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林と藤本タツキが出会ったのは「SQ.」の月例新人漫画賞「クラウン新人漫画賞」への投稿がきっかけだった。藤本の父親は「SQ.」やその前身の「月刊ジャンプ」の愛読者。その影響で藤本にはマンガ雑誌といえば「SQ。」という思いがあった。林は藤本の投稿作を読んで、その若々しさとトガりに惹かれた。描きたいという初期衝動をそのままぶつけたような作品だったのだ。
「最終候補になったときに、担当に就きました。絵は結構粗かったけど、面白い人間も描く。構成も言語感覚もなんか独特で不思議な感じがしました。でも、電話したら、めっちゃ常識的だったし、作品に対する創作意欲がすごく強い方でした。出会えて運が良かったですね」
その頃、藤本は秋田に住む17歳の高校生だった。しばらく電話やメールでやりとりをして、1年ほど経った頃、初めて対面した。〝情報〟として年齢は知っていたが実際に会ってみると改めて「若いな」と実感した。
「とにかく画力を上げてほしい」
林は藤本にそんな要求を繰り返した。加えて物語をつくる脳を鍛えるため、オススメのマンガやDVDを段ボールに詰め込んで送り、感想を求めた。しっかりそれを言語化することがアイデアを生むために大事だという考えからだった。藤本はデッサンやクロッキーを集中しておこない、同時に何かを思いついたらすぐにネームを描いた。多いときは毎日のように林にネームを送り意見を求めたという。林もそれに根気強く応えた。ボツが続いた頃、林は直接会って話したいと思い上京してもらったことがあった。久々に会った藤本は奇妙なことを口走った。
「連載が終わりました」
もちろんまだ実際にはどこの媒体にも連載はしていない。藤本は常に自分の頭のなかだけで〝連載〟しているのだという。そのうちのひとつが〝完結〟したというのだ。あふれるようにアイデアが湧き出てくるタイプの作家だった。
「SQ.」で何本か読み切りを掲載し、いよいよ連載ができるネームが仕上がった。それが『ファイアパンチ』だった。『ファイアパンチ』は「祝福者」と呼ばれる能力者が存在する世界を舞台にしたダークファンタジー。主人公は消えない炎に身を包まれており、飢餓に苦しむ村人のため、自身の肉体を食料として提供している。やなせたかしの「アンパンマン」に着想を得て生まれたものだという。
「林さんは天才だから」
そんな声が若い編集者からあがることがあるという。つまり、林は特別だから、彼と同じようにはできないというのだ。けれど、そうではないと、細野は言う。
「林のスゴさは、誰にも真似できない部分ではないんです。たとえば『まめに連絡を取る』ということをルーティンにしている。連絡するって一見当たり前で簡単そうですが、ちゃんとできなかったり、先方から返事がないとやらなくなったりするんですよね。自分の仕事を完全に理解しているんです。そして試行回数が全然違う。僕が知る限り一番たくさん読み切りを載せ、新連載を立ち上げています。編集者としての能力もスゴいんですが、たくさんマンガをつくって、作家さんとより良いものをつくっていく、それがスゴさだと思います」
紙の雑誌は厳格にページ数が決まっている。そこがウェブマンガとは大きく違う。実は紙の編集者の最大の腕の見せどころのひとつが「削る」作業なのだ。長く「ジャンプ」でキャリアを積んだ中路は言う。
「『ジャンプ』の場合、1話19ページと、ページ数が限られています。だから、その回の中で、目立たせる部分、山場と次回への引きをつくるために、余分なところを削る作業が必要で、自然と取捨選択する技術が身についていきます。逆に『ジャンプ+』だと、ページ数の制限がないので、いいアイデアを残したいと思うとどんどんページ数は長くなり、一つひとつのネタは面白いけど、全部足した結果、ぼやけてしまう可能性がある。だから後輩たちにはそこを注意するように口酸っぱく言っています。読者に受け取ってもらえるものには限りがある。『ここがこのマンガのいいいところですよ』というものを絞って出さないと、理解されないし、なかなか広がっていかないですから」
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はい、承知いたしました。書籍『王者の挑戦 「少年ジャンプ+」の10年戦記』の各章・各セクションについて、大学生が理解しやすいように、中心テーマや重要なパートを網羅し、専門的な内容も含めて詳細に日本語で要約します。なお、ご提供いただいた資料は第6章の途中までのため、要約もその範囲に限られます。
