新しい見方の歴史本(続き)
2024/04/28 15:08
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投稿者:トマト - この投稿者のレビュー一覧を見る
これはサピエンス全史の下巻です。
長い時間をかけて人類がたどった行為を見てきた。
今がホモ・サピエンスにとっての過渡期(特異点)に近づき、決して、明るい未来が待っている話ではなかった。それは、AI(生成)AIの出現の事だ。人類を凌駕する勢いで、新しい人類を造りえる段階まで来てしまったという。この生成AIの力を借り、DNAの改変を駆使し出来た、まったく新しい人類の事だ。その新人類にこのホモ・サピエンスは僕(しもべ)になり下がる運命が近い、と。
科学者、技術者は「この先端技術を医療、福祉の為に利用する」と言うが、その美名のもと、実は裏では言い知れない物を造り出せてしまう。好奇心からかお金の為か、平和利用にはなり得ない物まで造ることができてしまう。
アメリカでは「デザイン・ベイビー」なる先端技術を使い、IQ・金髪・白人・青い目など容姿をDNA操作した子供を作る、という話が出いる。いや、もうできているのかもしれない。
EUでは、この生成AIの利用に規制をかけようという動きが出ているとも聞きます。
まだ、ホモ・サピエンスは「科学が進もうとしている方向に影響を与えることができる」状態にある、とこの本に書かれています。僕(しもべ)になる方向を選びたくない、という感想を持ちました。
誰が歯止めを効かせるかせるのか?将来に持ち越していては間に合わない。
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全世界で話題になった書籍。全体的に非常に興味深く読むことができたが、なかでもおもしろかったのは「認知革命」の話。第2章の章題はズバリ「虚構が協力を可能にした」で、どういうことかといえば、宗教も法律も会社もすべては「虚構」であり、それを信じたことが今日のサピエンスの繁栄に繫がっているという。説明を聞いてなるほどと思った。認識したことはなかったが、この世はすべて「虚構」なのだ。このことを知ることができただけでも大きな学びであった。むろん、上下巻にわたる大作なのでほかにも示唆に富む内容で満ち溢れているのだが、とにかく充実した読書体験をすることができた。
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取るに足らない動物の一種だった人類がいかにして世界の覇者になったのか、そして、未来は現在より豊かになるというあくなき欲求のために、拡大してきた資本主義。イデオロギーの解説から科学的生物学的にも人類史を振り返らせてくれる名著であった。
私たちは何を望みたいのか、筆者が文庫版の後書きにも書いた言葉。生物学的に言えば、私たちに存在しているニューロンが何を望んでおり、AIが発展してきている今こそ、この問いを真剣に考えることが幸せに繋がるように思えた。
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難しい内容だった。
要は人類をはじめとした生き物は現在進行形であり、これからもどの方向に向かうか分からない、ということ。
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認知革命、農業革命、科学革命。
ホモ・サピエンスは、認知革命において「虚構」を獲得したことで、唯一のサピエンス種に、そして地球上生物において支配的なポジションを確立した。
狩猟民は定住を始め、富の貯蓄が可能な農業革命を迎えることで、種としての繁殖数が爆発的に伸びた。貨幣、帝国、宗教(イデオロギー)と結びつき、サピエンスの繁栄は勢いを増す。そして、大航海時代や宗教革命の到来により、神の文脈では説明できない事柄が明るみに出てきた。この時において、無知を前提とする科学革命が起こる。これまで、テクノロジーが国家と結びつくことはなかったが、帝国とテクノロジー、そしてこの時代に萌芽した資本主義が結びつき正のフィードバックシステムが作られたことで、科学技術はそれまでとは比べ物にならないスピードで発展していった。
科学発展の産物として、人類はその歴史を終わらせることができる力を持ち得ることになった。しかし、その力の行使は集団自殺を意味し、これまでの所、地球規模に及ぶ心中は起きていない。(勿論、その日が明日である可能性はまだある)
そして、その発展は地球史上、また人類史上のこれまでの進化とは全く別の次元に到達しつつある。
これまでは、人類が生物種に影響を与えられる範囲としては、種の絶滅か交配選択による進化圧の加速程度であり、生物のコードであるDNAを随意に操作することはできなかった。しかし、ゲノム解析技術、サイボーグ技術、そしてコンピューティング技術の発展によって、新しい生命の創造、そして人類を超越する知能の創造が可能となった。
技術の発展は必ずしも幸福と相関があるわけでは無い。人類とは全く別次元の存在を生み出したことが、未来にどのような影響を与えるのかは分からない、分かるはずもない。(チンパンジーは自分達が、将来、あるチンパンジーの肖像画が印刷された紙をありがたがって持つ世界を想像できないのと同様に。)
我々人類に残された、向き合うべき問いは「私たちは何を望みたいのか?」であろう。
