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タイトルからもう少し夫婦のあれこれについてのエッセイ集かなと思っていたが、もっと哲学的な内容だった。少し思っていたのと違ったので星2つ。これは私の落ち度の問題。
でも、ところどころに登場する著者の夫へ対する愛情の強さに心当たりもあり、付箋もちらほら貼った。
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夫さんにずっと向坂さんを愛していてほしいと思った。
やっぱり夫婦っていいなと改めて感じた。
真ん中の『熱が出ると』の詩が好きだ。
お肉はどこに行ってしまったのだろうか。
レイクタウンでも無くすし
私より物を無くす天才がいて安心した。
そして読み終わる頃には向坂さんが大好きになっていた。
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ハイジニーナてやっぱサロンでやってもらったほうがいいよね
小学生の作文が上手くてビックリした
私も習いたいと思った、だけ笑
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(2023/12/27 2h)
「スイーツ(笑)」に関する文を読んで世代が近いことに驚く
「いちばんふつうの家のカレーが好きなんだよね」の話が一番好き
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『君の愛情というのはさ、基本的に鍋底の延長を超えていて、鍋肌も焼いているわ、熱効率も悪いわで、エコではないね』
愛を適温にするには?と奮闘するくじらさんにおかしみがあって可愛い。
『自分が心から好きになって選んだものしか手元に置きたくない。どうせめちゃくちゃに散らかしてしまうから、好きなものしか最初からなければいかに散らかっていてもなんとなく全体がうれしい感じにまとまる、という負のライフハック』
これは心から共感。
とくに、お皿。洗い物溜まってると嫌な気持ちになるけど、それがお気に入りの食器なら、洗ってあげなくちゃ!と使命感が湧くんです。
『小さな家に住んでいながら、半歩は外に出ている。自分よりはるかに夫のことが大切で、しかし夫と同じくらい大切なとのがたくさんある。夫にも、わたしと同じくらい大切なものが、たくさんあってほしいと思う。』
私には、あとがきにある、この一文が、
この本の芯のような気がしました。
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エッセイって小説と違って気負いせずだらだら、にやにやと読めるのが醍醐味だと思ってたけど、この本は名前がつかないような、なんなら言葉にすることもないような、感情の揺らぎが表現されてるから、いくつもの箇所でどきっとしてしまって気が気じゃない、なんてこった!みたいな本です。
選ばれた言葉がすきで、読み終わるのがもったいないと思いながらゆっくり読みました。よかったです。
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『自分以外の夫婦のリアルな暮らし、またその中でのパートナーに対する思い・考え方が覗き見できる作品』
本屋B&Bにて見つけて、タイトルに惹かれて購入、読了。
向坂くじらさん、初めて読みました。
どうやら本業は詩人さんらしく、確かにリズミカルで小気味良い文体だなぁと( ̄∇ ̄)
本作の面白さは、夫婦間を主体にしたエッセイで、かつ「自分以外の夫婦のリアルな暮らし、またその中でのパートナーに対する思い・考え方が覗き見できること」なのかなと。
他の夫婦のそういったものって普通は触れることが無いので、そこを覗き見しながら自分との違いについて考えるっていう行為は何気に新鮮なことなのかなぁと…(´∀`)
くじらさんはとても旦那さんへの興味・関心が強い方だなぁと…そしてそれに比べて、自分は圧倒的に自分のことばっかり考えてんなぁ…(´∀`=)とか、そんなことを思ったりもしました(笑)
そういった意味で、他の方の感想も気になるなと(笑)
面白かったところ、印象に残った言葉もパラパラとあったので、以下に記載。
<面白かったところ>
P84、寛容さと正しさ、どっちも取ろうとすんな。どっちか諦めろ!
→そっちでいくのかよ
P92、おととい買ったはずの八百グラムの豚肩ロース肉がない!
P115、ちなみに霊感のある人の言う台詞でいちばんかっこいいと思うのは、「ここは、霊の通り道になっていますね」。
P126、古くからの言い伝えによれば、書くことに窮したときには、おいしいカレーの作り方を書くといいらしい。
P144、鼠蹊部にクレジットカードを通す
P147、常温は大人の世界
P152、ごめんね、ハイジニーナちゃん
P154、ハイジニーナ・ハイ
P160、世紀の発見とはこのこと(だじゃれです)。
P175、なんだいなんだい、びびりやがって。くされチキンがよ。
<印象に残った言葉>
P38、よく、論理的であることと客観的事実であることが混同されるけれども、実際のところ、その両者はイコールではない。「自分はかくも論理的である!」と思っているときにはそれこそがただひとつの事実のように感じやすいけれども、論理というのはむしろ、混沌とした事象にどのように線を引くか、ということであって、それは凛と立つ主観そのものではなかろうか。
P150、もしかしたら、愛を適切に温めるのは、それではなかろうか。いつでも、夫になにかしたいと思っている。できたら、夫を大切にしたいと思っている。それをぐっとこらえて、夫の存在をひとつ飛ばしに、代わりに夫の睡眠や、夫の仕事や、夫の家族や、夫の身体を大切にする。夫の持っているものを、わたしが一緒に大切にする。それが、強すぎず弱すぎもしない、愛というものの適温ではなかろうか。
P165、話すことに長けた人たちにとっては、ときに「話す」が「思う」より先に立つらしい、ということだ。
<内容(「BOOK」データベースより)>
デビュー詩集『とても小さな理解のための』が5刷。
現在最もメディアから注目を集める詩人・向坂くじら、初の散文集。
「まずもって、あの夫というやつは臆病すぎる。合理的であるということを隠れ蓑に、ただ予期せぬものの訪れを怖がっているだけ。なんだい、なんだい、びびりやがって。くされチキンがよ。だいたい、すべて計画通りの毎日なんてつまらないじゃないか。(中略)そのくされチキンがある日、なんの前触れもなく急須を一式買って帰ってきた」(本文より)
暮らしより大切なものがある人間は、いかにして暮らせばよいのだろうか?