「宣戦布告」から始まった王者の挑戦:ジャンプ+の誕生とその野心
本書『王者の挑戦 「少年ジャンプ+」の10年戦記』は、2024年9月に創刊10周年を迎えるマンガ誌アプリ「少年ジャンプ+」(ジャンプ+)が、いかにして『SPY×FAMILY』や『怪獣8号』といった国民的ヒット作を生み出し、マンガアプリのトップランナーへと駆け上がったのか、その軌跡を外部のノンフィクションライター戸部田誠(てれびのスキマ)氏が関係者への取材を通して描き出すものです。物語は、2014年9月、ジャンプ+創刊時に「週刊少年ジャンプ」本誌に掲載された「『週刊少年ジャンプ』に宣戦布告する。」という衝撃的な広告から始まります。これは、デジタル時代において、絶対的王者である紙媒体の「ジャンプ」を超える存在を目指すという、ジャンプ+の野心的な決意表明であり、本書は、必ずしもエリート街道を歩んできたとは言えない編集者たちが、この無謀とも思える挑戦にいかにして立ち向かい、成功を掴んでいったかの記録です。
異端児たちの集結:ジャンプ+を創り上げた編集者たちの肖像
ジャンプ+の成功は、個性豊かな編集者たちの情熱と尽力なしには語れません。初代編集長を兼任した「週刊少年ジャンプ」編集長の瓶子吉久氏のもと、実質的な立ち上げを主導したのは、副編集長の細野修平氏とデジタル事業部出身の籾山悠太氏(後の2代目編集長)でした。細野氏は「月刊少年ジャンプ」や「ジャンプSQ.」での経験を持ちつつも、本丸である「週刊少年ジャンプ」への複雑な思いを抱え、時に破天荒な言動も見せる情熱家でした。一方、籾山氏は当初マンガ編集への意欲が薄いと見られながらも、デジタル事業部で才能を開花させ、ジャンプ+の革新的な企画を次々と生み出すキーマンとなります。さらに、後に『SPY×FAMILY』や『チェンソーマン』を手掛けることになる林士平氏は、合理的な思考と圧倒的な行動力で若手ながら頭角を現し、ジャンプ+に多様な才能を呼び込みました。彼らは、それぞれの挫折や葛藤を抱えながらも、ジャンプ+という新しいプラットフォームに未来を賭け、その原動力となりました。
デジタルへの布石と試行錯誤:「ジャンプLIVE」から「ジャンプ+」へ
ジャンプ+誕生以前、集英社内ではデジタル化への様々な試みが模索されていました。その中心にいたのが、デジタル事業部に異動となった籾山悠太氏です。彼はiPadの登場を機にデジタルサービスの可能性に目覚め、東日本大震災時の「週刊少年ジャンプ」無料配信などを通じて、多くの読者にマンガを届けることの意義を再認識します。2012年には、ジャンプコミックス全作品を扱う電子書店アプリ「ジャンプBOOKストア!」を編集部主導で成功させ、その実績を基に、2013年にはスマートフォン向けデジタル雑誌「ジャンプLIVE」を細野氏らと共に創刊します。「ジャンプLIVE」は、マンガだけでなく動画やゲームなど多様なコンテンツを毎日更新する実験的な試みであり、読者投票でストーリーが分岐する企画やフルカラー連載など、デジタルならではの表現が模索されました。この「ジャンプLIVE」の経験と反省が、よりマンガに特化した次世代プラットフォーム「ジャンプ+」の企画立案へと繋がっていきます。
創刊と革新:マンガ特化戦略と「ジャンプルーキー!」というエコシステム
「ジャンプLIVE」の運営を通じてマンガコンテンツへの反応が最も高いことを確信した細野氏らは、マンガに特化したアプリへの転換を決断し、2014年9月22日に「少年ジャンプ+」をローンチさせます。「週刊少年ジャンプ」最新号の有料サイマル配信という強力な武器と、オリジナル新作の基本無料提供を組み合わせた収益モデルを構築し、創刊わずか20日で100万ダウンロードを達成。次の目標を「100万部売れるオリジナルマンガの創出」に定めました。この目標達成に不可欠だったのが、ジャンプ+と同時にベータ版が公開されたマンガ投稿・公開サイト「ジャンプルーキー!」です。これは、新人漫画家の発掘と育成こそがジャンプの生命線であるという籾山氏の強い信念から生まれたもので、開発はウェブサービス会社「はてな」が担当しました。「はてな」の技術力と「読者と投稿者の双方にとって快適なサービスを作りたい」という両社の共通の価値観により、「ジャンプルーキー!」は多くの才能を発掘する一大エコシステムへと成長し、ジャンプ+の屋台骨を支える存在となりました。