また、個人的に長年の疑問であった「幸せホルモンに浸かれば幸福なのか」に対する答えというかヒントが得られた。ホメオスタシスにより、幸福ホルモンに永続的に浸かることを良しとして作られていないらしい。そして、その気持ち悪さが描かれた作品も知れたので、読んでみようと思う。
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高校で学ぶ世界史とは違う見方なので、面白いには面白いのですが、表現を変えて同じことの繰り返しになっているなぁと感じて、ワクワクしながらは読めなかったです。アジアは他の西洋と違うからで終わっちゃってるところもモヤモヤ。(サピエンス全史なのに?という感じがしてしまいました。)家畜の件は批判じみててフラットに見れてない感じがしたのもモヤっとしました。上巻は結構面白かったんですけどね。世界平和に関することも、戦争はなかったって言い切っちゃってていいの?なんか甘くない?って感じもあったし、書かれた年が少し前だったのでそういう認識だったのかと思いましたが、あとがきの部分で追加で載ってたので、「そうなっちゃうよなぁ」とは思いました。
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人類の統一(上巻から続き)
宗教という超人間的秩序/
歴史の必然と謎めいた選択
科学革命
無知の発見と近代科学の成立/科学と帝国の融合/
拡大するパイという資本主義のマジック/
産業の推進力/
国家と市場経済がもたらした世界平和/
文明は人間を幸福にしたのか/
超ホモ・サピエンスの時代へ
より良いもの、より強いものが生き残ってきた地球上の歴史。サピエンスも時々の選択を経て「今」があり、これからがあるのだろう。
明るい未来へ続くのか、暗い未来へ続くのか………
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科学の発達や医療の進歩は確かに人類の死亡率を低くして便利な快適な生活になった。しかし、果たして過去の人類と比べて幸福なのか。
国家と市場が力を持ち、個人の欲望嗜好が次々と生み出される仕掛けという切り口の分析など面白く読みました。
常識や先入観などで考えていたことが、全く逆な考え方もあるんだと思いました。
2023年11月20日読了。
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世界的ベストセラーと言われているほどの面白さはなかったかもしれない、、
ただこういう本は読み手側の問題もあるだろうとは思う。
『暇と退屈の倫理学』を読んでいたので農業革命付近までは納得しながら読んだが、それ以降は世界史の知識が乏しいこともあって飛ばし読み、アダム・スミスが出てくるところぐらいからようやく知識が追いついてきた感じ
読んでいるとなぜかところどころ漫画のワンピースを思い出しました
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素晴らしいまとめ方。単なる人類史で終わるのかと思っていたが、最後の19章、20章で核心に触れてくる。長い歴史のなかで、狩猟採集時代から産業革命、IT革命、生物工学などを経て人類は様々な進歩を遂げてきたが、人々は「いったい何がしたいのか」という問いを読者へ問いかけている。
幸せを求めて政治政策や革命を興してきた人類だが、「果たして中世の農民よりも現代のビジネスマンが幸せだと言えるのか」という問いに対し本書のははっきりとNoと言っている。なぜなら幸せというものは、物質の豊かさは関係なく、セロトニンやドーパミン、オキシトシンへの脳科学的な反応であり、いくら社会が進歩したからと言って人々の脳内のセロトニン濃度が高まるわけではないからだ。
また、ここで仏教の考え方を持ってくるところも秀逸。人は快感を幸せと感じるが、それは長続きしない。本質的な幸せとは、寄せては返す感情の波に抗うことでも、返す波を引き留めることでもなく、ただその波を眺めることで得られる。
ただし、これからの未来についての見解は壮大な物語を予見している。AIと人間の融合によって、これからの人類はネアンデルタール人とホモサピエンスとの差以上に進化していくかもしれない。
人々はどこにいくのか。何がしたいのか。ネアンデルタール人の知能では私たちホモサピエンスの意識レベルを想像できないように、私達も未来の人類がどのような世界を生きているのか想像できないであろう。もしも物質=エネルギーであれば、私達もエネルギーの集合体であり、巡り巡って新人類に生まれ変わるかもしれない。その時まで想像を巡らし楽しみにこの世界を満喫すればよい。
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サピエンスの歴史を振り返る続き。
大航海時代、産業革命、科学革命(イマココ)。
隣り合う大地から海を越えた地域の征服、熱を動力に変換した自動化、自らを滅ぼしかねない力の獲得(核、サイボーグ、AI)。
加速度的に未知の領域を自分たちのフィールドに変えていく快進撃の道半ばの今、サピエンスの幸福について言及しているところが本書らしく大変興味深い。
生物化学を、歴史研究を哲学に結びつける瞬間を見せてくれる。
幸福ホルモンが出る生活を求めるのがサピエンスの目指す道なのか。
ただし薬物投与は避ける。なぜ?
