投稿元:
レビューを見る
何と「死んだふり」の本です。
確かに昆虫はよく死んだふりするかもしれません。しかしそれを研究する人がいるとは。とても面白いです。
やっぱり研究というと、どう定量的に評価するか、と言うことが重要ですが、死んだふりをどう評価するのか。その辺の考え方が楽しいですね。
そして何でもやってみると奥が深いというか何というか。虫の死んだふりとヒトのパーキンソン疾患とが関連があるかも、なんてことが分かってくるとは。面白い本でした。
投稿元:
レビューを見る
「死んだふり」で生きのびる
~生き物たちの奇妙な戦略
岩波科学ライブラリー314
著者:宮竹貴久
発行:2022年9月13日
岩波書店
死んだふりの研究が盛んになったのは、2004年に著者が死んだふりが生きのびる戦略として有益であることを実証してから。著者は25年間、死んだふり研究をしているが、世界レベルでも著者が残した実績は非常に大きいようだ。逆にいうと、昆虫を中心とした死んだふり研究をする研究者が少ないということでもある。
それが一体なんの役に立つのか?果樹につく害虫除去や、さらには人のパーキンソン病克服への期待も見えてくる。
●死んだふりをする生き物、その目的
<哺乳類(人以外)>
・オポッサムが有名。天敵に襲われそうになると、死んだふりして死臭に近い臭いを出す。
・ある地方のブタ。
・ある地方の羊は手をたたくと驚いてひっくり返る。
<鳥類、両生類、爬虫類、魚類、甲殻類、ダニ類、昆虫類も>
・鶏(鳥類)は夜しか死んだふりをしない。夜間によく野犬に襲われるが、急に脱力して不動になると咥えた鶏を犬が放したという研究報告。
・ニホンアマガエル(両生類)の腹をさすると手足を伸ばして不動に。死んだふり。
・爬虫類ではヘビの死んだふり研究が最も多い。最近ではトカゲも。
・魚類ではサメ。海の捕食者のほぼ最上位にいるサメの死んだふりは意義がまだ分からない。
・メダカ、タイワンキンギョなど淡水魚も。
・ミジンコが死んだふりをする事実が公開されたのは2021年。東北大学の研究者。ヤゴから身を守る。
・昆虫は31目中、11目で死んだふり。マダニもするが、空腹だとできない(米国研究者、2021年)。
死んだふりは、捕食者回避行動に多いが、それ以外も。例えば、アフリカのマラウイ湖の湖底にすむシクリッドというカワスズメは、死んだふりをして待ち、小型のカワスズメが近寄ると襲う。メキシコでも、カワスズメが死んだふりをして小魚を襲う報告。
メスのトンボはオスのハラスメントから逃れるために死んだふり。交尾後もオスが放さないので、急に自ら水中に飛び込んで死んだふり「ペアーハイジャック」を行う。メスの袋の中で精子が長生きする(あるアリでは数十年)ので、多くのオスと交尾する必要がない。病気のリスクがあるから。
著者が沖縄で先輩から聞いたこんな報告。
「アリモドキゾウムシが死んだふりしたままアリに持ち運ばれていたよ」
********
○アリモドキゾウムシの研究
南西諸島などに生息し、サツマイモなどヒルガオ科植物の茎や根を食べる。サツマイモは自己防衛のためイポメアマロンという物質を出すが、とても苦く、人はもちろん動物でも食べなくなる。植物防疫法によりサツマイモなどは南西諸島から持ち出せない。
アリモドキゾウムシは死んだふりをする。著者の研究の結果、つつくと静止や捕食中はほぼ100%死んだふりするが、歩いているとオス7割、メス5割がしなかった。しても、死んだふり時間が短かった��
また、夜はオスの死んだふり率や時間が少なかった。メスのフェロモンの影響がないように、別々にしても同じだった。考えられる仮説は二つ。①捕食者であるネズミは夜に嗅覚で獲物を探すため、死んだふりをしても防衛にならない。②夜行性でありメスのフェロモンを嗅ぎつけて交尾したいが、死んだふりをしていたら察知できない。著者は②だろうと考えている。
「歩いているとき」「食べているとき」「動いているとき」「交尾したいとき」「お腹がすいているとき」「あついとき」「大きく育てなかったとき(体が小さい)」に口中は死んだふりをしにくい。
○死んだふりのメリット、デメリット
(死んだふりは本当に有効なのか?)
