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2件
遠い渚
著者 西村寿行 (著)
夜釣りに出たまま行方不明の一等海上保安士・曾我一守が、新潟・直海(のおみ)浜で死体で発見された。海上保安庁特別警備監・関守充介の甥である。関守の妻も14年前、陵辱されたうえ殺されていた。単身、捜査に乗り出した彼は、自宅を放火され、恋人・由紀を拉致された……。海を舞台に展開する著者得意の長編サスペンス巨編!
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沈黙の渚
2022/10/22 16:46
敵とは誰なのか
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
「ソ連」で生物兵器の研究をしていた女性天才科学者がアメリカに亡命しようとする。CIAが手引きするのだが、KGBがそれを許すはずがなく、激しい争奪戦が繰り広げられる。脱出のための秘策として、日本海を経由してアメリカ大使館に駆け込もうとしたため、日本政府は秘密厳守のために、海上保安庁の関守充介に身柄の移送を依頼する。
しかし両陣営にとって必死なところで、いかなる犠牲を払ってでも身柄を奪うか殺害するかしなくてはならず、無関係の人間を大量に巻き込んで捜索と破壊工作が行われる。旅客機は撃墜するは、新幹線は爆破するわで、もうたいへんなのだ。
いくらなんでもそんな無法を日本領土で行われるのを許すことはできず、海上保安庁においても洞察力、行動力、政治力で刮目されている関守に官房長官から依頼されてのこととなる。
しかし爆破現場から女性科学者の姿は消える。彼女の捜索、確保のために、各陣営の間でまた血みどろの抗争が行われる。そして関守率いる海上保安庁も、日本政府の謎組織と対決することになる。
結局、実際のリスクよりも政府の面子のために米ソ両陣営も、日本政府も無駄に血を流しているわけで、関守の使命はむしろその事態の収拾になってしまっている。こういう謀略小説は、個人と政府や組織の非人間性の対立になるわけだが、根源を突き詰めていくと、善悪の問題よりも、巨大組織の不合理性、非人間性に辿り着いてしまう。誰ひとりも望んでいない悲劇が生み出されるが、誰もその責任をとれない。それは日本の、あるいは世界中の政府機関の限界であり、そんな普遍的な敵を相手に戦うことに倦んできそうではある。
敵の存在をどんどん大きくしていくことで、緊迫したストーリーを生み出すことはできたが、カタルシスを得るには程遠いし、多くの人は自分たちの忖度、付和雷同、事なかれ主義こそが敵になっていることにさえ気づかないだろう。
西村寿行は戦うべき敵を見失ったの状態かもしれない。敵組織に好敵手がいたとしても組織の論理ですりつぶされてしまうことになるし、例えば鯱シリーズでは、ソ連やKGBはその腐敗や官僚主義を笑いのめす対象に成り果てている。
冷戦末期においてこういう状況であったわけだが、その後も世界はそのその傾向が強まっていき、敵が国家なのか単なるテロリストなのかも曖昧になって、巨悪と戦うヒーローも目指すところが違ってくる。だが関守充介も寿行も変わることなく、これまでと同じように戦い続けるだけだ。ただ日本の土着的な人々や組織の動きについては、ソ連やアメリカの想像の埒外であり、その鼻をあかせたのはちょっとだけ痛快なような、脱力もののような。
ふたたび渚に
2017/03/11 11:18
非情と無情とそして獣性
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
最近は領土やら領海やらで名前の出る海上保安庁だが、本来は海上で起きる犯罪を捜査するのが仕事で、それもかつては地上に上がった犯人を追うには組織力が弱体だったのだという。その普通なら迷宮入りになっていたような国家謀略的事件を、関守充介という男が暴いて海の男たちの面目を立て、自らも九死に一生を得たのが前作「遠い渚」だが、その捜査のあまりの苛烈さの責任を取って、組織からは退いてしまっている。しかし15年前のインドネシア貿易の貨物船沈没の謎にまつわる怪事件に、否応無しに巻き込まれてしまう。
事故の真相を調べようとした船長の息子も、船のわずかな生き残りも次々に怪死を遂げる。15年もの間、その秘密を守り続けようとする組織とは、よほどの強力な黒幕がいる。そして関守自身も命を狙われ、妻は人質に取られる。
辣腕の殺し屋が姿を現し、そこをたぐれば政界の闇にたどり着き、戦時中のインドネシア占領時の事件へと発端は遡っていく。探索の過程で血で血を洗う抗争は続き、関守も幾度も死地をくぐる。
殺し屋のストイックなスタイル、生き様もまた非情でありながら鮮烈で、終わりなき闘争を予感させるが、国家というさらに大きな力が押し流していく。非情とは違う、無数の人々の無情な行為の集積である組織の裁断は、個人の行為をはるかに越えて残虐だ。
しかし政府の大物である黒幕に堂々と宣戦布告をうった背水の関守は、深く傷を負いながら、徐々に敵を追い詰める。やがて国家から切り捨てられた黒幕は、一個人としての闘争に突入するのだが、戦時中から幾十年かけて醸成され、威力を振るってきたその獣性はすさまじいものがあった。
悪役がその悪ゆえに主役の座をさらってしまうという作品はいろいろあるが、これはもう主役などというスケールを越えて、ほとんど悪神と呼ぶべき圧倒的な力で世界を支配してしまう。
人間と神の闘争である。神とは自然の荒ぶる力のことだ。
あらゆる人間の闘争は、最後は自然との戦いであり、あらゆる人間にその性質は宿っている。酸鼻とエロスが極限までに暴走し、ステージを変えながらエスカレートしていく中に、寿行のこの自然観が、突然ふたたび披瀝されてしまった。

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