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4件
小説作法
著者 島田雅彦
人は誰でもストーリーテラーになる。「物語る能力」を最大限に生かすための基本的技術とは何か? 一行目をどう書き始めるか、自分の無意識など信じるな、一〇〇字あらすじ企画書法、プロの証は原稿料……最前線の現役作家がすべてを投入して語り尽くした「小説の教科書」。蓮實重彦氏も「21世紀の『小説神髄』」と推薦!
小説作法XYZ―作家になるための秘伝―(新潮選書)
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小説作法ABC
2009/05/02 17:17
もしかすると本書を読んで作家になる人が出てくるかもしれない
7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:あまでうす - この投稿者のレビュー一覧を見る
島田雅彦著「小説作法ABC」を読んで
法政大学における著者の講義を録音・加筆・編集して誕生したのが本書だそうです。じつは私は、最初こいつは世間によくある中身の薄い即席マニュアル本か、とたかをくくって読みはじめたのですが、最後の「私が小説を書く理由」のところに差し掛かると、珍しくもきちんと正座して「島田よくも書いたり!」と感嘆しながら拝読させていただいた次第です。
読み終えての感想は、これは最近新聞連載が終わった彼の大作「徒然王子」に勝るとも劣らぬ本気の作品ではなかろうか、ということでした。この本は、これまで作家が営々と蓄積してきた豊かな経験と該博な知識と教養、そして知情意のすべてを投入した見事な現代文学論であり、著者は、「風変わりな人生論」という側面をあわせ持つ本格的な小説制作の技術書兼プロ作家養成用の教科書を堂々と完成させたのです。
「小説家は死ぬまでおのが脳と肉体を実験台にして、愚行を重ね、本能や感情や論理の分析を行うアスリートである」と語る著者は、本書を全国の大学、高校、カルチャーセンターなどでテキストにしてほしいと「あとがき」で書いていますが、谷崎潤一郎の「春琴抄」の恐怖の失明シーンをはじめ、随所に続々登場する古今東西の文芸作品の引用文を味読するだけでも十分に私たちの文学趣味を満足させてくれる内容をもっています。
著者はまず第一講でいきなり文学を、神話、叙事詩、ロマンス、小説、百科全書的作品、風刺、告白の七種類に分類し、それらの代表選手としてそれぞれ「スターウオーズ」、「家なき子」、「ドラクエ」、「ドン・キホーテ」、「白鯨」、「ガリヴァ旅行記」「私小説」を挙げて私たちに軽いジャブを浴びせます。
それからおもむろに第二講で「小説の構成法」を論じ、以下「小説でなにを書くのか」「語り手の設定」「対話の技法」「小説におけるトポロジー」「描写/速度/比喩」「小説内を流れる時間」「日本語で書くということ」「創作意欲が由来するところ」までの全一〇講をよどみなく語り来たり、語り去るのです。
私はこれまで文学や小説作法を学校で教えることなど到底不可能だと決めてかかっていたのですが、もしかすると本書を読んで作家になる人が出てくるかもしれない、と思うようになりました。
そして最後の最後に著者が、
「作家は(村上春樹のように)幸福の追及に向かうか、(笙野頼子のように)夢の荒唐無稽と向き合うか、それが問題です。前者は妥協の反復を、後者は戦いの反復を強いられます」と述べ、
「しかし優れた作家たちは果敢に夢の荒唐無稽に向き合い、自分を縛る象徴システムを壊すような作品を書き続けるでしょう。その覚悟ができたら、果敢に自分の無意識の底まで下りていきましょう。そして、おのが欲望、本能を解放するのです」
と、自分自身を激しくアジテーションするとき、私は久しぶりに文学者の真骨頂に接したという熱い充足感を覚え、叶うことなら著者と共に私たちの文学の未来を信じたいと思ったことでした。
余談ながら、かつて私はたった一回だけですが、著者に仕事でインタビューしたことがあります。そのとき彼は、私が最初の質問を発する前にビールを注文し、そいつをいかにもうまそうに喉を鳴らしてごくりと一口飲んでから、「すみません、いつもインタビューを受けるときは必ずビールを飲むことにしているんです」と言いましたので、私はボードレールの「巴里の憂欝」の中に出てくるあの有名な詩を思い出しました。
