楽しみには不感症となり、人間関係も壊れ、そのままなし崩し的に人生が崩壊する。どう考えても遅効性の毒薬でしかない。自ら毒薬を飲んで障害を抱えに行くようなものだ。
「薬、ダメ絶対!」みたいなボンヤリしたポスターを若者に見せるより、そういう薬は脳に生涯残る傷をつける毒薬だと明言しつつこの新書を読んでもらって科学的知識を学んでもらった方がよほど警告になるだろう。
もちろん、こうした極端なケースを除けば、適度な快楽と上手く付き合う人が大半であって、全員が依存症になるわけじゃない。遺伝的な要素もあるらしい。血縁者になんらかの依存症を患っている人物がいたら要注意だそう。
一般的にはスマホやゲーム、ポルノ、アルコール、はたまたジョギングや推し活依存などの方が身近なドーパミン中毒で、その辺りに覚えがある人にも有益な情報が多いし、動物の依存症や、人間の快楽探求の多様性なども垣間見れて面白かった。快楽も苦行も煩悩であり苦の種になるので中道を生きましょうと説いたブッダにも脳科学的根拠があったんだなと感心したりもする内容だった。
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人類はドーパミンを放出させるために様々な物質の利用や行為を過剰摂取し、全体として地球の限界に近づくと共に、個体としても渇望によって結局は苦しむ結果となっている。
人は誰でも高ドーパミンの物質や行為への依存症に陥る可能性があることを自覚するべきである。快楽と苦痛はシーソーの両側にのっていて、快楽側に傾けると反動で苦痛に傾く。また快楽刺激は続けると耐性が生じてドーパミンが不足する事態に陥る。
依存症から逃れるためには、状況を把握し、節制し、節制中に自分の起こることを冷静に観察し、回復途上にあることを十分に理解したうえで効果的な回避策を継続することが必要である。徹底的に正直になることと、恥の経験を開けっ広げに打ち明けて受け入れてもらえる集団を持つことが有効である。
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「もうちょっとアカデミックな本かと思ってたらなんか具体的な患者の話が1章マスターベーション中毒、2章苦痛逃避中毒と続いてこりゃ失敗したかな」と思ってたら3章「快楽と苦痛のシーソー」からおもろい。
「好きより欲しいが重要」
「脳のドーパミン放出量はSEXを100とするとニコチン150、コカイン225、覚醒剤1000」
「快楽と苦痛の脳処理部位は重複。だからシーソーみたいなもん、一回快楽知ると残像で渇望を感じる」
この章の最後ではドーパミンに溺れた現代人を「熱帯雨林のサボテン」と例えている。ほんとそうね。
シーソーは単純すぎる例えだとしても快楽と苦痛の関係をなんとなくイメージするのに役立つ。4章以降の「快楽求めすぎたらすんごい苦痛来るで!」「苦痛を求めて快楽期待するようになんで!」「てかそもそもゼロ地点ズレるで!」
6章の中で投薬による「治療」で得られたベターな性格って果たして「自分」なんだろかねという問い。7章では「小さな苦痛が大きな苦痛を抑えることができるかもね」8章では正直であることの多大なメリットを、9章は恥について。
最後にシーソーの教訓として10列挙。
雑にまとめると「快楽追求は苦痛からの逃避やから苦痛に辿り着くしかないで。自分を律してやめたらささいなことにも楽しめるし薬でなんとか出来てもなんか支払うことになんで。苦痛中毒にならん程度にやってたら快楽得られるかも。正直に人間社会に参加してくんやで!」みたいな?
