紙の本
少女の成長物語
2002/03/09 13:16
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投稿者:みぽぽ - この投稿者のレビュー一覧を見る
トロントの『うららか街』という名の古い大邸宅で、ジェーンは息苦しい生活を送っていた。意地悪で陰険な祖母と美人だが気弱な母、伯母との生活は12歳の彼女にとって楽しい生活とはいえなかった。そんなジェーンの元に、見知らぬ父親から一緒に夏を過ごそうと手紙が届く。
行った先はプリンス・エドワード島。不安と悲しみ一杯で出かけた彼女は、豊かな自然と素朴な人々、父親の愛情に包まれて幸せいっぱいに成長していく。この夏がジェーンの運命をまた人生を変えたといっても過言ではない。
ジェーンの成長していくさまと、彼女の両親のその後をみてみたいという気になる。
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モンゴメリの作品。アンと同じく少女の話。
何をしてもダメと否定される少女が、プリンスエドワード島で父との暮らしを送る中で取り戻す、最も自分らしい自分。
モンゴメリの話の中では、一番好きな物です。
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『赤毛のアン』で有名なモンゴメリの作品。
「田舎の古きよき日常風景」なアンブックスやパットお嬢さんシリーズとは一線を画す(と思う)物語だ。
主人公の名前はジェーン・ビクトリア・スチュアート。
ジェーンと名づけたのは論説家の父、ビクトリアと名づけたのは旧家の一人娘である母だった。
平凡で健全なジェーンという名前と、優雅で豪華なビクトリアという名前の違いがそのまま父親と母親の属している社会の違いを如実に表しているとこがうまい。
階級の差のせいで二人の結婚はそれぞれの家族から苦々しく思われていた。そんな家族の画策と二人の若さゆえのおろかさのせいで、ジェーンがまだ三歳のころに両親は別居してしまう。
父親はカナダの片田舎プリンス・エドワード島に。母親とジェーンは大都市トロントに。
ジェーンはずっと、父親が生きていることさえ知らなかった。
厳格で圧制的な祖母と、ジェーンを愛してはいるが祖母の言いなりで気骨というものがない母親。笑い声さえなくひっそりとした大邸宅でのジェーンはまるで借りてきた猫のようにビクビクしながら暮らしていた。
ところが突然父親から「ひと夏ジェーンを自分のところへよこすように」という手紙が届いて初めてジェーンは父親が死んだわけではなかったことを知る。
だが祖母の陰口のせいで、父親はただ母や祖母へのあてつけのためにジェーンを呼んだのだと思い、ジェーンは嫌々ながら父親の住むというプリンス・エドワード島に行く。
そこでジェーンは美しい島の風景と、村人たちの田舎ならではの濃密な親交、そして思いがけず愉快で愛情豊かな父親と出会う。
そしてそのさまざまな出会いが彼女を驚くほど変えていく。
それまで自分に自信がなく、人目につかぬようビクビクしながら暮らしていたジェーンが、田舎の素朴な生活や人間関係の中で始めて「自分が必要とされる場所」を見つけ、何をしてもダメだと思っていた自分が料理や家事や水泳や喧嘩までできることを発見する。
その過程がとても感動的だった。
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この新しい生活でなによりもジェーンが驚いていることは、いかにもぞうさなく人を好きになるということであった。(中略)
この変化が自分にあることがジェーンにはわからなかった。
そっけなかったり、おびえたり、おびえるためにぎこちない態度をとったりすることはもはやなかった。
足は生まれ故郷のヒースを踏み、名前はジェーンである。ジェーンは全世界に親しみをおぼえ、世界の方でもそれにこたえた。
(本文より)
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ジェーンはアンやパットやエミリーのように、初めっから特色あるユーモア溢れる人物とは描かれていない。
でも、だからこそジェーンが物語の中で変わり成長していく様がとてもよくわかり、読んでいるこっちもわくわくできる。
私はモンゴメリの作品の中ではダントツこの話が大好きだ。
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ヒロインの女の子はもつれた家庭環境の中にいて、父親が不在である。前半で家庭や父親の謎が提示され、ドロドロとした展開になるのかと思いきや、爽やかに明るく終わる。赤毛のアン同様、情景描写や人物の温かみが好感を持てる。
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赤毛のアンの著者モンゴメリーの中編物語。モンゴメリーらしい心温まる物語。
ジェーンは自分の力で幸せを勝ち取るのです。これこそが生きていくで一番大切な事ではないでしょうか?