『君はつねに酔っていなければならぬ。それが君のゆいいつの大事な問題だ。酔い給え。酒に、詩に、美徳に、その他何にでも。時の重さにくたばらないために……。』(拙訳)
島田雅彦は、その人生の重大事をよく心得えつつ、最長不倒距離を目指して疾駆しているあの指揮者ロリン・マゼールを想起させる超クレバーな作家と言えるでしょう。そのクレバーさが彼の芸術のゆいいつの欠点であるとはいえ。
小説作法XYZ 作家になるための秘伝
2022/10/07 16:43
付いてこれる人だけ付いてこい。
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:名取の姫小松 - この投稿者のレビュー一覧を見る
小説作法と銘打っているが、そこらの文章読本や小説の書き方とは全く違う。いかにして小説の主題を思い付くか、その発想方法、古典の役割などが述べられていく。
章ごとに設けられたキーワードや超絶技巧エチュードは参考になる。
小説作法ABC
2009/08/28 00:33
かつては文壇の貴公子と言われた島田も、いまでは推しも推されぬ本格的な作家の地位にたどり着いたようだ
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:JOEL - この投稿者のレビュー一覧を見る
自分の職業の秘密を公にしようという気前のよさを持ち合わせている人は世に少ない。これは作家に限らず、たいていの仕事にあてはまると思われる。
特に日本では、先輩に教わるよりは、その技術を盗むことが、職業人の心構えのように言われることが多いのだからなおさらだ。典型的に見られるのはもちろん職人の世界だが、サラリーマンの世界だって、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニン)の名の下に、「働きながら覚えよ」というように現場に放り込まれてしまう。
これは往々にして、人材を育成する方法を知らず、効果的な研修システムをもっていない。もしくは自分の特権的な地位を、新参者から守ろうとする臆病さによるのではないかと思われる。
ところが、こうしたことからほど遠いところにいて、すべてをつまびらかにする貴人が時に出現する。著者の島田雅彦もそのひとりだ。
島田は、本書を読んだからといって、ただちに作家として成功するとまでは言っていないが、惜しみなく、自分の持てる技量を後進に伝えようとする気持ちがあふれている。これは作家としての島田よりも、大学教授としての島田がそうさせているのではないかと思われる。本書も、大学での講義録が下敷きになっている。
もったいぶることの多い職業上の秘密とは、得てして、大したことがなかったりするものだが、小説の作法はどうだろうか。各章のまとめにある例題を解いていくと、自然に作品が生み出されるようになっているが、果たして・・・。
本書は、作家を目指しているような人は、常に手元に置きたいような内容になっている。
ただし、最終章に来て、島田の議論はがぜん熱を帯びる。持論を展開するさまは、「本気」を感じさせる。そうして、ふつうの人は作家には容易にはなれないと感得させていく。
例えば、デビュー作に持てるすべてを投入すべしとある。ふつうの人ならば、あらかじめ自分の持ちネタを初期のいくつかの作品に割り振って、首尾よくスタート切ろうと考えるかもしれない。そんなにもアイデアがこんこんと湧いてくるものではないから。
しかし、島田はそれは誤りだと説く。出し惜しみをしてはいけない。そうして、デビュー作が成功を収めたとしても、すべてがうまくいくデビュー作というものはないので、そこでの収穫や反省点を次作以降に反映させていかなくてはという。
もうこれ以上書くことがない、というところから作家の本当の技量が試されるとある。たいていの人は干上がってしまうはずだ。最終章を読み終えると、作家というものは特別な職業なのだと気づかされる。
その自信があるからこそ、もったいぶらずに創作のコツを本書で披露してみせるのだろう。島田もまた、稀代の作家の一人なのだと唸らずにはおれなかった。