コクヌストモドキ(穀盗人もどき)という3㎜の甲虫を、死んだふり時間の長い個体と短い個体をそれぞれかけ合わせる。10世代経過して、ロング系は2分以上死んだふりをし、ショート系は死んだふりをしなくなった。つまり、死んだふりは遺伝することが証明された。
捕食者であるアダソンハエトリというクモのメスをシャーレに入れる。クモは襲うが、一度放す。甲虫の硬さに驚くため。その刺激で、ロング系のコクヌストモドキは14匹中12匹が死んだふりをした。クモはしばらく見て興味をなくした。14匹中13匹が生きのびた。一方、ショート系は14匹中、あまりの恐怖で死んだふりをしたのは1匹だけで13匹はせず。ショート系で生き残れたのは5匹。
ロング系は卵から成虫になるまでの期間が短く、成虫になったあとも長寿だった。卵も大きく生存率が高い。一方で動かないことは異性と出会う機会がなく、実験してみると交尾の回数がショートの3.5匹に対しロングは1.5匹だった。また、揺れや低温といったストレスにも弱いことが判明した。
アズキゾウムシでロング系とショート系を作って実験。飛翔能力の高いものと低いものを作成した。飛翔能力が高い個体は死んだふりが短く、低い個体は長かった。また、死んだふりのロング系とショート系を作成したところ、ロング系はあまり飛ばず、ショート系はよく飛んだ。さらに、野生のアズキゾウリムシで調べても、飛翔と死んだふりには負の相関関係が判明した。
○フリーズと死んだふりの違い
多くの研究者は、敵が近づくとまずフリーズして動かなくなり、もっと近づいてくると一転して反撃や逃走へと変え、それでも逃げられないと死んだふりをする、と考えていた。ところが、著者の研究で判明したのは、敵によって戦略を変えるということ。コクヌストモドキは、追撃型の捕食者であるハエトリグモには死んだふりをし、待ち伏せ型のコメグラサシガメ(カメムシ)にはフリーズする。2022年に論文で公表されたばかり。
○何がロング系にしているのか?(=動きを鈍くさせているのか?)
「生体アミン」と呼ばれる神経伝達物質のうち、虫の動きを活発にするのは、オクトパミン、ドーパミン、チラミンなど。逆に非活動的にするのはセロトニン。他の分野の研究者に協力してもらって判明したのが、ドーパミンだった。死んだふりが長いロング系、つまり普段の動きも鈍い虫の脳内にドーパミンが不足していたが、ドーパミンを注射したり、カフェインを食させてド��パミンを増やしたりすると、死んだふりが短くなった。
ロング系は歩くのもゆっくりだし、曲がるときにうまくスピードを落とすことが出来ないことが判明。
同じ集団からロング系とショート系を育てて十数年たった段階で、次世代シークエンサによりゲノム解析したところ、やはりロング系はドーパミンの発現関連遺伝子にゲノムの変異があった。なお、ロング系だけで500以上もの遺伝子が変異していた。
○これがどんな役に立つのか
ロング系を観察していると、人のパーキンソン症候群を思い浮かべた。著者の母親の晩年はパーキンソンだった。共同研究者に頼み、人のパーキンソン疾患の関連遺伝子をコクヌストモドキのロング系とショート系に比べてもらった。今、論文作成中なので詳しくは言えないが、ロング系でパーキンソン疾患の関連遺伝子に多くの変異が見つかった。もしかすると病気治療に・・・著者はドーパミン発現量による変化を「死にまねシンドローム」と名付けている。
果樹につく害虫。樹木に振動を与えて害虫に死んだふりをさせ、効率的に除去していく方法が開発中
投稿元:
レビューを見る
死んだふりをする昆虫ゾウムシやコクヌストモドキ、アズキゾウムシなどを捕まえて仕分けて何世代にもわたって実験を繰り返す。結果の面白さの前に研究をする人々に対して頭が下がります。
この成果が医療の発展につながるかもしれないというのもワクワクします。
投稿元:
レビューを見る
あとがき「研究をしている人間が、また物事を人に伝えようとする人間が、まず自分が面白がってそのテーマに取り組まないことには、その面白さは決して人には伝わらない。(131頁)」行動特性を活かした害虫駆除から、死んだふりの生存戦略、虫にもあるパーキンソン症候群に似た例に虫からヒト疾患対策に役立つ遺伝子情報が得られるかと、話が展開していきました。ところどころ登場する虫の脳解剖する昆虫生理学の先生、虫のトレッドミルを作り歩行距離を測定する工学系の先生、検証を支える隣接あるいは異なる分野を知ることもまた楽しいです。
投稿元:
レビューを見る
「死んだふり」を調べてみたら面白いかも。興味をもった著者が研究をしていく。
調査のしやすさと研究事例の多さから虫について調べてみる。検証していくうちに、じゃあこれはどうなってるのか?と出てきた疑問についてどんどん調べていくのが面白い。
研究が深くなるにつれ他の分野の専門家に協力を仰ぐことで学問がつながっていくのも興味深い。
投稿元:
レビューを見る
☆信州大学附属図書館の所蔵はこちらです☆
https://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BC16783685
投稿元:
レビューを見る
おもしろいと思うことがまず大事。好きこそものの上手なれというのは真理だ。やってみなければ始まらないのだから。
地味で根気のいる作業だと思われるが、著者のワクワク感が伝わってくる。とことん研究してきた先に、人間の生活にも役立つ可能性が見えてくるが、始めからそれありきではない。
研究にすぐに結果を求めることの弊害を思う。
投稿元:
レビューを見る
アリモドキゾウムシとハエトリグモという身近な昆虫を選び実験を行い、海外の論文に投稿する、というプロセスが丁寧に書かれている。
生物学を専攻する教育養成系大学の学生にとっては、まず読んでみるといい。さらに小中高の教員にとっても、児童生徒に生物の実験を行うことの基本を教えるいい参考となるであろうと思われる。
投稿元:
レビューを見る
1 世界はなぜ死んだふりで溢れているのか?