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子どものころ読んだときはあまり印象に残らなかったけど再度今回読んだらとても心に残った。ジェーンのいじらしさが大人の思惑やいこじな心を溶かしていくさまがとてもよかった。アンシリーズより好きかも。
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中学生の時に2度読んだ本書を再読。村岡花子さんの訳は素晴らしいのだが,随所に古臭い感じが否めないので,これを木村由利子さんがどう訳されているのか気になってきて,続けて読んでみようかと思う。
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アンに比べると現実的、エミリーと比べると裕福だけれども、祖母の元で萎縮していたジェーンが、プリンス・エドワード島の自然と、闊達で頭のいい父親との生活で(おそらく本来の)精神と身体の魅力を開花させて行く一種のサクセス・ストーリー。
微妙にジェーンの母で、祖母の溺愛する娘であるところの美しいロビンが、ジェーンと比較してあまりにも短絡かつ無責任なのは、甘やかされたお金持ちのお嬢さんという設定上のことなのか、意図されたことなのか。自分を愛しているお母さまを二度と裏切ることはできないときっぱり言っておいてきっちり裏切っているのがなんとなく消化不良……。
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思わず応援したくなる!!
あの赤毛のアンの作者が描く個性的な人々、そして完璧ではないけれどなぜだか惹かれずにはいられない主人公ジェーン!!
つらい境遇にも負けない彼女を、思わず応援したくなります!
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赤毛のアンが大好きなのにこの本は読んだことがなかった。
抑圧され続けてきたジェーンがプリンスエドワードの素晴らしい自然や温かい人々の中で解放され、ぐんぐん成長していく様子は読んでてスカッとします。おばあさんもアイリーンおばさんもきついけど、両親もなかなかきつい毒親だと思えて仕方ない。ジェーンがそこにもちゃんと気づけているのは救いかな。アンも好きですが、ジェーンも好きになりました。他のモンゴメリの作品も読んでみたいと思います。
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最後まで祖母をぎゃふんとまでは言わせられなかったのは少し悔しいですが、思い通りにならなくて、顔をしろくろさせているのは小気味よかったです。これからは三人で邪魔されず過ごしてほしいところですが、どちらの家にもまだ入り込む隙があるのでまだまだ波乱はありそうですね。
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三月の青と銀色のある日の暮れ方
こんな言葉がちりばめられていて、舞台のプリンスエドワード島へのあこがれがつのる。
単純な家庭の物語なのにひきこまれ、すいこまれ、つい開いて読みたくなる。
子どもの頃も好きな本だったが、大人になって読み返して、違うものを読んだかのように響きに違いを感じた。
最近はの人は読んでもこの響きを感じないのかもしれない。
人気はなさそうで、書店でも見かけることは減ってきたが本屋大賞やベストセラーよりも面白いとおもう。
いいものを読んだと思える本のひとつだった。
物事がシンプルであっても退屈でない、重なりあう美しい日々のくらしがたくさん出てきて憧れてしまう。村岡花子の翻訳が絶品である。
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「アン」はだい、大好きである。
特に一冊目の「赤毛のアン」は繰り返し読んで、いつも新鮮な感動を幾つになってもうけるのである。
ところが、同じ作家の「ジェーン」を知ってしまった。
全く違うキャラクター。
アンが天性の明るさの牧歌的なら、ジェーンは沈着冷静な性格むしろ暗め。
想像力あふれている女の子というところはモンゴメリだが、おおげさだったアンにくらべてひっそりと想像をふくらましているたちのジェーン。
孤児だったアン、母に引き取られているが、別居している父がいるジェーン。
同じ11歳の女の子の運命は天と地ほども違っている。
読むべく時期に来て読んだというのか、私はジェーンのキャラクターに惹かれてしまった。
登場人物群が牧歌的というのは変わらない。
11歳の女の子といえども住む家を選び、家のしつらえを考えコーディネイトし、家事をきりもりし、料理もする。それをプリンスエドワード島の自然の中でする喜びを味わう。加えてジェーンの心の成長記。
もうどうしても共感してしまいますね。
はじめはカナダのトロントが舞台であるが、やっぱりプリンスエドワード島を牧歌的に歌い上げるのはさすがモンゴメリ女史。
最後の盛り上がりがちょっとあっさりしすぎているかなと思うが、子供の時に読んだのならこれでいいのだろう。