ヒット作連発のメカニズム:「連弾」戦略と「初回全話無料」の衝撃
ジャンプ+は、創刊後の成長停滞期を打破するため、2016年春に新連載を集中投入する「連弾」戦略を実施。これにより、『彼方のアストラ』(篠原健太)、『ファイアパンチ』(藤本タツキ)、『終末のハーレム』(LINK原作・宵野コタロー漫画)といった、後の看板となる多様なジャンルのヒット作が生まれました。これらの作品は、紙媒体ではボツになった企画や、過激な内容で賛否が分かれるものでしたが、ジャンプ+の「1~2人が強く推したら掲載する」という不文律や、青年誌的な視点も許容する懐の深さがその誕生を後押ししました。さらに、2019年4月に導入された「初回全話無料」という画期的な閲覧システムは、新規読者が過去話を容易に読めるようにすることで話題の連鎖を生みやすくし、コミックス販売にも好影響を与えました。このシステムが最初に効果を発揮したのが、直前に連載開始された遠藤達哉氏の『SPY×FAMILY』であり、同作はアニメ化前に紙のコミックスで初版100万部を達成。その後も『怪獣8号』(松本直也)、『ダンダダン』(龍幸伸)といった国民的ヒット作が続き、ジャンプ+の勢いを決定づけました。
ウェブマンガの可能性の拡張:長編読切の成功と多様な才能の開花
ジャンプ+は、連載作品だけでなく、読切作品においてもウェブマンガの新たな可能性を切り拓きました。特に編集者の林士平氏は、年間多数の読切作品を掲載させ、その中から多くの才能を発掘しています。その象徴的な成功例が、2021年7月に公開された藤本タツキ氏の全143ページに及ぶ長編読切『ルックバック』です。公開初日で閲覧数250万を突破し、SNSを中心に社会現象とも言える大きな反響を呼びました。これは���ページ数や掲載時期に制約の少ないデジタル媒体ならではの柔軟性が可能にした成功であり、従来の商業誌では掲載が難しかったであろう野心的な作品が世に出る道を示しました。『ルックバック』は単巻でコミックス化されてヒットし、映画化もされるなど、読切作品がジャンプ+の重要なブランドの一つとなることを証明しました。これにより、ジャンプ+は多様な才能がその個性を存分に発揮できるプラットフォームとしての地位を確立し、マンガ表現の幅を広げることに貢献しています。
技術的課題との戦いとデータ活用:プラットフォーム進化の裏側
急成長を遂げるジャンプ+も、その裏では様々な技術的課題や運営上の試行錯誤を経験してきました。特に初期には、iOS版に比べてAndroid版アプリが不安定であるという問題を抱えていましたが、編集部内にAndroidユーザーが少なかったため、問題が軽視されがちでした。2019年に運営担当として川口氏が加入したことで、編集部と開発会社の橋渡しが円滑になり、技術的な知見に基づいた改善が進められました。しかし、2021年1月に行われた大規模なアプリリニューアルでは、致命的な不具合が続出し、ユーザーから大きな不満が噴出、安定化までに約1年を要するという苦い経験もしました。この教訓から、その後のシステム移行は慎重に進められています。また、川口氏の主導によりユーザーの行動ログ(閲覧数、完読率など)を詳細に収集・分析する体制が整備され、これらのデータは作品改善や新人発掘の参考にされていますが、多様な連載形態を持つジャンプ+において、読者の意向を精密に反映するデータ活用方法は未だ模索が続いています。
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戸部田誠a.k.a.てれびのスキマがデジタル漫画誌『少年ジャンプ+』の歴史を紐解いた一冊。畑違いのオファーに当初は戸惑ったと著者自ら述べているが、要所で『笑っていいとも!』の例えが出てくるのがニクいw紙媒体の絶対王者がデジタルに進出するという典型的なイノベーションのジレンマ。それを地で行くノンフィクションは漫画に疎くても企業ドラマとしてめちゃくちゃ面白い。個人的にはITエンジニアの仕事をしていることもあって技術的負債やシステム負荷の話題が出てくる第6・7章が特に読み応えがあった。裏を返せば「色んな漫画の誕生や連載時の秘話や作家の裏話が読める」と思って本書を手に取るとミスマッチ起きるかも(そういう話もそこそこ書かれてはいるけれども)