幸せは誰が決めるだろう。
仏教的な悟りに今のところ穏やかな幸せの可能性があるようだったが、自分自身の経験を思うと、なかなか同意しかねる。
確かに渇望は免れたが、何にも期待しない日常に面白みはないように思われた。
期待しない。
自分に、相手に、環境に、未来に・・
ただ生きている。
全て受け入れ流れゆくまま。
刹那主義が解決だとは思わないが、希望のない未来に生きる気力は到底湧き得なかった。
まだ仏陀の領域にはほど遠いということだろうか。
構わない。
自分は一度、幸せホルモン噴出を目指して奔走してみようと思う。
希望が努力を助け、嬉しさを育み、次の希望と努力を生み出す。
100年の人生をかけて喜び悲しみを積み上げることが、それほど浅はかなことだろうか。
どうしてもそうは思えなくて、
私は幸福を追求してみたい。
「欲望には際限がない」ということを知っているだけでも、一度陥った希望のない日々の経験と掛け合わせて、頭でっかちな幸福人生に近づけるのではないか。
乞うご期待。
最後に、翻訳が大変読みやすかったことに感謝。
それだけに訳者解説が本書の要約のみだったのが残念である。
苦労話や思い入れなど伺いたかった。
それとも今どきの翻訳本は、これくらいの読みやすさが当たり前なのか?
自分自身の常識革命も必要だ。
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上巻と合わせて約一週間で一気に読んだ。単行本は読んでいたのだが、一回読んだだけではこの本の本当の凄さはわからないことを実感した。
D・E・リーバーマンの人体600万年史を読んだ時に認知革命の前に「共感革命」があるじゃないか、それに触れてないのはどーなの?なんて思ったのであるが、再読してみると、その事にはあえて触れてないことがわかる。それというのも著者の興味は「サピエンスの未来」にシフトしているのだ!
ホモデウスも再読することにしたいです。
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宗教は貨幣、帝国と並び人類統一の強力な方法である。アミニズムと宗教は他の生命体とヒトとを対等とするか、ヒトのみを格上とするかで根本的に異なる。宗教は単なる風習ではなく神との法的契約であり、異なる信仰を否定し破壊する。
自由主義、共産主義、資本主義、これらは自らをイデオロギーと称するが言葉のあやに過ぎず、まさに宗教そのものである。
科学により人類はその数と消費エネルギー量を爆発的に増やした。科学革命とは無知であることをすすんで認めるという革命である。神に祈ることをやめ自然を数字という文字で記すようになった。そしてそれを産業と結びつけた。
近代以前の社会は進歩を認めていない。黄金時代は過去にあり現代は衰退していると考え、救世主を待ち望んだ。これに対し科学は死すら克服しようとする。死は運命ではなく単なる技術上の不具合と捉える。これを死を克服しようとした神話になぞらえギルガメッシュプロジェクトという。
強欲は善であり社会全体の利益になるというアダムスミスの主張は人類史上屈指の画期的思想である。資本の再投資による全体のパイ拡大がその思想の根幹である。中世の貴族たちは気前の良さをアピールするための浪費は行ったが、未来に投資する発想はなかった。
しかし強欲が善という思想は奴隷制を生んだ。キリスト教やナチズムは炎のような憎しみから大虐殺を行なった。資本主義は強欲と合体した冷淡な無関心から膨大な数の人間を死に至らしめた。
産業革命は個人を創出した。それまで個人で生きるなど不可能であり家族とコミュニティーの庇護がなければ没落する他なかった。国家や企業による警察、保険、社会保障サービスの発達により個人としては生きることが初めて可能となった。
幸福とは脳内物質の分泌であり、その量は歴史を通じ変化していない。セロトニンはある程度一定に保たれるように遺伝子的な制約を受けている。暑い時も寒い時も快適に部屋を保つエアコンのようなものである。
幸福について仏教は手に取ればすぐ失われる儚いものと捉えて、内的感情の追求をやめることを説いた。
生命工学の発達によりヒトは神になりかけている。AIはヒトを超える存在になる可能性がある。
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下巻は主に科学革命後のサピエンス史について書かれていた。全体として認知革命、農業革命、科学革命によってサピエンス社会は飛躍的に成長していく様がとてもわかりやすく書いてあった。種としては繁栄できたかもしれないがそれが個人の幸福を増大させたことにはならないし逆にそれぞれの革命で不幸を増しているかもしれないのは確かにと思った。
今後サピエンスはどのようになっていくのか、コンピュータに支配されるような社会なっていくのか、色々考えさせられる本だった
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面白かった!一度で全て理解できない(実になっていない)ので何度も読み返したい。
農耕革命によって農耕民の負担が増えたにも関わらず人類が農耕から手を引かなかった理由として、かつての狩猟民族としての暮らしを思い出せる人がいなかった&人口増加により引き返せなかった、というのが印象的だった。
暇と退屈の倫理学で、農耕革命で定住したことで暇になり文明が生まれたという記述があったが、矛盾しないのかな?気になるので調べてみよう