投稿元:
レビューを見る
出先の書店で見掛て、興味を覚えて入手した。そしてゆっくりと読了した。本の題名となっている『放浪』や『雪の夜』を含めて、11篇の織田作之助の作品が収められている一冊だ。各篇共に長くはないので、篇毎に順次読み進められる感だ。
織田作之助(1913-1947)は大阪に所縁が深い作家だ。大阪の文物等を巡る話題に至ると、「オダサク」(織田作)という知られているというニックネームも交えて、この人物の名が登場する場合も在ると思う。他方、その小説作品を個人的には読んでいなかった。書店で本を手に、「名は知っていて、作品を読んでいないという作家の短篇集であれば、読んでみるのが善い」と思い付いたという訳だ。
各作品は、概ね織田作之助自身が生きた時代―御本人が少年であったと見受けられる大正期から、昭和に入って以降、終戦直後の昭和20年代初め頃―の街で繰り広げられる物語である。本書に収録作品の中、『蛍』という1篇は、幕末期の京都の伏見での物語で、例外的だ。
各作品は、各々に様々な形で綴られている。織田作之助自身と重なるような語り手の独白風な作品も見受けられるが、作中人物達の辿る人生が、或いは淡々と、或いは濃厚に描かれていて、大阪等の街の設定されている時代の空気感が生き生きと伝わる。色々と在って、30歳代で他界してしまったらしいが、こういう方に永く大阪の街を綴り続けて頂きたかったというようなことも、各作品を読み続けた中で感じた。
織田作之助自身は大阪市内に所縁が深いようだが、作中では狭い意味での大阪が舞台になるばかりでもなく、大阪圏の人々の様というのが作中人物達に広く反映されているように見える。作中、紀州の出という人達の話しや、住所としては大阪市を離れていると見受けられる場所での物語も在った。
こういう短篇集は、各々の読み手が「御気に入り」を見出せば善いのだと思う。自身は『四月馬鹿』という篇が気に入った。
『四月馬鹿』という篇を綴っている人物、作品の語り手は、恐らくは織田作之助自身に他ならないと思う。親交が在った作家「武田さん」に関する物語となっている。「武田さん」というのは武田麟太郎のことであるという。何かこの作品の調子、哀感に少し笑いも交るような感に惹かれた。
何れにしても「名は知っていて、作品を読んでいないという作家の作品」に触れてみるのは興味深いものだ。