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たしかに向坂さんは実験のように、愛とは何かを確かめているのかもしれないけれど、その過程こそが、愛だと思った。誰から見てもわかりやすい愛とかじゃなくて。彼女自身と夫、友人、家族、生徒、何らかの事象と向き合うとき。ぜんぶ。
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好きな女優さんのオススメで、独身だけど読んでみました
ひとつひとつ受け止めて、自分がどう感じるか
うまく表現できないけど、向坂さんの本もっと読んでみたいし、考え方が素敵です
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「これまでが大丈夫だったからと言ってこの次も大丈夫であるわけがないが、思い切って『これまで』が続く方に賭けてみる。これは、ほとんど信頼と言っていいのではないか。」
「いつでも、夫になにかしたいと思っている。できたら、夫を大切にしたいと思っている。それをぐっとこらえて、夫の存在をひとつ飛ばしに、代わりに夫の睡眠や、夫の仕事や、夫の家族や、夫の体を大切にする。夫の持っているものを、わたしが一緒に大切にする。それが、強すぎず弱すぎずもしない、愛というものの適温ではなかろうか。」
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著者の本は初めて読んだ。
こんなにも夫を愛することができるのかと、自身の新婚時代なんか忘れてとても感心した。
今となっては目を細めたくなるよう文章もたくさん。こんな愛がずっと続けばいいのにね…と思う。それは嫉妬かもしれないし、羨望のような気もするし、先輩の心待ちで微笑ましく思っていもいる。
8割がとても楽しく読みやすく、ユーモアとウィットに飛んでいて、明るく、それでいてちょっと不器用な人なんだと思っていたが、最後の2章、ちょっと話が転調した気がする。
著者も生きづらさを抱えて生きてきた人なんだと感じた。彼女の文章に興味を持った。他の作品も読んでみたいと思う。
「おいっ!寛容さと正しさ、どっちも取ろうとすんな。どっちか諦めろ!」
まさに自分に言われているようで、ドキッとした。
また、彼女の詩にもとても興味を持った。
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初めて読む向坂くじらさんの作品でした。
もうとにかくおもしろい!
うまく言葉にできないのですが、「うんうん、そうだよね」とうなずきながら読みました。
題名がお堅い感じがしますが、内容はとても気軽です。
夫婦間に限らず、友人とのお話などもあります。
向坂くじらさんの他の著作も読みたくなる本でした。
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【目次】
オッケー、愛情だけ受け取るね
わたしはね、もう、これでいくのよ
おおむね、ね(笑)
俺は論理的に話したいだけなんだけど、彼女はすぐ感情的になって
飢えなのです
合理的に考えて、死んだほうがマシである
わたしは、その顔あんまり好きじゃないな
歌を歌っていましたか
昼下がりが/部屋を/包んだ
目のあわない距離
「そっちでいくのかよ」
ものをなくしつづけて生きている
彼岸
笑う姿を見てて、うれしい
ああ、また、わたしが間違っていたのだな
熱が出ると
いちばんふつうの家のカレーが好きなんだよね
うちではお手伝いひとつしなかったのにね
あいをたいせつにね!
ごめんね、ハイジニーナちゃん
関西弁で、しゃべってみたいわあ
あんまり、遅くならずに帰ってこようね
なんでこんなところにいるんだっけ
春
あとがき
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大好きな本になった。
人生でいっぱい読み返したい。
自分がよく考える、「私のコミュニケーションは他の人と何かが違うのではないか」「私は何かおかしいのではないか」みたいな悩みを、向坂さんの素晴らしい言葉の力で言語化してくれて、結果「わからないけどとりあえずやっていくしかないことがわかった」みたいな、おかしいけど読み終えた感じは清々しい感覚だった。
こんなふうに愛に向き合いたいと思った。
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杉咲花さんがインタビューで本書を引用していたことをきっかけに購入。 論理の筋が通った文章だからこそ、彼女の個性とユーモアが際立っていて、とても読み心地がよかった。物事を真っ向から否定するんじゃなく、自分の価値観で測り直す姿勢に、人として学ばされるところがあった。
・
実際、夫はわたしとは別の、かつ日々変化し続ける人間であって、夫がなにをするとも、なにをしないとも言いきれない。それは不安といえばいつでも不安だが、わたしがそのことについて予測を立てようとしても意味がない。だからどこかで覚悟を決める。これまでが大丈夫だったからと言ってこの次も大丈夫であるわけではないが、思い切って「これまで」が続くほうに賭けてみる。これは、ほとんど信頼といっていいのではないか。ちょっと乱暴で、つたないけれど。
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シンパシーとエンパシーを区別する。
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「言葉の力」といわれているもののほとんどは、知識の力であったり、信仰の力であったり、性愛の力であったりする。最悪の場合はそれが権力そのものであったりして、まるで信用ならない。「言葉の力」というときに、言葉そのものの話がされることは少ない。
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もしかしたら、愛を適切に温めるのは、それではなかろうか。いつでも、夫になにかしたいと思っている。できたら、夫を大切にしたいと思っている。それをぐっとこらえて、夫の存在をひとつ飛ばしに、代わりに夫の睡眠や、夫の仕事や、夫の家族や、夫の身体を大切にする。夫の持っているものを、わたしが一緒に大切にする。それが、強すぎず弱すぎもしない、愛というものの適温ではなかろうか。