2 死んだふりを科学する
3 死んだふりの損と得―生と性のトレードオフ
4 利己的な餌―他者を犠牲にして自分が生き残る術
5 体のなかで何が起こっているのか
6 いつ目覚めるべきか?
投稿元:
レビューを見る
意外と深い死んだふり。
研究戦略と実験方法は面白い。
誰もがやらないテーマを見つけて研究するところは見習わないといけない。
投稿元:
レビューを見る
「恋するオスが進化する」がオモロかったので借りてみた。
誰も研究しなかった「死んだフリ」。でもヒト、サル、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ニワトリ、ヘビ、カエル、昆虫、果てはミジンコまで様々な動物が行う死んだフリ。著者はパイオニアとして死んだフリの世界を調べていく。
実験対象としてのコクヌストモドキが本書のメインキャラクターを張っている。ロング系(死んだフリする派)ショート系(死んだフリしない派)。
実験のため人為的に数世代を経てより特徴を濃くした2集団を作ってるわけですけども、自然界でもやはりする派としない派がグラデーションで存在してるわけですよね。ドーパミンや天敵の種類、気温など様々な条件で異なるのは当たり前といえば当たり前ですが私としてはやはり一つの昆虫の種類の中に存在するにはあまりにも特徴の幅が広すぎる。改めて言うことでもないですがやはり生き物は「種」なんかでは勿論なく、「個」ですらない(一部の完全コピーの蟻を除けば有性生殖である限り死んだらその個体は終わりだから)、遺伝子の乗り物なのだなぁと感じました。(本書のテーマ、死んだフリからは外れる話ですが)
20数年間の研究成果とその過程を素人向けに簡潔に書いてくれてはいるんですが(132ページのめっちゃ薄い本です)仮定とその証明結果が素人にとって「うん、そうだよね」というものが多く意外性にちと欠けました。(死んだフリは生き残りの利点あり、でも異性に会いづらいデメリットあり。飛翔能力と死んだフリの反比例。ドーパミン。など。)
実際の研究仮定なので「仮定とその実験結果に意外性がなかった」なんて感想はイチャモン以外の何物でもなく自分で書いてても「ひどくない?」とは思うんですがあくまでも読み物の評価としましてね。ええ。
唯一の意外性は英国研究者から売られた喧嘩(死んだフリっていうか毒物であるベンゾキノンをより強く感じさせるためだろ?)を調べようとしたら二度三度襲われても放出しないのにいよいよ天敵に食べられる時に放出する(意味ない)ってやつですかね。とはいえそのベンゾキノンは辺りにいる蛾とその卵を殺してしますそうな。なんか意味あるんでしょうねぇ。でも蜘蛛は死なないんでしょ?
ここは「これからの研究に期待する」となってますので将来いつかどこかで見聞きするやもしませんね。(私が150歳くらいまで生きてたら)
読み物としては3。
但し筆者の20数年間のニッチな分野での研究に敬意を表すとともに、1種類の昆虫に見られる多様性から「やっぱ生き物に種も個もねぇな。リチャードドーキンスの言う通りだよ。」と確信を深めることが出来たので1足してトータル星4です。
投稿元:
レビューを見る
外敵に襲われると死んだふりをする虫がいる。でも死んだふりで本当に生きのびられるのだろうか。外敵の前で動かなくなったら普通に食べられてしまうのではないだろうか。逃げたほうがましなんじゃないだろうか。
と、ここまでは「好奇心」の範囲。ぼくでも思いつく。
ここからが科学。まず、死んだふりに関する先行研究がないか調べる。ないことが確認できたら、死んだふりが遺伝するかどうかを調べる。長時間死んだふりをする個体同士、短時間しか死んだふりをしない個体同士をかけ合わせるのだ。何代かにわたって育種して、子孫の死んだふり時間を調べ、それが遺伝するか(死んだふりの長い系統と短い系統ができるか)調べる。遺伝することがわかったら、死んだふり長い系統と短い系統を実際に天敵に襲わせてみる。果たして長い系統の生き残り率が向上するか?
結果は本書を読んでいただくとして、科学者のものの考え方、実験の進め方が具体的にわかって、面白かった。実験そのものは数ミリの小さい虫をつついて死んだふりをさせ、動き出すまでの時間をストップウオッチで測る、といった調子で地味で根気のいるものが多いけれど、それを積み重ねて進化の妙のひとつを解き明かして行く過程はスリリングで、心躍る。