賢くて運が良ければそうだなぁ。でも熱帯雨林のに居ながら栄養過多で腐らずに生き残るサボテンはごく一部なのでは。
作者のロマンス小説中毒のところは「おやまぁ」と読み飛ばせても、母親との関係が自身の極度な「心配性で怖がり」から生じているとの自白は読んでいてウッとなる人が多いのでは?特にたーくさん存在する本の中からこういう本を手に取る人は完璧を目指してやり過ぎる(果実も多いだろうけど)ことで人間関係がギクシャクする、相手への期待値が高すぎてイライラする人が多そう。勝手なイメージ。
作者がこの本を書いた理由は9-10章のためなのかもだけど私は3-7章あたりが1番面白かった。
正直でいること。人との繋がり。社会参加。まぁそうでしょう。生まれつき健康で賢くて裕福で周囲の環境に恵まれていればね。自分を赦し他人を赦し「だってみんな不完全だし。Let’s be honest!」なんて叫ぶにはまず傲慢という足場が必要な気が。
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薬物に限らず依存症の事例とメカニズムを把握できる。いい方が悪いが世の中にはありとあらゆるものに対する依存症があるって事もわかり少ししやがひろがるかも。
現代は快感に非常に簡単にアクセスできる。ドラッグはもちろん、糖質やアルコール、SNSによる誹謗中傷。過剰な快感摂取は反発で大きな苦痛を導く。
回復は快感を断つこと。そして苦痛も受け入れること。ただし苦痛も過剰摂取すると依存になる。
要は何事もほどほどにと言うことだ。
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世界から逃避して忘却を求める代わりに、世界に目を向けて没入していくことで、本当の癒しが見つかるという言葉に感銘を受けた。短期的な欲望やドーパミンに惹きつけられることが多い中で、徹底的な正直さは自覚をもたらし、親密な関係性を作り「充分状態のマインドセット」を作ることができるライフハックである。日々の生活の中で自分を誤魔化すのではなく、嘘をつかないことを改めて意識し始めることで、自分の内面に深く降りていく体験ができる、と著者は語る。
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い本を仕事終わりに読み続け、気がついたら寝る時間。
仕事中も本の続きが気になっている。
休憩時間はチラ見…しちゃってる。
…??
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新たな知識を得るというよりは知っていることの良い整理になった。
点数を低くしたのは、思っていたものと違ったから。文学的な表現やエピソードベースで書かれていることが、この本に求めていることとは少し違ったのかもしれない
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SNS中毒になり読んだ。小説中毒になっていた作者の小説のような表現が多く読みづらかった。依存症を克服できる方法が少し勉強になった。作者のあとがきが秀逸だった。
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医師としての経験に基づき、臨床現場の実際が感じられた。
最近では日本でも若者の薬物乱用問題が表面化し、メディアでも取り上げられている。このような現場を間接的に理解するうえで非常に優れた一冊であると感じた。
本文後半にて触れられている恥の概念にもあるように、社会的に疎外感を感じるかどうかというのが非常に重要だと思う。
自身の傷を受け入れるためには、外に向かって吐き出し、吐き出された側がしっかり受け止める。そのような過程を経ることでやっと自身の傷を受け入れられるのかなと。
今後の私生活の中で、他者からの相談を受けるとき、自身の内面を吐き出すとき、両方において真摯に向き合っていこうと再確認できた。
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ありふれたアルコール依存傾向のある人間として、参考になった。
最後にまとめてある「シーソーの法則」は自分の生活がふらつき始めたときにまた読んでみたいと思う。
特に「快感の飽くなき追求は苦痛に導く」は飲みすぎ予防のためにも覚えておきたい。
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脳はドーパミンの快楽に引きずられる、という趣旨の本。スマホ脳などにも関連する内容。
ドーパミンの快楽を求め、脳は同じ行動を繰り返すようになるが、耐性がつくため更に強い刺激を求めるようになる。「依存症」だ。。
「依存症のある物質が引き起こす禁断症状として、不安、過敏症、不眠症、身体的違和感がある。
恐ろしい。。
<アンダーライン>
★★★★★
ドーパミンは報酬が得られたことの快楽というより、報酬を得ようとする動機の方に重要な役割がある。「好き」というより「欲しい」に関係している
★★★★★
快楽と苦痛は脳の部位が重複している。
「快楽」にはコストがかかる。その反応とは正反対の「事後反応」が起こる。
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小さな嘘をつかない。誠実に生きることの積み重ねが健全な前頭葉を鍛え育てると捉えた。
冷水に浸かる、のところでは、
サウナの後の水風呂の爽快さを思い出し、あの事だと頷けた。新鮮な空気が鼻腔を通し肺に染み渡るとき脳も目が覚めたようにクリアになる。その事から
苦痛と癒やし この話が一番良かった。
薬物依存症の人はこの治療法はかなり有効なのではないだろうか。又歩くことや運動は自然に報酬のドーパミンを増やす一番手っ取り早い方法だろう。
つまり新鮮な酸素を取り込むことが一番の報酬だろう。
何かの依存症にならないように自分に引っかかる気になる時には立ち止まってその原因を振り返って見よう。自分に正直になること。
オッペンハイマー上を読みながらこの本に移行。
本を読むことに丁度かなりの苦痛を感じていたので、苦痛と快楽は同じサイクルであることから実験したくなった。苦痛の原因は何か? それを探り出し心の中にある塊を観てみよう。快楽になるためには、我慢して読んでみた。結果。5~6時間を置くことでやっぱり下を読んでみたくなった。今日図書館に返しに行ったの下巻を借りてこなかった。
苦痛は報酬を求めるは本当のようだ。これも本依存症か。(笑)明後日、図書館に借りに行こう。
この本、良かったよ。
でも未だ読みが浅い。もう一度再読の必要を感じる。
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トリガーとなる環境や物を一切断つことが、依存症の治療に有効であることは知っていたけれど、嘘をつかず正直に生きることも効果的であることは知らなかったので勉強になった。
携帯依存症治らないかな〜と思って軽い気持ちで読み始めた本だったけど、幸せな人生をおくるために必要な考え方や振る舞い方まで学べる良書でした。
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アンナ・レンブケという精神科医の方が書かれた、依存症の新書です
彼女が診察した患者のエピソードを交えて、依存症について解説していきます
本書では、著者自身が三流ポルノノベル中毒を抱えていたため、患者と近い高さにある目線で語られているのが特徴です
男性のマスターベーション中毒に失笑してしまう不謹慎な態度も見受けられますが、その著者も人を笑えないだろうとツッコミを入れれる構図となっています
診察されている患者を見下せるような立ち場ではないため、鼻につくところなく読み進められます
SSの性差ですが、体育的な性依存にハマる男性に対して、女性はポルノノベルや掲示板などの体験談といったテキストに耽る傾向があるなと感じました
変ゼミでネタにされていたように、肉感的な映像媒体に走る男性と、テキストから妄想を膨らませる女性といった性差は、大陸でも見られていて興味深かったです
依存から脱するにはコミュニティが有効とされていますが、鍵は「嘘をつかずにいられること」だそうです
たとえば自身が「嘘をついた」と正直に償えれる関係性があれば、サードプレイスを用意せずとも家族や職場で足りるようです
自信の欠点ですら正直に見つめることが、回復のステップの1つで、大切なことだそうです
それらの症例のエピソードに添えられていた注ように、社会的立場によっては正直にいることはリスクでもあり、実現の難しい理想論のような響きました
依存症の快楽と苦痛はホメオスタシスで、シーソーに例えられていて分かりやすかったです
快楽のあとに残る残像のような渇望は、中毒に導きます
しかし脳は快楽に耐性をつけてしまい、何度繰り返しても破瓜の快感は得られません
苦痛も同じくです
思い返せば身に覚えのあるロジックで、納得させられました
最新であろう依存症メカニズムを、診察例を交えて飽きさせず読ませようとする工夫が見られ、最後まで読めました
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自分を不完全な人間であることをみとめて正直に嘘をつかずにいること 自分の人生や世界から逃げずにちゃんと正面から向き合うこと そうすれば人生は生きやすくなる